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イルデブランド

このお話は別視点、敵キャラ魔王カルステンのお話です。


 グルガンド近郊、森の中。そこにひっそりと建っているのが、お姉さんの家だ。


「おねーさん」


 ぴょん、と椅子に飛び乗る僕。


「あ、目玉君。また来たの?」

「今日はね、お姉さんにプレゼントを持ってきたよ」


 そう言って、僕は持っていた箱を渡した。

 お姉さんが箱を開けると、そこには僕の用意したブローチがあった。


「ありがとう、目玉君、綺麗なブローチね。大切にするわ」


 このブローチは魔具だ。ほんの少しだけ幸運に恵まれるという、他愛のない効果を持っている。

 それでいいんだ。

 変に強力な魔具を渡してしまったら、逆に不気味すぎる。こうやってほんの少しだけいいことが起こるような、そんなものをプレゼントしたかった。


 お姉さんがブローチを見つめながらほほ笑んでいる。

 はぁ、お姉さん。

 お姉さんは何をやっても綺麗だな。こうしてブローチを持っている姿だけでも、まるで絵画みたいに様になってるよ。


 なんだろう、お姉さんを見てると胸がドキドキするな。まあ僕に胸なんてないんだけど、あえてこの気持ちを説明するならたぶんそれが一番正しいんだと思う。


「ふふっ、今日はいい日ね。目玉君にいいものもらっちゃった」

「喜んでもらえて嬉しいよ。あ、あの、今日はね、お姉さんといっぱいお話がしたくて……」

「……ごめんなさい。お姉さん、ちょっと今日はお仕事があるの」

「あ、う……」


 なんてタイミングの悪さ! 


「ま、また、プレゼント持ってくるね!」


 お姉さんは部屋の外へと出て行った。


 おねーさん、僕のプレゼントしたブローチつけてくれるかな? それとも、大切にしまって置いたりしてくれるのかな?


 なんて、お姉さんのことを考えながら部屋でぼーっとしてたから、気が付かなかった。

 この部屋に、第三者が入ってきたことを。


 やってきたのは、一人の男だった。

 よれよれのシャツとズボンを身に着けた、だらしのない恰好。黒い髪はボサボサで、口の周りには少しだけ無精ひげが生えている。

 痩せてはいるが筋肉もない。肌も白く、おそらくはあまり運動が得意でないだろう。


「…………」


 こいつの名前は、イルデブランド。 

 お姉さんの恋人らしい。

 こいつのことはお姉さんから聞いていた。魔物がいるとかなり怯えるから顔を合わせないようにと言われている。

 しまったなぁ、顔合わせちゃったよ。 


「あ……ああぁ……あぁ」


 震えるイルデブランド。


「た、助けてえええええええええオリビア。お、俺、殺されちゃう……。は、はわ、はわわ……」


 情けない男だ。イービルアイなんて魔物は、大の大人が蹴り上げるだけで倒せる弱小種族なのに。こんな反応、子供でもやらないぞ?


「あひぁいあ……あがぁぎがぁ……」


 イルデブランドは声にならない悲鳴を上げて失神してしまった。


 なんなんだこいつは?

 もし僕が本当に強い魔族だったら、お前はもちろん近くにいるお姉さんだって殺されてたかもしれないんだぞ?

 どうしてこんな男が、お姉さんのそばにいるんだ?

 男ならもっとしっかりしてほしい。体が弱いなら頭を、頭が弱いなら勇気を、何かを振り絞って一生懸命やるのが一番だ。


 ……ああ、こいつの顔を見てるとすごくイライラする。

 何もできないくせに、何もやってないくせに、そのくせお姉さんの側にいて、働きもしないで養ってもらってる。

 こいつはクズだ。

 僕の方が、絶対にお姉さんを幸せにできるのに。



 お姉さんと楽しくお話をした僕は、上機嫌で洞窟まで戻ってきた。

 途中、人間や他の魔族に会わないように、生き帰りの道筋はかなり気を使っている。草むらや岩陰に隠れて、誰にも見つかっていない……はず。

 かなり遠いから、移動が大変だ。最近の僕は素早く動くための魔具を使えるようになったが、それでも人間が走る速度よりだいぶ遅い。


「か、カルステン様。大変です」

 

 ひょこりと洞窟の部屋へと戻った僕を出迎えたのは、青ざめたゴブリンだった。


「どうしたの? 何かあった?」

「敵ですっ! 敵がこちらに攻めてきました!」

「なんだって!」

 

 すぐさま〈王の目〉、〈王の耳〉を起動する。

 そして僕は……その危機的状況を理解してしまった。


「ど、どういうこと? どうしてこんな……」


 平原に、人がいた。

 一人や二人じゃない。何百人という人々が、隊列を組んでこちらに歩いてきている。手には槍や剣を持ち、鎧を身に着け武装している。


「あっ……」


 運悪くその集団に遭遇した僕の配下が、槍で突かれて殺されてしまった。

 間違いない。奴らは……僕たちを狙ってここまで来たんだ。


 人間が僕たちを攻撃してくることは、これまで散発的にではあるが起こっていた。しかし討伐軍並みの規模で大々的に攻めてくるなんて、今まで無かった。

 そもそも僕たちは弱い者が集まってできた集団だ。恨みのあるヨハネス領以外にちょっかいを出したことはないし、人間たちと大規模に戦う気なんてあまりなかった。


 別に、友好的な関係を築こうとしてたわけじゃない。ただ、こんなにも大規模な攻撃を仕掛けるだけの理由が分からない。これほどの大軍なら、兵糧や給料や武具の手配だけで相当に費用がかさむはずだ。僕たちの集団に、そこまでして滅ぼしたいという価値が見いだせるとは……どうしても思えなかった。


「カルステン様、人間どもがこれを持っていました」


 泥だらけのスライムが一枚の紙を持ってきた。


 急募、サラーン平原討伐軍募集。と書かれた勧誘の張り紙だった。


「……? 何? これ?」

「……俺は知ってるぜ」

 

 そう言って前に出たのは、一体のゴーレムだった。確か彼は、ヨハネスに邪険にされてここに流れ着いてきた魔族だ。ここに来る前はアイツに仕えていたはず。


「ヨハネスは人間を使うんだ。配下の〈人化〉させた魔物に、金を持たせて冒険者ギルドへ依頼を行う。自分たちの手を汚さずに、ライバルを蹴落とす汚いやり方だ」

「……ヨハネスっ!」


 いずれ全面衝突は避けられないと思っていたけど、まさかこんな卑怯な手に訴えてくるなんて……。

 

「スキル、〈風竜の牙〉レベル100っ!」

「オラオラっ! 雑魚どもが!」

「ち、こいつら、変な魔具持ってるぜ、気を付けろ」


 〈王の目〉、〈王の耳〉が外の様子を拾っていく。武装した男たちが、スキルを駆使して僕の配下たちを駆逐している。

 一人一人はそれほど強い相手じゃない。僕の仲間だって魔具を持っているんだから、多少は抵抗できるだろう。だけど、これほど大規模に攻められてしまったら、少しの魔具程度でどうにかできるわけない。

 


「このまま進むわよ、みんな!」


 そう、戦場には不似合いな美声をあげる女性。

 その女性に、僕は見覚えがあった。


「お……ねえ、さん」


 鎧を身に着け、二本のロングソードを構えるその女性はオリビアお姉さんだった。確かに、最後に会ったとき言っていた。仕事があるって。

 まさか、冒険者ギルドで働いていた……なんて。

 僕の仲間が、彼女に迫っている!


「その人に攻撃しちゃ駄目だっ!」


 正直なところ、僕は配下の魔族たちなんてどうでもよかった。ただ、お姉さんが傷つくことに……不安を覚えてしまったのだ。


「カルステン様、急に何を?」


 急に叫びだした僕を、配下たちは疑問に思ったらしい。彼らは〈王の目〉〈王の耳〉の情報を共有してないから当然だ。

 

 お姉さんはまるで風のようにしなやかにそして素早く動き、僕の配下をいともたやすく切り伏せた。

 強い。

 他の冒険者たちとは一線を画すその力。


「……ごめん、さっきの言葉は忘れて。そして、みんな聞いてくれ。敵の中にいる女剣士が、すごく強いんだ! 見かけたら攻撃せず、すぐに逃げるように伝えて」


 お姉さんは相当に強いのだ。間違ったことを言ってるわけではない。


 ……お姉さん。

 やっぱり、魔族は滅ぼすべきだって思ってるのかな? 僕が目の前に現れたら、あの剣で切り付けてくるのかな?

 ……でも、お姉さんは僕に仲良くしてくれた。あの時間が嘘だったなんて、どうしても思えない。

 

 ぐるぐるとお姉さんについて考えていた僕は、途中で気持ちを切り替える。

 そう、確かにお姉さんのことも大切。でも今は、僕の、そして配下の命が危ないんだ。


「カルステン様、平原西側の兵士たちが全員倒されましたっ!」

「カルステン様、中央部のコボルトたちが敗走しています」

「カルステン様、こちらはもう持ちません! 指示をっ!」


 矢継ぎ早に現れる伝令は、次々に絶望的な言葉を残していった。


 ……こんなものか。

 

 僕はみんなが強くなるように魔具を用意した。でも、大量に用意できるものは、レベルの低いもの。

 ヨハネス領にちょっかいを出す程度なら、それで十分だった。でも今は、明らかに力が足りていない。


 僕たちで勝てる相手じゃない。


「みんな、ここは駄目だ。いったん逃げよう!」


 決断は迅速に。

 僕たちはあらかじめ用意していた脱出ルートから逃げ出した。他の戦っている配下には、伝令を使って伝えていく。

 こんなところで、倒されるわけにはいかない。


このお話はカルステン君かわいそう7割キモい3割ぐらいでできています。

時々彼が若干キモい発言をしますが、仕様です。

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