魔王ヨハネス
このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。
僕たちは一目散に逃げだした。
洞窟から逃げ出した僕たちは、平原をひたすら南へと進んでいく。背の高い者は屈みながら、足の遅い者はおぶさりながら、決死の敗走。
ちなみに、僕もコボルトにおんぶしてもらっている。速く走れないからだ。
情けない。だから僕は、この種族が……ひいてはこの体が嫌いなんだ。醜くて、弱くて、何一つ取り柄がない。なんでこんな体に……。
……なんて、悲観に暮れている場合じゃない。今の状況はかなりまずいんだ。
冷静に現状を分析する。
駄目だ。
僕たちは弱小種族の集まりだ。僕やスライムなんかは完全に足手まとい、ほかのやつらも脚が速い方ではない。このままだと、いずれ追い越されてしまうだろう。
「カルステン様」
その事実を理解していたのは僕だけじゃなかったみたいだ。僕を負ぶっているコボルトが、辛そうに声をあげた。
「……このままでは追いつかれてしまいます」
「……ごめんね、僕の力ではどうしようもないよ」
今まで、魔具を渡して力を与えていた僕の仲間たち。縋るような目で見られているのは理解している。でも、僕だけならともかくこの大人数を逃がすことなんて……不可能だ。
「我々がおとりになります」
コボルトが……そう言った。
「どうして……?」
こいつら、僕のことを馬鹿にしてたんじゃないのか? おだてれば魔具をくれる都合のいいリーダーだって、思ってたんじゃないの?
僕を負ぶっているコボルトは、ゆっくりとその目を細めた。
「正直なところ、初めはあなた様のことを馬鹿にしていました。褒めれば魔具をくれる、都合の良い存在だと見下してすらいました」
それは、僕が〈王の目〉、〈王の耳〉を用いて聞いていた話を合致する。
「しかし、いつしか我々は自覚しました。確かに弱かったはずの我々が、こうして住む場所と所属する集団を持ち、恐怖に怯えて暮らす必要がなくなったのです」
その通り。
僕は、安心したかったんだ。だからみんなに魔具を渡して、自分たちの居場所を作り、ヨハネスに対抗した。
「一緒に戦い、一緒に過ごし、やがてそれは信頼に変わっていきました。魔王領に侵攻するなど、一年前の俺を考えれば狂喜を隠せません。この領地が、そしてこの配下たちがあなたの成果なのです。俺は……ここに宣言したい」
コボルトが目を見開き、熱を帯びた声で主張する。
「本当の王はあなた様であると! 弱者であった俺たちを拾ってくれたのは、間違いなくあなた様だった! カルステン様は死ぬべきではない! 弱き者の希望として、生きてこの地を脱出しなければならない!」
突然、コボルトは僕を投げ捨てた。
なすすべもなく、重力に従い落下していく僕。ぽすん、と草に落ちた時には、ずいぶんと距離が離れてしまった。
「行ってください! 早く! 追手が来る前にっ!」
僕は……不覚にも感動してしまった。
なんだよ、これ。お前たちさ、こんなキャラじゃないだろ? もっと僕のこと馬鹿にして、文句を言って、自分勝手な奴らだっただろ?
それなのに、どうしてこんな……。
「分かった! 皆も気を付けてね!」
僕は彼らに別れを告げた。
彼らは敵を引き付けるつもりだ。だったらその役目、僕が代わってやればいい。
僕がおとりになろう。
ここから離れて、大声を出して敵を引き付けよう。それでも魔具があれば逃げ切れる……かもしれない。
試してみる価値は……十分にあるはずだ。
ヨハネス領、タターク山脈中央部。
ヨハネスの滞在している洞窟は、周囲を岩で囲まれた暗くじめじめした場所である。しかし彼の部屋だけは、絢爛豪華な調度品や絨毯によって彩られている。
洞窟ではあるが、ここは地表に露出している。窓の外からは崖下の景色が一望できる、そんな場所だ。
ヤギの魔物、ヨハネスは雷鳴とどろく外の様子をただ眺めていた。
「ご報告申し上げます」
伝令は片膝をついて、そう言った。
「イービルアイ、カルステン率いる件の新勢力は壊滅しました。多くは冒険者ギルドの攻撃により倒され、逃げ出した少人数の魔物たちは、予定通り我々が捕らえて捕虜としました。リーダーのカルステンには逃げられてしまいました」
「…………」
「ヨハネス様?」
ヨハネスは答えない。
「アベレージなオーガの脚力であるならば、報告は35分前に終わっているはずです。しかしあなたは五体満足であるにも関わらず、こうしてのこのこと小生の前にやってきた。そして弁明をしようとすらしない」
「気が動転していまして、報告が遅れて……」
「ダウト、今までの報告のどこに動揺する要素がありました? 遅れたのなら最初に謝るべきでしょう? もう、十分でしょう。結論を言いましょう」
ヨハネスは指をさしてこう言った。
「つまりあなたは偽物の伝令、アンダースタンド?」
……ここまでか。
伝令――すなわち僕は正体を現した。
魔具、〈幻惑の鱗粉〉を使いこいつの配下に化けていたのだ。
隙を見て攻撃するつもりだったんだけど、さすがは魔王。一筋縄じゃいかないな。
「初めまして、魔王ヨハネス。僕のことは知ってるかな?」
「あの時、滅ぼしそこねたイービルアイですね。ディスティニーを感じますね」
「…………」
こいつが、僕の村を滅ぼした。
そう思うと、怒りでどうにかなりそうだった。あの時の驚きと悲しみを、一度たりとも忘れたことなんてない。
「……冒険者たちの手で倒せなかったのは残念です。しかし、小生に抜かりはありません」
パチン、と指を鳴らしたヨハネス。すると、背後の扉から配下と思われるナーガ(蛇の下半身を持つ魔物)が入ってきた。彼はその腕に一匹の魔物を抱えている。
「ひ、ひぃ、カルステン様! 助けてください」
あの時、僕に逃げるように言ったコボルトだ。
そうか……捕らわれてたのか。
「このコボルトだけではありません。他にも20匹程度、あなたの配下を捕らえています。さあ、クエスチョン! かけがえのない仲間を失うか、薄情にも見捨てて逃げ出すか!」
目を瞑り、思い出す。
あの時、『おとりになるから逃げろ』と言われた。僕はその時、とても嬉しかったんだ……。
そう……嬉しかったんだ。
だから、答えは――決まってる!
「殺せば?」
と、僕は言った。