絶望のループ
魔王カルステンの出現に動揺を隠せない俺たち。
このタイミング。間違えなく、俺たちが過去へ戻ってしまったのはこの男が原因だ。
「……何をしたっ、魔王カルステンっ!」
カルステンはその手に懐中時計のようなものを持っていた。ただの時計であるはずはない。おそらくは……何かの魔具。
「魔具、〈邂逅の時計〉。知ってるかな?」
誰も何も答えない。そんな魔具など、聞いたことがないのだ。
「君たちは閉じた世界の中でループを続けるんだ。始まりは、オリビアが82回倒されたとき、終わりは今から24時間後。この間、誰が死んでも何を壊しても、なかったことになる」
「…………っ!」
やっと、状況が読めてきた。
俺たちはカルステンの魔具によって時間を遡ってしまった。だからオリビアは死んでなくて、パウルは〈黄糸刻印〉の副作用に苦しんでいない。そういうことか。
しかも『ループ』と銘打つのだから、当然これが一度や二度で終わるはずがない。
俺たちは……この地獄を繰り返さなければならないんだ。
「脱出キーはただ一つ。森林王がオリビアに敗北する、ただそれだけ。それ以外に脱出方法はない」
「……なっ!」
何を言っているんだこいつは?
クラーラが敗北? 他に脱出方法はない? そ……そんなの、あの子に死ねって言ってるようなものじゃないか。
俺たちは……延々とオリビアを倒し続けなければならない?
「き、貴様ああああああああああああああああっ!」
魔王パウルが憤慨のままにカルステンへ突っ込んだ。閃光のようなその一撃はカルステンの華奢な体を吹き飛ばし、大木へと激突させる。
骨の折れる音がした。カルステンは吐血して虫の息になってしまった。
弱い。
いや、この男の実力をここで推し量るのは早計だ。なんでもなかったことになるループ空間で、全力を出す必要なんてないんだから。
「無駄……だよ。ここは……閉じたループの中。君たちが何をしても、誰を殺しても、全部なかったことになる……」
死にかけの橙の魔王は、まったく余裕を失うことなく、途切れ途切れの声でそう語り掛けてきた。
「ふ……ふふふ、ふふふふふ……、ヨウ君、早く……戻っておいで。ふふ……ふふふふふふふふふ」
カルステンは不気味な笑い声を残し、息絶えた。
死んでいる。
あれほど黒幕ぶったセリフを放ちながら、その死はあっけなかった。おそらく自らの魔具に全幅の信頼を寄せているのだろう。確かに、それだけの恐ろしさはあると思う。
敵を見事倒し切ったはずのパウルであるが、逆に途方に暮れてしまっていた。何をすればいいのか、どうすれば事態が好転するのか分からないのだ。
「私たちは、これからどうすれば……」
「パウルさん、その件は後回しだっ! とりあえず、あいつを」
こうしている間にも、五体満足のオリビアがこちらに迫ってきている。時間を遡る前でさえギリギリで倒した相手なのだ。とても手を抜いて倒せる相手ではない。
俺たちはオリビアと再び対峙した。
俺たちは死闘の末に再びオリビアを倒した。
最初に倒したときは、ある種の解放感があった。しかし今は、何とも言えないもやもやとした不安だけが残っている。
終わっていない。
魔王カルステンが発動させたループは、俺たちを再び過去へと引きずり戻してしまうのだから。
「がああああああああああああああああっ!」
閃光王パウルは〈黄糸刻印〉の副作用で苦しんでいる。クラーラはすぐさま彼のためにベッドを用意したが、それで症状が軽くなるわけでもない。
血を吐き、体を震わせる彼の姿はまさに病人そのものだった。魂が抜けてしまいそうなほどに苦しんでいる。
この人、世界がループしたらそのたびに苦しまなきゃいけないんだよな? ……地獄じゃないか?
「…………」
一方の俺は、オリビアの墓を作っていた。
彼女の死体を、そっと穴の中に置く。
オリビアにとどめを刺したのは俺だ。
――お、にい……ちゃ……ん
死に際の言葉は、最初と同じだった。正気を取り戻した彼女の瞳が、頭の中で何度もリフレインする。
……やめてくれ。
この苦しみは、この痛みは、もう経験したんだ。乗り越えて、かみ砕いて、過去のことになった……そのはずなんだ。
「……なん、だよ、これ。どうして……こんな……」
気が付けば、俺は泣いていた。木製のスコップで彼女の死体に土を浴びせるたびに、涙が溢れてきた。
なぜ、俺は苦しまなければならないのか?
彼女を二度も殺すなんて……そんな大罪を。
パウルは副作用で苦しみ。
俺はオリビアの死に胸を痛め。
そしてクラーラは、死の運命に怯える。
カルステンは最低最悪のタイミングでループを発動させた。おそらく、奴は最も効果的な時期を狙って魔具を使用したのだろう。
悪魔だ。人の情をまったく理解しない、まさに『魔王』という名がふさわしい……そんな男。
奴の顔を思い出すと、嫌悪感で吐いてしまいそうだった。
「ヨウ君、ごめんね」
震える俺の体に、そっと手を合わせるクラーラ。
「私、こんなつもりじゃなかった。ヨウ君が助けてくれるって言ったときは嬉しかったよ。でも、もうこれ以上は……」
「…………」
「ヨウ君は、諦めていいんだよ? 私のこと、見捨てていいんだよ? お願いだから、無理しないで――」
「諦めるなっ!」
俺はクラーラの両肩を掴んだ。
「こんななんでもありの魔具に制約がないはずはない。もし無制限に気に入らない事象を書き換えられるなら、この世界はカルステンの楽園になってるはずだ。何かあるっ! そうじゃなきゃ辻褄が合わない」
「で、でも……」
「探すんだ俺たちで。抜け道を。三人でハッピーエンドを迎えるための道を」
俺はクラーラを抱き寄せる。彼女の緑色の髪からは森林のような香りがして、俺の心が落ち着いていくのを感じた。
クラーラは顔を赤め、前髪で自分の表情を隠した。
「あ……う、ヨウ君」
「好きだって言ってくれて、嬉しかった。……クラーラを失いたくないんだっ! 二人で一緒に、新しい思い出を作りたい」
「うん……うん……。大……好き」
俺たちは互いに抱きしめあった。次のループまで残り約20時間。やれることはすべてやっておきたい。
……諦めない。
たとえ何度ループしても、何度オリビアを殺しても、どれだけ俺が苦しんでも。
彼女の守りたい、助けたいと思った鋼鉄の意思は……絶対に砕けないっ!
気が付けば文字数が20万を超えてました。
過去最高だった前作、転生したら祖国滅亡? ~仕方ないので建国チーレムする~は197,213文字だったので、普通に超えてますね。
ちなみに今ちょうど中盤の真ん中ぐらいなので、まだまだ続きます。
20万って、普通のラノベ二冊分ぐらいですよね。
ヤバイ、冷静に考えたら恐ろしい。