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魔王、体調不良!

 俺に近づいてきた魔王イルマ。息の根を止めようとしていたはずの赤の王は、しかし突然青い顔をしながら吐きそうになってしまった。

 あれ……この反応……どこかで……。

 え……、まさか……そういうことだったのか?


 この魔王、女の子だっ!


 や、やばい、なんという大逆転。女性蔑視で有名な赤の魔王、実は女性だったっ!

 男だって先入観があったから、普通に美男子だと解釈してたけど、改めて見ると確かに女性としても通用する顔だちだ。

 胸はないけど、そういう女性もいるだろう。


「ま、魔王様っ!」

「動くなっ!」


 駆け寄ろうとした魔王副官、マティアスを止める。


「今、俺のスキルが魔王を捕えた。こいつは人質も当然。等価交換といこうじゃないか、魔王軍副官さん」


 しょ、正直かなり怖い。この魔族はあのアレックス将軍が倒せなかったほどの実力者。俺なんて一瞬でぶっ殺されてしまう。しかし、俺の不利を絶対に悟られてはならないんだ。

 ここは余裕がありそうな雰囲気を出しておく。


「俺のスキルは魔王を苦しめている。このままいけばひょっとすると殺せるかもしれない。でも、このスキルは魔王以外には通用しないんだ。だから、ここは取引といこう」

「……わたくし、今日ほど怒りに震えたことはありませんよ。……人間っ!」


 怒りに震えるマティアスは、恐るべき殺気をこちらに向けながらも迫ってくることはなかった。

 この副官、魔王への忠誠心がありそうな言動をしていた。だから魔王の命を救おうとする、と読んでいたがやはり予想的中だった。

 とりあえず、交渉に持ち込むことには成功した。


「俺は魔王への攻撃を取りやめる、だから俺たちを見逃せ。これが条件だ。もちろん、俺やこの将軍にこれ以上危害を加えるようなら、スキルの威力を高めてやる。その魔王、死ぬかもな」


 実は俺がちょっと離れるだけでスキルの効果が切れて回復してしまうんだが、それがばれてしまえば瞬殺されてしまう。

 俺、誠意ある対応でスキルを解くと見せかける。これ重要。


「……き、貴様。ふざけたことを言うな。殺す……殺して……や……」

「お嬢様っ!」


 今にも死にそうになっている魔王の様子に、マティアスの狼狽は激しさを増していく。


「……分かりました、魔王様の命には代えられません。ここはわたくしが退くことにしましょう」


 マティアスは両手を上げて不戦をアピールした。俺は少しだけ動いてみるが、やはり彼が攻撃してくる様子はない。

 交渉は成立だ。あいつの気が変わらないうちに、さっさと逃げなければ。


「大丈夫か将軍。逃げるぞ」

「ヨウ殿、すまない……。本当に……すまない」


 俺は将軍に肩を貸し、急ぎ足で森の奥へと逃げ去ったのだった。


 


 魔王副官、マティアスは己の愚かさを恥じていた。

 魔王イルマはマティアスの主である。最古の魔王としてこの世界に君臨する主は、他の魔王とは一線を画す存在。決して敗れてはならない、ましてや傷つけられてはならない至高のお方なのである。

 その主が、今、無残にも片膝をつき地面に座っている。こうなってしまったのは、捕えた人間の危険性を理解していなかった自分の責任。


「魔王様、ご気分はいかがですか?」

「……問題ない」


 魔王イルマは顔色が良くなっている。先ほどまでの体調不良が嘘のようだった。どうやら、完全に敵のスキル影響下から脱したのだろう。


 マティアスは考える。先ほどの人間が魔王を圧倒したスキルについての考察だ。

 そもそも魔王を脅すというのなら、コロシアムにいるときでも十分に行うことができたはずだ。それをしなかったということは、何らかの制約があるということ。

 少なくとも、距離を取れば問題ないはず。離れた位置から魔王を殺せるのなら、軍同士の戦闘が始まる前にイルマは死んでいたはずだ。

 つまり、魔王様にはここで待機してもらい、マティアスが逃げていった人間どもに追いつき殺せば……すべてが元通り。


「……ふふふ」


 マティアスは笑う。それは普段、彼が陽気に笑っているときとは別の心からの喜びであった。


「……愚かな人間どもに己の過ちを教えてやりましょう」

「行くのか、マティアス?」

「魔王様はどうかここに留まってください。私の脚なら一分もせずに……」


 と、そこでマティアスは言葉を切った。背後からぞろぞろとやってくる魔族たちに気がついてしまったからだ。

 魔王を心配して、という様子ではない。マティアスたちに敵意を向けているように見える。


「おいおいおい……なんだ今の様は」

「それでも魔王様かよ。座ってねーで立てよ」


 魔族たちが口々に文句を言っている。その様子は、明らかに魔王やその副官に対する言動ではない。

 無礼千万な彼らの態度に、マティアスは激高した。


「あなた方……それが偉大なる魔王様に対する言葉かっ! 口を慎めっ!」


 ただの人間であればそれだけで失神してしまうであろう怒声に、荒くれものの魔族たちは微動だにしない。


「あんな弱ぇ男一人にブルッてる魔王なんて、俺たちの主じゃねーよ」

「大体……気に入らなかったんだよてめぇら。いつも偉そうに俺たちに命令しやがってよ」

「俺たちゃもうお前の部下でもなんでもねぇ。とっとと領地を渡しな」


(こ……これは……)


 マティアスは怒りを鎮めると同時に恐怖した。

 力の魔王が力を否定される。それは支配の正当性が揺らぐことであり、今まで暴力に訴えて従わせていた魔物たちの離反を意味していた。

 ある種の王国として拡大していたはずの、赤の力王イルマ領。その領地が……分裂しようとしている。


「く……くくく、く」


 絶体絶命のこの状況に、魔王イルマは笑った。むしろ追い詰められていることが快感であるかのように、肩を震わせている。


「……お前ら全員、皆殺しだ」


 魔王イルマは唇を吊り上げた。



 魔王が人間に逃げられる。

 それは、かつて隆盛を誇ったアースバイン帝国以後の世界において、まったく見られなかった現象だった。魔王とは恐怖の対象。人も、そして同族の魔族でさえ立ち向かうことができないはずの……恐るべき存在だった。

 しかしその概念は、ヨウによって完全に打ち砕かれてしまった。


 こうして、赤の力王軍は崩壊した。

 そしてそれと同時に、一人の英雄が誕生することになった。


4/19 何かここのあとがきに書いてあったような気がするかもしれないですが、忘れてください。

きっと何かの勘違いです。

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