勇者の決意
『あれれ、この章題飛んでね?』と思ったそこのあなた、いつもお読みいただきありがとうございます。
飛ばしてるわけではありません、正常です。
なんで飛んでるかは作中で。
グルガンド王城、玉座の間。
荘厳な雰囲気のその場所には、整然と並べられた柱と、その前に立つ王国高官たちがいる。中央に敷かれた赤じゅうたんの先には、玉座に座ったアレックス国王がいた。
「ムーア領領主、ヨウ・トウドウ。ただいま参りました」
片膝をつき、臣下の礼をとる俺。まだクレーメンスがいたころは緊張していたが、今となっては手慣れたものだ。
突然の来訪に、アレックス国王は少しだけ驚いていた。だが、俺が重要な話をすると言ったら、しっかりと高官たちをここに呼び出してくれた。その点は感謝している。
「ヨウ殿。近日、ムーア領よりヨウ殿が行方不明との報告を聞き、気をもんでいたところ。元気そうで何よりだ」
「ご心配をかけて申し訳ありません、アレックス国王」
ループを差し引いても3週間程度は経過している。一国の領主が領地から突然の蒸発すれば、騒がれるのは当然だろう。
怪我で激しく動けなかったからな。帰還が遅れてしまった。
「それでヨウ殿。このたびの来訪は一体どのような要件なのだ? 報告とは?」
「お喜びください、国王陛下」
俺は手に持っていた包みを開き、国王へ見せた。
「我らが人類の敵、閃光王パウルを打ち取りましたっ!」
包みの中に収められていたのは、首。
苦悶の表情を浮かべながら絶命してる禿頭の男性魔族。それは、つい2週間前まで俺とともに行動し、幾多のループを潜り抜け互いに信頼しあっていたはずの……魔王の末路だった。
「卑怯にも女を人質に取り命乞いする、暗愚な魔王でした。死闘の末、見事打ち倒すことに成功しました」
嘘だ。
実際のところ、パウルを殺すことに『死闘』というほど苦労はしていない。
俺はその時のことを思い出す。
クラーラが死んだあの日、俺はパウルに治療をと告げられ一緒に歩いていた。
『申し訳ない』、『せめて生き残った我々は……』と戯言を抜かしているあの男の首を、俺ははねた。
これまでのループ下で、パウルはずっと〈黄糸刻印〉の副作用に苦しんできた。それが今回、血を吐いたり悲鳴を上げたりといった様子は見られていない。おそらく、オリビアと戦うことを途中で諦めたため、副作用の程度も軽くなったのだろう。
それでも、あの無抵抗ぶりを見るに戦闘できる状態ではなかったようだがな……。
何が治療するだ、何が責任を持つだ。
ああ言って俺の心証を良くしようとしていただけ。本当は副作用のことで頭がいっぱいで、俺に殺されないかとビクビクしていただけに過ぎない。
小者だ。
イルマやカルステンはもとより、バルトメウスやクレーメンスにも及ばない、バカな魔王だった。
「……本物なのかのう、これは」
宰相コーニーリアスが訝しげに首を眺めている。
「宰相、俺の言葉をお疑いで?」
「い、いや、わしとてヨウ殿のことは信頼しておる。しかし魔王ともなれば話が……」
「間違えありません」
そう言って前に出たのは、左の柱に並んでいた高官の一人。
「貴殿は、オルガ王国の大使殿。間違えないとはどういう意味じゃ?」
「我が国の怨敵パウルとは、戦場で何度か顔を合わせています。間違えありません。この男は……黄の閃光王パウルです」
ざわり、と周囲の重鎮たちが騒めいた。
俺はクレーメンスやイルマをこの国から追い出した英雄だ。一部では『魔王を殺した』などと囁かれていたが、それはあくまでうわさに過ぎない。俺自身もずっと否定し続けたことだ。
本当の意味で魔王を殺したのは、これが初めてだ。そしてそれは俺個人の問題ではなく、おそらく人類史において勇者イルデブランド以来の快挙だろう。
「オルガ王国でヨウ殿を見かけたという報告が来ていた。魔王と一緒に、などという荒唐無稽な内容であったが、これはもしや……」
「それは間違えなく俺です。すべては、閃光王パウルを打ち取るための策でした」
「なんということだ……」
「オルガ王国の国王陛下が犠牲になったことは、本当に痛ましい限りです。俺の力が及ばないばかりに……」
そう。
俺は後で聞いた話だが、オルガ王国国王ディートリッヒは殺され、パウル領は王国に占領されてしまったらしい。
クラーラが信じ、愛と平等を分かち合ったはずのあの国は……結局魔族国家に復讐戦を仕掛けてしまったわけだ。
これが現実。
あの子は崇高な理想を持っていた。だがそれは夢見がちな子供が見る幻想でしかなかったのだ。
「森林王クラーラはパウルに殺されたようです。アレックス国王陛下、すぐに軍をシェルト大森林に向けてください」
「……ヨウ殿、それは真実なのか?」
「事実です」
……クラーラ。
俺は君のことを愛していた。でも、その気持ちややり方まで真似ることは……どうしてもできない。カルステンやクレーメンスは悪だ。イルマは奴らほどではないが、話を聞くような魔王ではない。
思いやりで人を救えるなら、パウルは裏切ったりしなかった。クラーラの死は、ある意味で自業自得といえるだろう。
いい子だった。優しい子だった。俺はそんな彼女だからこそ惹かれていたのだが、その性格は『魔王』という肩書にはふさわしくなかったのだ。
せめて天国で安らかに眠っていてくれクラーラ。俺は俺なりのやり方で、君への鎮魂歌を送りたい。
「国王陛下、俺はここに宣言いたしますっ!」
俺は立ち上がり、腰に下げた剣を天高く掲げた。その声が、気勢が、遥か遠くの星となってしまったクラーラにも届くように。
「近日中に、残る魔王――カルステンとイルマを打ち取ってみせます。この俺の……手でっ!」
それが俺の選んだ道。
俺はこの世界の勇者となる。魔王を失い弱った魔族と、精霊剣を扱うことができるようになった人間。力の均衡が保たれたのち、俺という勇者の名のもとに愛と平等を説いてみせる。
優しさだけでは何もできない。強さだけでは何も生まない。理想と現実、二つを都合よく共存させるには、この方法しか残されていない。
クラーラ。
蔦の指輪は枯れてなくなってしまった。でも俺には、君からもらった大切なものがある。
スキル、〈大精霊の加護〉。
この力さえあれば、理想を現実にすることが……できるはず。
というわけでここからが『叡智王編』になります。
初めに言っておきますが、この『叡智王編』は相当に長いです。
ヤバイかもしれないです。
でも思い入れがあるから、いけると思うからいっぱい書いちゃいます。
そのやる気は面白さにつながる……はず。