パウルの脱出方法
閃光王パウルの一撃を食らった俺は、衝撃を吸収しきれず地面へと倒れこんだ。
「……がっ、はっ」
口内を切り、唇から血が流れた。即座に起き上がるが、腹部に激しい痛みを覚える。
あばらが折れている。……やばいな、こんな時に。
……ったく、何考えてるんだよこの人。
「……ぱ、パウルさん。何も言わず殴ってくるなんてひどいですよ。いくら作戦っていっても……俺には心の準備が……」
「説明など、ありませぬぞ」
パウルは真剣そのものといった面持ちで、拳を構えている。
「クラーラ殿が死ねば、ループは終わりますぞ」
「は?」
その……言葉に、俺は頭の中が真っ白になってしまった。
何を言ってるんだ? この男は? クラーラが死ぬ? なんで俺が殴られなきゃいけないんだ? 意味が分からない。なんで? どうして?
あまりの事態に呆けていた俺であったが、腹部の激痛ですぐに正気を取り戻す。
そして、理解してしまった。
この男の、明確な裏切りを。
パウルが俺を戦闘不能にすれば、オリビアはすぐさまクラーラに肉薄するだろう。もし、黄の閃光王が彼女の妨害をすれば……間違いなく敗北してしまう。
今まで、死闘を演じ倒してきたオリビアを倒せなくなってしまう。そうなればクラーラは死に、彼女の敗北をもってループが解除される。
それは、俺がずっと避けたかったこと。
「……おい、冗談だろパウルさん? 俺たち、ループを脱出まで一緒に頑張っていこうって……誓ったじゃないか? 俺だって、クラーラだって、今まで死に物狂いで世界中を探してきて……それなのに」
「ヨウ殿たちはよいですな。毎回オリビアを倒したら、世界各地を旅行三昧。二人で新婚旅行気分ですかな? 私はベッドで苦しんでいるというのに」
こ……こいつ。
俺やクラーラがどんな気持ちで動き回ってるか、分かってないのか?
怒りで体が震えそうだった。
お……落ち着け、俺。ここで話がこじれたら、もう後戻りはできないぞ。まだ、チャンスはある。何とかして、パウルさんを説得するんだ。
「そ、そうだ、たとえばさ、一年って365日だろ? 今のループが362回目だからさ、あと3回、区切りのいいところまで頑張ってみようぜ。あれは時計型の魔具だったから、人間の決めた暦――ひょっとすると一年が限度なのかもしれない。そこまで行ってダメなら、今後の方針を考えて――」
「その穴だらけの理論には賛同できませぬぞ」
パウルは俺を敵視する視線を止めない。いやむしろ、その殺気が高まっているようですらあった。
「ヨウ殿はこのループを喜んでおられるのでしょう? 愛しいクラーラ殿と一緒に居られてよかったですな。しかしそれに私まで巻き込まないでいただきたい」
その、自分勝手な言葉に。
俺の中で……何かが音をたてて崩れた。
「ふ……ふざけるなあああああああああああああああっ!」
俺は叫んだ。これまで我慢していた心が悲鳴を上げているかのようだった。
「あんた魔王だろっ! 王なんだろっ! こんなだまし討ちみたいなやり方で、恥ずかしいと思わないのかっ! 魔王だったら、それらしいプライドを持ったらどうなんだっ!」
「さすが魔王の奴隷。イルマ殿と同じことを言うのですな」
「……なっ!」
俺が……イルマと?
いや、確かにイルマはそういうことを言いそうだ。
あいつは人間を殺していた。でも、それでもどこか力を持つものとしてのプライドを持っていた。だから強者にはそれ相応のチャンスを用意していたし、弱者には強者であることを求めていた。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「どうして理解できないっ! お前だってオリビアに殺されるんだぞ。三人ですら苦戦してるような相手に、お前みたいな小者魔王が一人で勝てるわけないだろ! 冷静になれよパウルさん。俺たちは生き残るために共闘してるんだ。誰が嬉しくて誰が貧乏くじとか、そんな考えは間違えてる」
「……もう無理ですぞ」
パウルは俺への敵意から一転、悲痛な面持ちで天を仰いだ。
「私とて……余生を健やかに過ごす、権利があるですぞ」
なんて、やつだ。
生きることを諦めたのか? 死ぬまでの短い時を自由に過ごしたい、ただそれだけのためにプライドを捨てて意思を曲げて……俺たちを裏切るのか?
こんなの……魔王じゃない。
こいつは、王であってはならない。
「クラーラ殿はよいですな。この人間に愛され、守ってもらえて」
俺との終わりのない問答に飽きたのか、閃光王はその怒りの矛先をクラーラへと向けた。
彼女はこれまで俺たちのやり取りをずっと聞いていた。ショックが大きかったのか、ずっと事の成り行きを眺めているだけで何も喋ってこなかったが。
「恥ずかしくないのですか? 年下の人間に守ってもらい、彼の力がなければ生きることすらできなかったこの現実に。少しはプライドをもって行動してもらいたいものですな」
「……わ……私は、あ……あぁ……あ」
クラーラがその体を震わせた。もとより、俺を巻き込んでしまって申し訳ないと言っていた彼女だ。こんな風に責められるのが、一番傷つくのだろう。
「私はもとより、ヨウ殿も本当にかわいそうですぞ。クラーラ殿の我儘に巻き込まれ、何度心を痛めたことか。もうそろそろ、あなたの身勝手さから彼を解放してやってもよいのでは?」
「それ以上喋んなこのハゲ野郎がああああああああああああっ!」
俺はパウルに剣を突き立てた。
「無駄ですぞ」
パウルはそれを躱し、近くの大木へと飛び乗った。
〈黄糸刻印〉による身体強化で、パウルの戦闘速度は俺の目で追えないものになっている。木々を駆け抜けるその姿はまさに閃光。
おまけに、パウルは男だ。俺の切り札――〈モテない〉が全く通用しない。
「ヨウ殿、これまで一緒に戦ってきたよしみですぞ。あなたの命まではとりません」
来る。
間違えなく、パウルは俺をめがけて突撃してくるだろう。そして次に両者が肉薄したその時、すべてが決してしまう。
まずい、まずいぞこのままじゃあ。
「お覚悟を」
パウルの声が聞こえた。俺は同時に、地面へと手を伸ばしそして――秘策を発動させる。
数秒ののち、俺とパウルは激突した。
「……見えなくても、追えなくても」
目の前にはパウル。俺の腹には、彼の拳。
「目標地点が分かっていれば、罠を張れる」
捕まえた。
俺の手は魔王パウルの左手を捕まえた。自らの速さに過信していたパウルは、呆気に取られている。
今回、パウルの攻撃を破れたのは俺だけの力ではない。クラーラの助力があってこそだ。
クラーラは風の精霊を用いて、パウルの動きを逐一教えてくれていたのだ。彼のいる場所、これから移動する経路、そして目的の攻撃位置。大気の微量な動きは、ときとして対象の未来を予測することすらできる。
むろん、そのままの状態で俺は精霊を見ることができない。だから先ほど……足元にやってきた妖精が、精霊可視化の魔具を俺に貸してくれた。
当然ではあるがパウルとて俺がメガネのようなものを身に着けているのは見えているだろう。しかしそれでも、彼には身をもって攻撃する以外道は残されていない。肉体強化に全力を傾けている奴は、攻撃方法が肉弾戦以外残されていないのだ。
「甘いですぞ」
だが、それすらもパウルにとっては何の障害にもならなかった。〈黄糸刻印〉によって強化された彼の体は、当然であるが俺の筋肉などはるかに上回っている。
「くそっ!」
また距離を取られたら、今度こそ手に負えなくなるぞ。この場で、こいつを何とかしなくちゃ。
「なんのっ!」
俺とパウルは互いに一手を出した。
パウルの手刀が俺の左肩を貫いた。
俺の降魔の剣はパウルの脇腹を貫いた。
「ぐ……ぐぐぐ……」
「くそ……なんでこんな」
な、なんて力だ。
今はまだ、俺の剣とパウルの腕が拮抗している。だが、時を経ればその力は必ず奴に傾いてしまう。
こうして互い争っていたから、俺はアイツの存在を一瞬ではあるが忘れてしまっていた。
再生を終えた、オリビアっ!
「待っていましたぞオリビア殿っ!」
オリビアは俺たちに目もくれず、クラーラに向かって走り出した。森林王は精霊砲に似たレーザービームを使ってオリビアを押しとどめるが、決定打には至っていない。
こちらの様子を気にしているのも足かせになっているのだろう。パウルの介入を警戒しているようでもある。
クラーラの警戒はもっともだ。もし、この状態でパウルがオリビアに加勢したら?
おそらく、クラーラは負ける。そうなってしまえば、死は目前だ。
俺はなんとしても、この閃光王を止めなければならない。
それなのに……。
俺は、押しとどめておくことしかできていない。いや、それすらも維持し続けるのは不可能だろう。
……万事休すか?
いや……。
俺は守るって決めたんだ。クラーラを……。何か手は……ないのか?
「クラーラ、こいつを攻撃できないか?」
「近寄れないよ」
オリビアと対峙しているクラーラに余裕はない。こちらに駆け寄ってくることなど無理なのだ。
「例のレーザーっぽい攻撃でなんとかならないのか?」
「クラーラ殿っ! そんなことをすればヨウ殿を巻き込みますぞっ!」
「くっ」
確かに、あの精霊砲に似たレーザービームの範囲なら俺とパウルを巻き添えにして攻撃してしまうだろう。仮にその範囲を狭めることができたとしても、今の俺とパウルの態勢では一人に当てることは難しい。
「……どうして、こんな」
俺は絶望に胸が押しつぶされそうだった。
決心したんだ。クラーラと、そしてこのパウルのおっさんとどこまでも抗っていくって。ループを抜けて、ハッピーエンドを目指して見せるって。
それがこの結果か?
裏切られて、惨めに恋人を失う末路。それが俺に残された……未来なのか?
認めない。
俺は最後まで、諦めないっ!
だから見せてやるよ閃光王。俺も決断を、俺の決意をっ!
これが……最後の一手だっ!
「クラーラあああああああああああああああっ! 俺をパウルごと攻撃してくれっ! 精霊の力で、この魔王を倒すんだっ!」
「そんなっ、ヨウ君」
俺に残された手段は、もはやこれしかない。
どのみち、パウルがこの膠着状態を脱せばクラーラは死んでしまうんだ。
これしか……ないんだ。
Wordの公正機能使えば誤字があぶりだせることに気が付いた。
時間のある時に小説見直しておく必要がありますね。
序盤覗いてみたら一話に一つぐらい誤字がががががが。