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マティアスの願い

 ムーア領東端、ユラール平原。


 かつてこの地が人間の領地であったころ、小競合いが続いたために建てられた砦がある。やがては魔王イルマによって支配されてしまったため、今となっては無用の長物となってしまった。

 そんな打ち捨てられた砦のあるこの地に、俺はやってきていた。


 領土としては全く無価値の場所。住民もいないため、一度サイモンを派遣した後は野放しになっていた。

 なるほど、魔族が大挙して集まるにはうってつけの場所だ。カルステンがこの地を選んだのも納得できる。


 馬を降りた俺は、剣を握りしめた。

 この地には、あのカルステンがいる。弱小魔王にすら匹敵する力を持つマティアスがいる。そして彼らほどではないが、かなり強い魔族であるイルマ軍の精鋭が控えている。

 一筋縄でいくはずがない。魔王イルマとことを構え、さらにはカルステンを殺そうとしている俺にとっては、全員が敵だ。


 イルマにいいようにあしらわれた件で、俺もいくらか冷静さを取り戻したような気がする。このまま全員敵だと思って突っ込んでいけば、間違いなく失敗してしまうだろう。

 命を捨てるつもりはない。まずはカルステンの懐に入り込み、様子を探った後に隙を見て殺してしまおう。

 奴の死はオリビアのせいにしよう。マティアスだってあいつのことを心底好いてるわけではないし。その理屈ならある程度は通せるはずだ。

 奴を人気のいない場所に連れ出す必要があるな。だとすると、そのもっともな理由は――


 などと考えながら歩いていると、とうとう砦の近くまでやってきていた。

 イルマ軍に出迎えられた俺は、そのまま砦の中に入る――



 その、はずだった。


「なっ……」


 だが、俺を出迎えたのは予想だにしない光景だった。

 まず門の前に倒れていたのはオーガの死体。おそらくは何か槍のようなもので一突きされたのだろう、顔の一部が欠損している。

 次に門をくぐり中に入ると、そこは血に塗れていた。


 塔に激突し崩れ落ちているドラゴン。あれは確か、イルマのところのアドニスとかいう魔族だったはず。

 壁際に倒れこんでいるのは角の生えた鬼。アンドレアと呼ばれるこの魔族は、イルマ軍でも屈指の実力を誇っていた。

 そいつらが、死んでいる。

 

「……一体何が?」


 かつて似たようなことがあったのを思い出す。魔王エグムント領、タターク山脈に訪れた時。すでにオリビアとエグムントの戦いが終わっていたのだ。

 だが、あの時とは決定的に違う条件がある。


 俺は魔王バルトメウスから過去のオリビアに関する統計をもらっている。それによると、彼女が覚醒して橙の叡智王カルステンに襲い掛かるのは、しばらく先のはずだ。

 彼女のせいではない。

 一体誰が?


 ……いや、冷静に考えれば、犯人は分かり切っている。


 階段を上がると、そこには一人の魔族がいた。

 執事服を身に着けた、白髪の男。

 マティアス。

 この男は生きていた。おそらく槍を突き刺されたであろう腹部を押えながら、息も絶え絶えといった様子。力ないその瞳をこちらに向けた。


「……人、間」


 その目は、いつかのようなむき出しの敵意を喪失していた。

 

「お、嬢……様……を。頼みます」

「…………」

「あな……たが、忠誠を誓っていない……ことは知、っていますが」

「……頼む相手を間違えてるんじゃないか? 魔王の副官さん」


 この男は俺のことを快く思っていなかった。『イルマを頼む』なんて言われても俺が守るはずないことぐらい、理解してるはずなんだが……。怪我で頭が動いてないのか?


「強……き者に倒さ……れるなら、お嬢様とて……本望でしょう。それゆ……えに、あの男に、お嬢様を殺させて……はならない。あの男の……介入を……許しては、ならない」


 なるほどな。

 その理屈なら、確かに俺も動く意味はある。カルステンが魔具を使いイルマを罠に嵌める、なんて展開は俺の望むところではない。奴ら裏で糸を引くタイプに見える。俺やオリビアがその影響下でイルマを倒してしまうことは、フェアな戦いではない。


「安心しろ。魔王カルステンは俺が倒す。お前の主を地獄に送るのはそのあとだ」

「……それで……い、いん……です」


 その言葉を最後に、マティアスはその瞳を閉じた。

 魔王の副官、マティアスは死んだ。

 かつてイルマやエグムントに次ぐ実力者として、魔族たちから畏敬の念を集めていた男。その死は、魔族VS人間という勢力図に重大な影響をもたらすだろう。


 俺はマティアスを好きではなかった。もし今もなおこの砦で生きながられていたのだとしたら、きっと争いは避けられなかっただろう。

 だが、死者に罪はない。この男のことは、忘れよう。


 ドアを開けると、古びた貴賓室のような光景が目に入った。

 そこに、奴がいた。


「やあ、ヨウ君」


 幾多の返り血を浴び、死者たちの呪いを一身に受ける鎧姿の男。

 見間違えるはずがない。

 忘れるはずがない。

 

 橙の叡智王、カルステン。


 さながら重騎士のような装備を身に着けた、珍しい姿だった。

 

「……この前のループでは、ずいぶんと世話になったな。魔王カルステン」

「最愛の人と余生を何日も過ごせて、嬉しかったんじゃないかな? 僕なりのプレゼントと解釈して欲しいな」

「言ってろ」


 正直なところ、俺は奴を舐めていた。

 確かに、この魔王にはどこか得体のしれないところがあった。それ相応の実力を持っているんだろうと、心の中では思っていた。

 しかし、まさかイルマの配下を全員殺してしまうなんて、思ってもみなかった。


 魔王カルステンとはここまで強い魔王だったのか? そもそもこいつ、勇者イルデブランドに殺されたんじゃないのか? イルマはなんで、こいつと戦っていないんだ?


「分からないな」


 そして、一番の謎がある。


「お前は何がしたいんだ? オリビアがクラーラを殺して、パウルが死んだ今、次に狙らわれるのはお前なんだぞ? 自分の味方を虐殺して、死にたいのか? それとも、自分ならオリビアを殺せるという自信があるのか?」

「僕の目的を達するためには、彼女に生きてもらう必要があるんだ。殺すなんてとんでもない」

「……目的? それはなんだ?」

「君に話す必要があるかな?」


 ……情報はここまでか。


 謎が多いのは事実。

 力を持っているのは事実。

 だが、それだけだ。

 俺が何かを思い直すようなことではない。


「……いや。お前を倒す、その結論に何ら変わりない」


 俺は剣を構えた。

 魔王カルステン。

 思えば、因縁深い魔王だった。

 初めてこいつに会った時、オリビアを紹介された。今にして思えば、あの時から俺の長きにわたる苦しみの連鎖が始まっていたのかもしれない。


 すべての悪しき流れを断つためには、源流であるこの男を倒す以外に道はない。


「クラーラの敵、魔王カルステン。お前を殺すことに……何の躊躇もないっ!」

 

 俺は足を踏み出した。

 カルステンはその槍を構えた。


 勇者ヨウ、魔王カルステン。

 後世の歴史に語り継がれる戦いが、今、この地で始まったのだった。


1/8 こっそりとオリビアの覚醒時期を修正。

矛盾が生じてしまったのです。


1/29 こっそり最後の文を訂正

大激闘じゃ歴史と矛盾しますよね。

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