イービルアイ
俺は魔王カルステンを探した。
死体の転がる砦の中をくまなく探した。カーテンの裏、部屋の隙間、あるいは隠し扉がないかと必死に見て回った。最後には砦の外に出て、草の根を分けるように周囲をしらみつぶしに歩き回った。
だが、奴はついぞ見つかることはなかった。
途方に暮れた俺は、いったんムーア領へと戻った。
もやもやとした気持だった。俺は何のため、あの場所へと向かったのだろうか? 残ったのは、ただひたすらに疲れたこの体だけだった。
部屋に戻ると、イルマがいた。
「遅かったな? どこに行ってたんだ?」
さして興味もなさそうに、そんなことを言ってきた。
こっちの気も知らないで、のんきなもんだ。
ああ、そういえばこいつに話をしておかないとな。
「マティアスが死んだぞ」
魔王イルマは、呆気にとられたように瞬きをした。
「本当か?」
「ムーア領東端、ユラール平原にカルステンと一緒にいた。たぶん、お前のことを心配してオリビアを一緒に倒そうとしたんだろうな。殺したのはカルステンだ。あいつだけじゃない、アンドレアや他の魔族たちも一緒にやられた」
「……カルステン、あいつか」
領主の館に滞在していた魔族たちは、いずれも魔王イルマに忠誠の厚かった配下である。かつて俺がイルマを倒したとき、こいつの領地は崩壊した。その時、それでも彼女に付いていった仲間なのだ。
思い入れもあるだろう。家族のような仲間を失い、憤慨したりショックを受けたりするだろう……と思っていた。
だが、予想に反してイルマは表情を崩さなかった。
「悲しまないんだな?」
「どれだけ生きてきたと思ってるんだ? 仲間の死など、これまで何度も起こったことだ」
「そうか……」
魔王イルマ。
人間で言うところの有史以来この世界に君臨し続ける最強の魔王。おそらく、この世に生きる知性ある生命体の中で最も長寿といっても過言ではないだろう。
出会いがあれば、別れがある。俺などが想像もつかないほどに、仲間の死を経験しているはずだ。
孤独だな、この女は。
「マティアスの敵を討つのか?」
「私ではあの男を倒せない」
「……驚いた。お前から弱気な発言を聞けるなんて思ってなかった」
「勘違いするな。カルステンとの戦いは想像できる。きっと奴は両手を上げて、戦いもせずに私に殺されるだろう。そんな争いに何の意味がある? 何の弔いになる? つまらない男に手を煩わせている暇はない」
「……?」
少し、意味が分からなかった。
カルステンは強い。それはマティアスやアンドレアを倒したことからも明らかだ。それでもイルマには勝てないだろうが、隙を見て逃げ出したりそのために抵抗したりはするはず。
なのに、無抵抗で殺される? ちょっと話が飛躍しすぎじゃないか?
カルステンは自殺願望があるってことか? だとするとひょっとして、俺がこの前砦で殺した奴は本物だった?
嫌な汗が首筋に垂れた。
俺は、自分でも自覚しないうちに魔王を打ち取っていたのか?
「弱い奴が悪い、それだけだ」
そう言って、イルマは俺から視線を外した。
「…………」
窓に映る彼女の頬に、涙が伝っていたように見えたのは気のせいだろうか。
慰めたりはしない。だってあいつは敵だから。
魔王イルマ、お前は最後だ。
カルステンの生死をはっきりさせ、オリビアを倒したその暁には、お前を叩き伏せてみせる。
それが俺の、最後にして最大の目標。
そうだ、オリビアだ。
覚醒時に、魔王を殺しにいくオリビア。彼女の力をもってすれば、行方不明になったカルステンを発見することができるのではないだろうか?
明後日、オリビアは覚醒する。
その時が、勝負だ。
その日、俺は夢を見た。
彼は一つ目の魔族だった。人間の頭程度の大きさの巨大な目と、その両サイドに生えた腕が特徴的。鼻や胴体といったものは存在せず、目と腕だけ。はっきりいって気持ち悪い見た目だ。
イービルアイ、と呼ばれる。冒険者ギルドでもよく名前にあがる種族だ。ただし、悪事を働いて討伐を依頼されるタイプではない。目玉が薬の材料になるため、それを集めて欲しいという依頼になる。本当にそれだけだ。弱い雑魚魔族。
夢の中で、俺は彼になっていた。
「えっほ、えっほ、えっほ」
僕は坂道をかけあがる。
イービルアイ、と呼ばれる僕らには足がない。巨大な目玉と腕だけの僕らが移動する手段は、もっぱらボールのようにはね飛んで進むだけ。
僕たちは知能がある魔族だ。
知能がある、といっても神のような叡智を持つという意味ではない。この大きさの生き物にしては、という程度であり、人間とそう変りない。
そのくせ力は人間以下。神様はなんでこんな種族を生み出したのか、と問いたくなるようなダメダメっぷりである。
そんな動くのも不便で仕方ない僕がこうして必死にはね飛んでいる理由は一つ。お使いを頼まれ、食べ物を採ってくるように言われたのだ。
頭の上に、木の実がいっぱい詰まった木の籠を持っている。落とさないように、注意しながら歩いていた。
僕たちの村は、山の中腹に位置する荒地に建っている。
青の知略王ヨハネスの傘下にあるこの一族は、はっきり言って待遇が悪い。荒れた領地に住まわされ、食べ物や水を毎日運んでこないと生活が成り立たない。全部、僕たちの種族が弱いからだ。
「えっほ、えっほ、えっほ」
村に着いた。
僕と同じような一つ目の化物たちがうろうろしている。人数にして100人程度といったところだろうか。
気持ち悪い。
ああ……僕たちはどうしてこんなに醜いんだろう。エルフや人間は、綺麗な肌に華々しい洋服、たくましい脚で大地を歩いて、髪の毛を結いておしゃれをして、時にはキスをしたり体を重ねたりする。
それはとても美しいこと。創世神にもっとも近いとされるその体つきは、どんな生き物よりも完成されている。それに比べて、この醜い生き物たちのなんと嘆かわしいことか!
これで僕が馬鹿だったのなら、こんな悩みを持たずにすんだかもしれない。でも、僕たちイービルアイにはその体に似合わないほどの知性がある。だから時々、こんな哲学的な悩みに心を焦がしてしまうのだ。
なんて、憂鬱哲学タイムはもう終了。早くご飯を持って帰ろう。
荒地に建てられた、枯れ木を寄せて作った藁の家。ちょうど岩陰の近くに設置されたその中に、僕は入る。
中には、一匹のイービルアイがいた。石をもって木の実を割っている。
僕のママだ。
「ママー、木の実を持ってきたよ」
どん、と重くなった木の籠を床においた。ちょっと派手に音を立てすぎたため、ママが一瞬だけびくんと体を震わせた。
まあ、木の実いっぱい入ってるからね。
ふふん。
僕は鼻が高かった(鼻なんてないけど)。
「まあ、ありがとう。いっぱい持って帰ってきてくれたわね」
ママが褒めてくれた。
ちょっと嬉しかった。
「帰ったぞー」
次に家へ戻ってきたのは、同じくイービルアイの雄。パパだ。僕と同じように、木の実を集めに行っていたはず。
パパが頭の上に持っていた木の籠を降ろした。持って帰った木の実は、僕よりもずっと少ない。
「パパ、すくなすぎー」
「はっはっはっ、息子よ。愛しい我が子に花を持たせてやろうとする俺の気遣いが分からないのか? まだまだ青いな」
「そんなこと言ってー、パパの集め方は効率が悪すぎるんだよ」
「な、な、なんだと、そんなことはないぞ息子よ」
プンプンと頭から湯気のような蒸気を出して飛び跳ねるパパは、息子である僕から見ても子供っぽかった。
あれこれと言い訳しているパパの言葉を聞き流していたら、もう一匹、家の中にイービルアイが入ってきた。
確か、パパの友達だったはずだ。
「魚やるよ、魚」
ぽん、と魚の入った籠を地面に置いてくれた。
「肉もってきてやったぜ」
「いいキノコが生えてたんだ。代わりに木の実を少しばかりくれないか?」
続いて入ってくるイービルアイたち。みんなみんな、パパの友達だ。
「はっはっはっ、息子よ。見たか。これが父の人望よ。器の大きさを知るがよい」
威張るパパ。上機嫌で笑っていたのだが、唐突に横割りを入れられる。
ぽかん、とパパの頭を殴ったのは、友人の一人だった。
「このバーカ。俺らの善意を自分の手柄にしてんじゃねーよ」
「そうだそうだ、息子さんに謝れよ」
「むしろ俺たちがお前に威張ることだろ」
「なんだとお前らっ! 俺の偉大さを――」
家の外に出たパパたちは、終わりのない言い争いに明け暮れている。あれで大人というのだから、ため息しか出ない。
でも、ああして馬鹿みたいに騒いでる姿は、ちょっとうらやましいと思う。
パパのことをぼんやりと眺めている僕に、ママが近づいてきた。
そっと、ママが僕に耳打ちした。
「パパはね、少し食いしん坊なところがあるの。だからきっと、帰るときに木の実を食べちゃったんじゃないかしら?」
つまりパパはもっと木の実を持っていたってこと?
うーん。たとえそうだったとしても、それはそれで駄目なパパなんじゃないだろうか?
と思った僕だったが、あえて言わないでおく。知性ある大人だからねふふん。
ママは笑いながら、僕の頭を撫でてくれた。
「だから許してあげてね、カルステン」
「うん」
弱くても、貧しくても、苦しくても。こうして僕を必要としてくれる人がいる。褒めてくれて、話をしてくれる人がいる。
だから僕は、この村が好きだった。
この前評価欲しいってお話をしたら、30pぐらい増えました。
うわぁ、嬉しい。
あまりの嬉しさに、『ポイントの施しは受けぬ!』と息巻いていた麗しの女騎士僕もアへ顔やむなしですわ。
らめー。
ありがとうございました。