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大切な用事

 アレックス国王に報告を終えた俺は、すぐにムーア領へと戻った。

 領主の館、執務室。

 

「ヨウ君っ!」


 机に座り書類をさばいていたのはダニエルさんだった。おそらく、ここの特産品に関する発注書だろう。


「心配したんだよ。王国よりも先にこっちに来てくれよ。あ、フェニックスの雛鳥やヤドクソウの取引については安心してくれ。俺が処理しておいたから」

「ありがとうございます、ダニエルさん。……あの、大丈夫だったんですか?」

「正直なところ、かなり無茶しちゃったよ。あっちこっちからフェニックスの雛鳥を仕入れて、値引き交渉とかね。でもまあ、おかげでいい勉強になったよ。領地が広くて助かった。次に同じことが起こっても、もっとスムーズに処理できると思うよ」


 すでに比類なき領地となったムーア領。メリーズ商会の全面的なバックアップを経て、商業流通はかなり発展している。

 それはもはや、俺の〈モテない〉スキルによって生み出された数々の特産品すら凌駕してしまうほど。ダニエルさんの交渉力をもってすれば、この領地はさらに豊かになるだろう。

 俺がいなくても、この領地は回るんだな。嬉しいような、寂しいような。


「ダニエルさん、街道の魔族は狩ってきやしたぜ」


 クレアとサイモンが部屋に入ってきた。


「いやー、姉さん強すぎですぁ」

「サイモンさんもその剣、〈大地の王〉だっけ? すっごいわね。精霊剣より出力あるんじゃないかしら?」

「これはアニキが作ってくれたんでやすわ」

「……あれ、ヨウ?」


 二人とも、俺のことに気が付いたらしい。呆気に取られている。


「今までどこに行ってたのよ? 心配したんだから」

「アニキ、ご無事でっ!」

「……ああ、心配かけてすまなかったな」


 ゴーストであることを隠し、サイモンと一緒に魔族を狩っていたのか。

 俺のいないところで、みんないろいろ頑張ってるんだな。


「ヨウ君、さっそくだけど書類に目を通してほしい。政治が絡んでくる話を、俺単独で決めてしまうわけにいかないからね」

「クレア、ダニエルさん、サイモン、また後で話をしよう」

「え……ヨウ君」

 

 これから、というときにこの場所から立ち去ろうとする俺を見て、三人は慌てている。彼らの気持ちは十分理解できるが、かといって俺は足を止める気などなかった。


「……大切な、用事があるんだ」


 そう。

 俺がこの地に戻ってきたのは、サイモンやクレアに会いに来たわけでもなければ、領地運営を心配したわけでもない。

 どうでもいい。

 些細なことを気にしている余裕はない。



 公爵令嬢、イルマは館の庭にいた。

 おそらく、執務室でダニエルさんがあくせく働いているため居心地が悪くなったのだろう。

 風に飛ばないよう帽子を押さえ、近くの花を触っているその姿は、蝶よ花よと育てられてきたお嬢様と言っても通じるだろう。

 だが俺は知っている。この麗しきドレス姿の少女が、世界最強と呼ばれる魔王であることを。


「よう」


 俺の声に、イルマは一瞬だけ俺を見て、そして眉をひそめた。 

 魔具、〈隷属の首輪〉がないことに気が付いたのだろう。さすが最強魔王、大した観察眼だ。 


「……お前、あの魔王たちの会議の時、オリビアを一緒に倒そうって言われたんだってな。クラーラやバルトメウス会長から頼まれたのに、断ったんだってな」

「そんなこともあったな。それがどうかしたのか?」


 『お前』。

 俺はイルマをこう呼んだ。彼女の奴隷となって以来、『イルマ様』と呼び続けてきたが、そんな子供だましは今日で終わりだ。


「……オリビアはさ、お前にとっても敵なんだろ? いずれは倒さなきゃならない存在なんだろ? ……だったらさ、クラーラのこと、手伝ってやってもさ、良かったんじゃないのか?」

「ふっ、面白いことを言うなお前は」


 イルマが笑う。 

 その笑みは令嬢というにはあまりに野性的で、尖っていた。


「弱い奴を助けて何になる? オリビアにクラーラが殺されるというなら、それは自然の摂理だ。獣を食し、魚を食するように、あの女がクラーラを喰った。ただそれだけのこと。弱い奴は死ぬんだ」

「……ああ、そうだな、その通りだ。お前の言うことは正しいよ」


 俺は、少しだけ涙を流してしまった。

 クラーラの最後を思い出したのだ。


「クラーラは弱かった。弱いから、一人でオリビアを倒せなかった。弱いから、敵であるはずのパウルを引き入れてしまった。全部全部、弱さゆえの過ちだった」

「分かってるじゃないか私の奴隷よ」

「ならっ! ここでお前が俺に殺されても、それは弱かったからなんだよな?」


 すでに不穏な気配を感じ取っていたであろうイルマは、その恐るべき殺気を一気に放出した。


「今の言葉、泣いて謝るなら許してやらんこともないぞ?」

「粋がるなよ魔王イルマ。お前に弱さを教えてやるよ」


 初動はイルマ。速い。その速度は『閃光』と称された〈黄糸刻印〉状態下のパウルを超えてすらいた。

 防げるはずがない。


 これまでの、俺だったら。


「……ほう」


 自らの拳を剣で受け止めた俺を見て、イルマは唇を釣り上げた。 


 これが、クラーラの残してくれた遺産。

 スキル、〈大精霊の加護〉は精霊に愛される能力である。


 精霊の力を一点に凝縮したレーザービーム〈アルケウス〉。その技は既存のスキルを凌駕する剣となる。

 そして大気を舞う精霊たちは、魔王イルマの一挙一動を俺に教えてくれる。足の筋肉が跳躍の準備をしていること、右こぶしを握り締め俺の腹を殴ろうとしていること。

 その理解はある種の未来予知となり、俺が取るべき行動を如実に示してくれる。


 俺は感動を覚えていた。

 あの魔王イルマの拳を、受け止めることができたというこの事実に。

 

 魔王カルステン、オリビア、そしてイルマ。

 この世界を揺るがす諸悪の根源。力の均衡を崩すイレギュラー。

 倒す必要がある。

 クラーラが死ぬ原因になった魔王カルステンは、俺が誰よりもこの手にかけたい相手。だが居所の分からない奴よりも、イルマから先に潰す。それが俺の決断っ!


 イルマが後方に退き再び距離を取った。だがその膠着状態は、およそ瞬き一回にも満たない刹那の時。


「死ねええええええええええええええええええええええ、魔王イルマあああああああああああああああああああああっ!」


 俺の剣とイルマの拳が、再び激突した。


ヨウ君活躍の歴史。

灯台のサキュバス・・・スキルで余裕の撃破。

モーガン・・・アレックス将軍が相手した。

クレーメンス・・・大けがを負わせるが逃げられる。

エグムント・・・戦ってすらいない。

シャリー・・・腹痛により退場。

オリビア・・・三人がかりでやっと倒す。

パウル・・・弱ったところで倒す。


思い起こせばこの主人公、ちゃんとボスを倒せてないですね……。

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