停滞のループ
――ループ3回目。
俺たちは魔王カルステンを捕らえた。
前回、血気盛んな閃光王パウルが勢いに任せて彼を殺してしまったが、よくよく考えれば情報を引き出しておくべきだった。
足を切り、彼が身動きをとれなくした後にオリビアを撃破した。あとはこいつに、いろいろと話を聞くだけだ。
「……ヨウ殿、あとは頼みましたぞ」
パウルは〈黄糸刻印〉を解いた。これからループが発動するまでの長い間、彼は副作用に苦しむことになるだろう。
正直、同情する。
「さて、魔王カルステン。教えてくれないか? この魔具からの脱出方法を」
「…………」
カルステンは無言。まったく喋らないその姿は、まるで人形を相手にしてるかのようだった。
「おい、なんとか言ったらどうなんだ?」
「ヨウ君、これ」
クラーラは物言わぬカルステンの頬を触り、神妙な面持ちで呟いた。
「〈鏡の人形〉」
〈鏡の人形〉? なんだそれは?
と、これまでの記憶を掘り返していたら、思い出すことができた。
かつて、俺がクラーラによってシェルト大森林に運ばれたとき、身代わりとしてムーア領におかれた魔具。あれと同じものが、こいつ?
「いや、待て。あの魔具は挙動がおかしかっただろ? 確かに姿かたちは似てたけど……」
「あの時はちゃんと調節できてなかっただけだよ? 本当にうまい人が設定すれば、それこそ本人との違いが分からなくなるくらいに」
じゃあここにいるカルステンは偽物なのか?
そもそも、一度目のループでこいつが見せてくれた〈邂逅の時計〉だって本物かどうか怪しい。重要な魔具であれば、偽物ではなく本人が持っていると考えるのが普通だろう。
ここに本物のカルステンはいないのか? どこに隠れている?
……一応は探してみるが、おそらくは無駄だろう。あの魔王のことだ。俺たちが一日で移動できないような場所に隠れているのかもしれない。だとすれば、俺たちがどれだけもがいても、ループという制約がある以上捕まえることは不可能だ。
「望みは薄いけど、一応探した方がいいな。クラーラも気を配っておいてくれ」
「うん」
俺たちはカルステンのことを一旦保留にした。
――ループ50回目
俺たちは世界を駆けた。
グルガンド王国、オルガ王国、ムーア領の文献を漁り、知識人に話を聞いた。
すべては、魔具〈邂逅の時計〉によるループの脱出方法を探るため。
だが、そのすべては徒労に終わってしまった。
魔具を大量に所有しているのは魔王カルステン。〈邂逅の時計〉は、そんな彼が持つ切り札とも呼べる代物。これまで、この世に露出した回数は片手で数えられるほどだ。
伝説、おとぎ話。そんな形でしか名前が残っていない。攻略方法などまったく示されていなかった。
あるいは、もっと詳しく調べればそれ相応の対策が見つかるかもしれないが、それは難しい話だ。
グルガンド王国やムーア領に到着する頃には、ループまでの残り時間が二時間を切っている。そこからできることなんて限られている。
そしてその間、本物のカルステンが見つかることはなかった。
……厳しい。
思った以上に厳しい状態だ。
「……ぐ、ぎ……が……」
もがき苦しむパウルの隣で、俺たちは情報交換をする。
「アレックス国王に頼んで王立図書館を覗かせてもらった。禁書にも目を通したけど、役に立ちそうな情報は何もなかった」
「アストレア諸国の魔族国家、フィレス王国に行ってきたよ。現地の精霊たちにいろいろ聞いたけど、こっちも空振り」
またダメだったか。
一体、いつまでこの作業を続ければいいんだ? 本当に終わりが来るのか? ひょっとして、カルステンの言う通りクラーラの敗北以外に……。
いや、そんなことを考えては駄目だ。最後まで、この命が尽きるまで……彼女を助けるために動いて見せる。それが俺の決意なんだから。
クラーラがじっと俺の顔を見ていた。
「今日もまた、ヨウ君の顔を見れて……安心してる私がいる」
少し、苦しそうな顔だ。
「駄目だよね? パウルさんもヨウ君も、私のせいで苦しんでるのに。ヨウ君の顔を見るとね、ほっとして、ちょっと嬉しくなってる私がいるんだ。ごめん、ね……」
「俺は自分の気持ちで君を守りたいと思っている。だから自分を責める必要なんてないんだ、クラーラは」
「あり、がとう……」
クラーラは泣いていた。頬を伝うその涙は、どんな宝石よりも美しくて、そして儚いものだった。
俺は、彼女を悲しませている。こんなことは許されないはずなのに……俺は……。
無力さを呪った。
なぜ、俺はあんな魔王の策略を打ち破れないんだ? イルマだったら、もっとうまく力でねじ伏せれたのだろうか?
「ともかく、次はもっと別の場所を当たってみる。クラーラも心当たりを当たってくれ」
「うん」
別れの時。
俺たちは互いに背を向け、目的地に向かっていく……はずだった。でも、気が付いたら俺は振り返り、彼女もまたこちらを見ていた。
「「……あっ」」
重なる言葉、惹かれあう二人。
そっと別れのキスをする俺たち。
永遠の時を絶望に苛まれる俺たちに、ただ一つ残された安息。〈モテない〉スキルで触れ合うことができなかったはずの俺たちだったが、増幅魔具の副作用でこうして肌を重ねることができる。
別れのキスは、少しだけ涙を味がした。
「またね、ヨウ君」
「また明日、クラーラ」
クラーラは風の精霊を操り、俺は彼女の用意した馬に乗る。
諦めないっ!
――ループ361回目。
俺はオリビアの死体を埋め、パウルは副作用に苦しみ、クラーラは陰鬱な顔のまま自責の念に駆られる。
何もかもが、停滞していた。
ひょっとして俺たちは、死んで地獄にいるんじゃないか? そう錯覚してしまうこともあった。
「旧アースバイン帝国領まで行きたかったけど、時間切れだったよ。砂漠を横断している途中にループしちゃった」
「タターク山脈の山賊たちに話を聞いてきた。脅して宝の場所まで案内してもらったけど、その中に使えそうなものはなかった」
若干の失望を隠せない俺たち。
もう、何度このやり取りを繰り返した? 正直なところ、最初のころ誰に何を聞いたか思い出せない。同じことを二度か三度繰り返してしまっているかもしれない。
いつになったら……俺たちは救われるんだ?
今回、俺たちは外には出ていない。このシェルト大森林でこれまでの成果や今後の方針について話し合っているのだ。
次のループまで残り少ない時間。議論はなかなかまとまらなかった。
「くそっ!」
俺は苛立ちのあまり拳を地面に叩きつけた。草がつぶれ、土が舞う。
新しいことをしようとしても、時間制限で行き詰まってしまう。そもそも、正解なんてあるのか?
「ヨウ君っ!」
草のこびり付いた俺の手を、クラーラは優しくなでてくれた。
「手、痛い?」
「大丈夫だ。このくらいの痛み、少し心地いいぐらいだ」
「そんなこと、しないでっ! お願いだから」
どうやら、自暴自棄な様子に不安を与えてしまったらしい。ただでさえ自分のせいだと責め続けているクラーラだ。俺が傷つく姿に耐えられないのだろう。
「……ごめんね、ヨウ君」
「いや、謝るのは俺の方だクラーラ。なんか変な空気出しちゃったよな? 大丈夫、必ず脱出方法は見つかるさ。それに、このループだって完全なものとは限らない。俺たちが何度もオリビアを倒しているうちに、綻びのようなものが生まれてくる可能性もある」
根拠があるわけではない。そう言って、彼女や……ひいては俺自身を鼓舞しようとしているだけ。
「それまで、根気よくオリビアを倒していくのも一つの手だと思う」
「そうだね、一緒に頑張ろうね」
俺はクラーラに蔦の指輪をはめた指を見せた。同様に、彼女も指をこちらに向ける。
二人の絆は、固く強く。
俺たちは諦めない。
「がああああああああああああああっ!」
パウルさんの叫び声が周囲に響いた。
「……また、空振り、の……ようですな」
俺たちは顔を伏せてしまった。
肉体的な苦痛を一身に受けているパウルさんには、本当に頭が上がらない。痛みを代わってあげられるなら、代わってあげたいぐらいだ。
「パウルさん、すまない。あんたが一番苦しんでるのは、俺たちだって理解してる。不甲斐ない成果を許してほしい」
「なんの。私もヨウ殿やク……ラーラ殿と、一蓮托生の身。その献身は誰よりも理解しておりますぞ」
「……ありがとう、パウルさん。俺たちももっと頑張ってみるよ」
「い……いえ、このままでは、やはり、厳しい、のではないかと」
確かに、行き詰まりは俺たちだって感じている。だけど、だからと言ってどうすればいいのかと聞かれると……。
「方針を転換する必要が、あり……ますな。私に、考えがありますぞ」
「パウルさん、それは――」
何かの弾ける音がした。
ループ開始の合図だ。
――ループ362回目。
再びオリビアと対峙する俺たち。前日に戻ったのだ。
「パウルさん、さっきの話は?」
「ヨウ殿、まずは目の前のオリビアを倒すことですぞっ!」
「そうだな、話はまた後で」
ループ前に戻りその体を全快させたパウルは、閃光のような速さでオリビアと激突する。俺の〈モテない〉スキルの影響下にある彼女は、わずかではあるがパウルよりも劣っている。
約10分に及ぶ死闘ののち、オリビアは倒された。俺は近くにいたカルステンの身代わり人形を始末しておく。
オリビアが再生するまで、小休憩。
「ヨウ殿、先ほどのお話の続きを――」
「パウルさん、何かアイデアがあるなら教えてほしい。俺たちは何をすればいいんだ?」
「おおっ、気が早いですなヨウ殿!」
パウルは、まるで無邪気な子供のように笑い、こう言った。
「こうするんですぞ」
閃光のように突進してきたパウルの拳が――
俺の脇腹に直撃した。
なんだかダイジェストのようにループを飛ばしてしまいましたが、もっと丁寧にやった方がよかったんでしょうか。
このネタは結構続けられそうな気もするのですが、きりがなくなるという懸念もあるのでこのスタイルでいきました。