オリビア襲来
運命の日。
俺、クラーラ、そしてパウルはシェルト大森林にいた。大木の下に座り、その時を……ずっと待っている。
「大丈夫か?」
俺はそっとクラーラの手を握った。ガスマスクを身に着けた彼女が、そっと俺の肩へともたれかかる。
「コホー、コホー」
「ははっ、何言ってるか分からないから」
最後の時。
安らかな時間。
だがついに、その安息日は終わりを迎えてしまう。
「――来た」
まず、顔を強張らせたのは森林王クラーラだった。精霊の声を聞いて、敵の来襲を察知したのだろう。
冷たい風が吹いてきた。
いる。
俺でも分かる。何か恐ろしいものが……この地にひたひたとやってきている。
木の葉が揺れ、枝が揺れ、ゆらり、と一人の少女が現れた。
水色の髪を持つ、美しい少女。
「……オリビア」
彼女に理性はない。吐く息は荒く、まるで獣のようにクラーラを見据えている。
覚醒している。
魔王の天敵として、クラーラの命を狙っているんだ。
「始めますぞっ!」
閃光王パウルがその手をかざした。すると、彼の周囲にいくつもの魔法陣が輝き始める。
「――〈黄光禁陣〉」
これが、5魔王によって設計された封印術。閃光王パウルが持つ〈黄糸〉の力を練りこみ完成させた、最強の封印術。
パウルの声とともに、魔法陣から光り輝く巨大な鎖が出現した。オリビアの手を、足を拘束していく。
鎖につながれたその姿はまさに罪人。激しく揺れ動くオリビアだが、その拘束陣から逃れる術はない……はずだった。
「……っ!」
爆発。
鎖を生み出していた魔法陣が爆発した。周囲に煙が充満し、視界が不明瞭になる。
風が煙を運んだ後に現れた光景。砕けた鎖と、自由になったオリビア。
「なんとっ! まさか爆発してしまうとは」
「……きっと未完成だったんだな」
封印術が、失敗した。
おそらく、元からうまくいかない設計だったのだろう。オリビアを封印する、なんて都合がよすぎたか。
オリビアの体に残っていたちぎれた鎖も、今となっては完全に消失してしまっている。
「かくなる上はっ!」
パウルは光り輝く弓を構え、戦闘態勢に入る。同様にクラーラもまた、木の枝みたいな剣を構えている。
「…………」
俺は……。
魔王の敵と戦う義務はない。本当なら、この場に立っているのはおかしな人間だ。
今、逃げ出しても誰からも文句は言われないだろう。むしろオリビアと協力して魔王を倒した方が称賛されるぐらいだ。
でも、と俺は自分の指を見た。
蔦の指輪。
クラーラはここまで気持ちを示してくれた。なら俺も、それに応える義務がある。
いや、義務なんて堅苦しい言い方をしなくてもいい。俺が……彼女を助けたいと思った。ただそれだけのことだ。
オリビア。
お前は悪ではない。それは短い間だけど一緒に暮らしてきた俺が……誰よりも知っている。
だが、時に人は善良な人間と戦わなければならない時がある。お前と俺は……道を違えたんだ。
俺は腰に下げた降魔の剣を抜いた。
「……お前を、切る!」
迷いを断ち切るように、空気へ一太刀。
心のざわめきが、止まった。三人が戦闘態勢に入ったことにより、空気はより一層緊迫したものへと変化する。
こうして、二人の魔王と俺の共闘が始まった。
「……かっ、ひぇっ!」
声にならない息を漏らすオリビア。その血走った目はクラーラを捉えて離さない。
彼女が目指しているのは森林王クラーラ。魔王パウルもこの場にいるのだが、やはり虹色の順番に襲おうとするらしい。
相手の行動が読めるのはいいことだ。
俺は駆け出した。
パウルは弓使いで遠距離系。クラーラは近距離もいけそうだが、狙われている張本人だ。後ろに下がらせた方がいい。
つまり、俺の出番だ。
「ヨウ君!」
「恨むなよ、オリビアっ!」
降魔の剣を使い一太刀。
浅い。倒し切れていない。俊敏な動きをするオリビアは、俺の剣先が触れるちょうどその時、バックステップを踏んで回避した。腕のあたりから少しだけ血が流れているものの、あんなものはただの切り傷だ。
「ちいっ!」
俺は再び踏み込み、刺突を食らわせようと剣を突き立てた。
だが、オリビアは難なく回避する。
速い。
肉弾戦を好む魔王エグムントとそれ相応に戦いあった彼女だ。単純な運動能力ではこちらを超えているのだろう。
「ヨウ殿、お下がりください!」
パウルの声に従い、一歩下がる。
黄の閃光王は天上へ向けて矢を放った。光り輝くその矢じりが、木漏れ日の太陽と重なる。
「――〈黄雨降矢〉」
それはまるで、闇を切り裂く太陽のように。光の線が幾重にもオリビアへと重なっていく。
矢だ。
パウルの魔法によって増幅された矢が、一斉にオリビアのもとへと落ちていった。その数は100、否200はくだらない。
おそらく、それ相応の強さを持った矢。〈黄糸〉の力が織り込まれた矢は、上級スキルにすら勝るとも劣らない威力がある。
閃光王、その名は伊達ではない。
矢が刺さりすぎてハリネズミのようになったオリビアが、地面に倒れこんだ。息をしていない。
「倒しましたぞ!」
喜びのパウル。
「油断するな。まだだ……」
びくんっ、と揺れるオリビアの体。徐々に傷もふさがっていく。
「奴は再生する」
不死身の人間、というのはまるでゾンビのようで不気味だった。血だらけのオリビアが、ゆらり、ゆらりと口を半開きにしたまま立ち上がった。
俺たちは、ずっとその様子を見ていた。
最後には、再び五体満足のオリビアが現れた。
俺たちは再び臨戦態勢をとった。
戦いはまだ、始まったばかりなのだ。