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運命の赤い糸

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です


 それは一瞬のことだった。

 瞬きする間もなく、ヨハネスの腕が振られる。いつの間にか手には黒い鎌が握られていて、そいつが僕の右腕を切断する。


「が……ぐ……」

 

 見えなかった。

 ヨハネスは何の予備動作も見せず、僕の腕を切り裂いた。

 痛い。

 体を欠損したのは初めてだ。切り傷や打撲とは違う、確かな絶望感がそこには存在した。


「正直なところ、小生はバトルが苦手でしてね」


 自らの立派な角を撫でながら、ヨハネスは鎌を構えている。その姿には一切の油断がない。


「魔具を使うイービルアイに、魔具を使う間もなく倒す。これが小生の導き出した勝利へのアンサーなのです」


 なるほど、ね。

 突然の奇襲に僕は対応できなかった。加えて、最初に攻撃されたのが腕だから、魔具が扱いにくくなってしまった。

 さらに――


 〈苦毒の鎌〉。

 効果:常に致死性の毒を放出する鎌。傷つけられたものは毒で苦しみ死ぬ。

 


 ヨハネスの持っている黒鎌は魔具だった。僕のスキル――〈叡智の魔眼〉がその効果を克明に記していた。

 さっきから、どうにも苦しいような気がしてならない。きっとこの魔具の毒が回ってきてるんだろう。致死性だから、ほっといたら死ぬ。

 でもまあ、このままだと腕からの出血で死んじゃうけどね。


「遠慮はしません」


 毒と出血で苦しむ僕の様子などまるで無視して、ヨハネスは踊るように鎌を振り回す。

 もとより、体力のない僕は逃げることすらままならず、その攻撃をただ受け入れるしかなかった。

 切り傷が増えていく。

 体が重い。

 

「ジ・エンド」


 僕の目に、黒鎌の刃が突き刺さった――


 その瞬間。


 僕は秘策を起動させた。


「あ……?」


 ヨハネスが固まっている。無理もない。つい先ほどまで勝利を確信していた男が、たった今……それを覆されてしまったのだから。


「なぜ……小生の腕が、目が?」


 そう。

 魔王ヨハネスの目と腕は、なくなっていた。まるで鎌か何かで傷つけられたように。


 魔具、〈反射鏡〉。


 この魔具は自らが受けた攻撃を相手に跳ね返すことができる。僕が受けた攻撃、すなわち腕と目の傷が奴へと転写されたのだ。


 僕がヨハネスに勝てるわけがない。

 だからこその、切り札。

 ここに来る前から、ずっと用意していた。この小さな魔具を、僕は口の中にずっと入れ込んでいたのだ。

 常に、発動できる状態だったというわけだ。


 僕は致命傷を受け、それをヨハネスに転写した。

 でも、僕の体とヨハネスの体はそもそも形が違う。僕は足も角も胴体もない。だから、こちらは即死に等しい一撃だったとしても、奴にとっては大打撃というレベルで済んでいるようだ。

 だが、もうこれまで。

 さすがに腕を切られ目をつぶされれば、その出血ですでにチェックメイト。ヨハネスはヤギ型の再生力のない魔族だ。人間や動物と同じように、傷つければ死ぬ。

 もちろん、魔具の毒はヨハネスに回っている。奴の苦しげな表情を見ていればそれはすぐに分かった。


「ヨハネス様っ!」


 それまで、ずっと主の戦いを見守っていたナーガが、ここにきてヨハネスのもとへと駆け寄ってきた。


「こ……こんな……ことが」


 震える声のまま、ヨハネスはナーガに語り掛ける。傷ついたその目は、おそらく周りの景色を映してはいないだろう。


「魔王の小生が、まさかイービルアイごときに……ルーズしてしまうとは」

「ヨハネス様! 今、治療を……」

「……伝えなさい。今後は、副官のエヴァンスにすべてを……ぐっ」

 

 盛大な吐血とともに、ヨハネスは体を弛緩させた。

 死んだ。

 僕の村を滅ぼし、魔王として飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続けてきた魔王ヨハネスの……最後だった。


 倒した。

 魔王ヨハネスを、倒してしまった。

 僕の力で、やってしまったんだ。


 パパ、ママ。

 村のみんな。

 僕、やったよ? あいつを倒したよ?


 言葉にならない気持ちがいっぱいだった。


 ヨハネスの死体を抱えるナーガを背後に、僕は洞窟の外へと向かうのだった。

 


 ヨハネスを倒したイービルアイとして、僕の名声はこの世界に轟いた。各地に散り散りになっていた仲間や、かつてヨハネスの配下だった者たちまで、僕の配下となった。

 こののち、僕はタターク山脈を自らの領地とした。

 サラーン平原、タターク山脈、およびその周辺を支配する僕の領地は魔王や人間の王国に匹敵する規模だ。

 僕の記憶にある限り、魔王でない魔族が打ち立てた領地としては過去最高。

 多くの仲間が集まってきた。みんなが僕を称え、力強く役に立つ魔具を欲した。

 僕はさらに魔具を集めた。レアなものも多く拾い上げ、中には切り札になるかもしれない強力なものもあった。

 世界で最高峰の魔具博士である僕は、いつしかこう呼ばれるようになった。


 叡智王――と。


 

 なんてね。

 どれだけいい名前で呼ばれても領地を持っていても、僕は魔王じゃない。体は弱いままだし、陰口をたたかれている現状は変わりない。

 でも、これで少しは安心して過ごすことができるかな。もう僕たちは弱小勢力じゃないんだから。


 僕は配下を連れず、森の中をピョンピョンと飛んで進んでいた。

 向かっているのは、お姉さんの家。

 ずっと、気になっていたことがある。

 あの時、ヨハネスが派遣した冒険者の中にはお姉さんがいた。結局僕と彼女が出会うことはなかったけど、敵として現れたのは事実だ。

 お姉さんは僕の仲間を殺していたから、当然僕だって殺されたかもしれないんだ。……まあ、本当の意味での『仲間』なんて僕にはいないんだけどね。


 僕、本当はお姉さんに嫌われてたりするのかな?

 

 玄関には誰もいない。木造の床を這うように進んでいき、右手にあるお姉さんの部屋へと入った。


「お姉さ……ひぃっ!」


 僕は情けない声をあげてしまった。

 お姉さんが、剣を研いでいる! 日光に照らされた刃が、まるで僕の血を求めているかのようにきらりと光る。

 ま、まずい、やっぱり僕、殺されちゃうんだ!


「あっ、この剣? 怖かったかしら?」


 お姉さんはそう言って剣を鞘に納めた。どうやら、切りあいをするつもりはなかったらしい。

 よかった、僕、殺されないみたいだ。


「そうだ、今、野菜スープを煮込んでる最中なの。目玉君も一緒に食べるわよね? 用意するわ」


 お姉さんは三つ編みの髪を揺らしながら、台所へと向かっていった。

 僕は嬉しさと同時に、疑問が沸き上がった。


「お姉さん、僕は魔物なんだよ? どうしてこんなに優しくしてくれるの?」


 お姉さんは驚いたように目を開いた、


「目玉くんは特別よ。なんだか、ほっとけない感じなのよね」


 ……僕は、目から涙が溢れないように必死に堪えていた。

 僕はお姉さんにとって特別だったんだ!

 嬉しい!

 

 ヨハネスに村を滅ぼされ、偶然ここにたどり着いた僕。でもそれは、きっと運命だったんだ。

 やっぱりお姉さんは僕の運命の人だったんだ。

 僕とお姉さんは、きっと赤い糸で結ばれてる!


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