魔王就任
このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。
あれから、少しの歳月が流れた。
僕は広大な領地を治める王としてこの地に君臨した。弱者たちだけでなく強者も存在する、そんな地域である。
僕は魔具を使ってうまく立ち回った。弱者には魔具を与え懐柔、強者には魔具を使い脅す。ある種のパワーバランスが成立した僕の領地には、表立って大きな争いはなくなった。
あとは不満のないよう適当に領地を配分して、細かい調節をするだけ。
今日もその小さな体には似合わない大仰な玉座に座りながら、配下の報告を聞く。
「カラン大砂漠中央部、黄の魔王軍との戦闘に勝利しました」
「ヨハネスの残党、代表のエヴァンスと条約を締結しました」
「カルステン様万歳! カルステン様万歳っ!」
……という感じで、最後の方は僕を称える声ばかり。
正直、上辺だけのおべっかは前回のコボルトたちの件で慣れていた。こいつらが僕に内緒で陰口をたたいていることは知っている。
……でも、それでいいんだ。
ヨハネスを倒す前の僕は、こういった陰口にひどく落ち込んでいた。あの時の僕は若かったんだ。村を焼かれ、被害者意識が強かったのかもしれない。
こういう外面と本当の自分の使い分けは、大なり小なり誰だって行ってることなんだ。弱い僕だけじゃない、強いイルマの配下にだって同様の傾向がみられる。
それを知ってぐちぐち文句を言うなんてナンセンスなこと。そう、僕は悪口もスルーできる大人になったのだ。
僕はうまく立ち回ればいい。この前のコボルトのようにはならないように、優しすぎず弱すぎず、優秀な支配者になってみせる。
「カルステン様のお力はどの魔王にも引けを取りません。この様子でしたら、きっと例の噂も問題にはならないでしょうな」
「何の話かな?」
「ご存じないのですか、カルステン様? 勇者イルデブランドのお話です」
「……は?」
魔具を駆使し、王と祭り上げられるようになって1年。こんな素っ頓狂な声をあげたのは、これが初めてだったかもしれない。
イルデブランドって、お姉さんの恋人で僕の姿にビビってたあの男のこと? 同名の別人かな?
「以前、カルステン様の軍勢が崩壊したのも勇者の力、と専らの噂です。因縁の相手ですな」
「……え?」
ああ……ヨハネスの扇動した冒険者たちの強襲か。でもあの中に、あいついたかなぁ? いや仮にいたとしても、役に立ってたの? 僕より弱い魔物なんて、スライムぐらいだよ?
「お疲れ様、とりあえず下がっていいよ」
とりあえず一人で考えたくなったので、配下を部屋から追い出した。
うーん。
イルデブランドの噂。気になるなぁ?
僕は〈王の目〉〈王の耳〉を使って配下を監視してるけど、100パーセントすべてを漏らさず見聞きしてるわけじゃない。人間たちに至っては監視すらしていない。
一度人間に化けて、話を聞いてみるか?
そんなことを考えていた僕は……気が付かなかった。
背後に、誰かが立っていたことに。
「よ」
陽気な声に、僕は……背筋が震えた。
気が付かなかった。
僕は戦闘レベルが高いわけではない。しかし、魔具によって綿密に編み込まれたこの部屋の監視防御網は、不審者の侵入に対して絶対的な力を発揮するはず。
それが、破られた?
僕はゆっくりと振り返った。
壁にもたれかかるように、男が立っていた。
整えられた金髪はまるで秋風にたなびく小麦のように美しく、無駄のなく引き締まった体は健康的であり芸術的でもある。身に着けたマントは、どんな王にもひけをとらない荘厳さと偉大さを兼ね備えている。
僕みたいな醜い魔物にはまぶしいぐらいの美男子。それでいて圧倒的なプレッシャーを与えてくる……そんな男。
魔族? いや人間? どうやってここに?
僕は即座にメガネ型の魔具――〈賢者の魔眼〉を取り出した。相手の名前、種族を知ることのできるものだ。
名前:オルフェウス。
種族:創世神。
……っ!
創世神って、こんな種族初めて見るぞ。
神話に語り継がれる、本物の神様。まさか……僕の前に現れるなんて……。
「橙の空竜王ランドルフが死んだ。喜べ、お前が次代の魔王として選ばれた」
魔王。
この世界には7人の魔王がいる。この中で欠員がでれば、新たな魔族が魔王となる。
そう、話は聞いていた。でもこうして創世神が直接任命しに来るなんて、聞いていなかった。
「魔王たる力の根源、〈橙糸〉を授ける」
そう言って、オルフェウスは人差し指をくるくると回した。すると、空気中に髪の毛のような橙色の糸が出現する。
これが魔王の根幹を成す力の象徴、〈橙糸〉か。
僕の目の前までふわふわとやってきたその糸は、光を放って消えてしまった。
感じる。あの糸が……僕の中にあるんだ。
僕は、力を手に入れたのだ。
「僕は、何をすればいいのかな?」
ギブアンドテイク。力だけくれる、なんて都合のいい話は存在しない。神は僕に何を求めているのだろうか? 相応の覚悟が必要だ。
「別に……」
しかし、そんな僕の勘繰りを知ってか知らずか、オルフェウスはそう答えた。
「何もしなくていい、何も成さなくていい。魔王はそこに存在するだけでいい、そういうものなんだ」
そう言って、オルフェウスは姿を消してしまった。
こうして、僕は名実ともに魔王となった。
力を……得たんだ。
でも、僕の空虚な心は満たされなかった。相変わらず体は醜く弱いし、部下たちは好き勝手なことを言っている。うまく立ち回ることは覚えたけど、それで何もかもがハッピーになるわけじゃない。
何をしてもいいと言われた。
だったら、僕はこの力を使おう。
魔具の力を魔法の力、二つが重なったその時……僕にできないことなんて何もないっ!
このお話の始まり、覚えてますか?
魔王カルステンを倒した主人公のヨウ君が、その手ごたえに違和感を覚えながら領地に帰還。その日に見ている謎の夢、という設定です。
忘れないでくださいね。