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王の心

 怒り狂う兵士たちに囲まれ、暴力を受けていたはずのクラーラ。止まぬ怨念に苛まれていたはずの彼女であったが、一人の男の声が流れを変えた。


「おかしいだろ? こいつ、魔王なのに、俺たちに殴られてばっかりで……」


 確かに、男たちは流れに身を任せてクラーラに飛びかかっていった。しかし冷静になって考えてみれば、今の状況はとてもおかしいのだ。


 王国兵士として、何度か戦いの経験がある彼らにとって、無抵抗の魔族という存在が信じられないのだろう。

 ある種の怯えが、彼らを支配しているようだった。


 はぁはぁと、苦しそうに息をするクラーラが、そっと男の手をつかみ取った。


「あなたが私のことを、少しでも好きになれるように」


 それは、握手。

 ただの握手。

 しかし、それほど大したことがないはずである彼女の手に、男は確かに狼狽を示していた。


「……なんだよ、お前」


 男が、そう言った。彼女を殴りつけていたはずの手が震え、後悔の念に苛まれているように見える。


「他の方も、こっちに来てください。私と握手をしましょう」


 ふらふらと、足取りのおぼつかない様子で他の兵士たちに近寄ろうとするクラーラ。しかし、彼らは一斉に彼女を避けた。

 それはまるで、聖人が海を割るかのように。恨みはないが愛もない。

 恐れているのかもしれない。彼女の、真摯なまでの慈愛に。


「……あっ」


 だが、先ほどまで暴行を受けていた彼女だ。魔王として肉体的な攻撃に耐えることはできたとしても、精神的な追い込みまではそうもいかなかったのだろう。まるで何かに躓いたかのように、床へ倒れそうになった。

 しかし、彼女は一人の男に抱き留められた。

 彼女を支えたのは、先ほどまで彼女を虐げていた男の一人だ。


「……あ、ありがとうございます」

「……さ、さっきは悪かった。大丈夫か?」


 それが、きっかけとなった。

 暴行に加担していた兵士たちは、次々にクラーラと握手を交わした。それはまるで、聖女が信者を増やすかのように。


「……まさか、本当に説得してしまうとは思っていなかった」


 国王ディートリッヒは、呆然としながらもそのやり取りをずっと眺めていた。


「命拾いしたな閃光王パウルよ。オリビアの封印術。教えてやろう」

「真ですか!」


 パウルが歓喜の声を上げた。これまでの対応に失望し、半ば諦めてすらいたのだろう。  


「あ、ありがとうございますっ!」


 こうして、クラーラが兵士たちと親睦を深める中で、俺たちは封印術について教わったのだった。

 これで、クラーラを……そしてオリビアを救うことができるのだろうか。



 ヨウやパウルがいなくなった後の王城、執務室にて。

 王は思い出していた。

 先ほどまでのクラーラの行動を。そして、自らの隣でひたすらに文句を言っていた、英雄ヨウのことを。


「……『あんたが本物の魔王だ』 とはなかなか言い得て妙だ」

 

 王は笑う。静かに笑う。

 まったく、ヨウという人間は面白い。物事の核心を突く言葉を、おそらくは意識せずに発したのだろう。

 何たる偶然。何たる幸運。しかしそんな奇跡を引き起こすような能力は、英雄にとって多かれ少なかれ必要なのだ。

 勇者ヨウ、と呼ばれる日が来るかもしれない。そう、王は感心していた。


「それにしても、ねえ? 我、いや僕が魔王か。……大正解だよ」


 王は己の正体を現した。彼を取り巻いていた幻影は完全に霧散し、軍服らしき服装や腰に下げたナイフはなくなった。代わって現れたのは、黒い帽子とガウンを身に着けた、学者風の華奢な男。


 魔王・・カルステンである。

 

 カルステンはずっとディートリッヒに化けていた。ヨウたちがここに来る前、閃光王パウルがディートリッヒと交渉を始めたその時からである。

 封印術が魔王の手にわたるとまずいのだ。


「まさか、こんなものが残っていたなんてね……。ホント、人間は恐ろしい生き物だよ」


 かつて5魔王が連携して作り上げた封印術は、叡智の二つ名を持つ魔王であるカルステンが鑑定した結果でも……かなり完成度が高い。おそらく、八割程度の確率でオリビアは封印されてしまうだろう。


 魔具、〈幻惑の鱗粉〉。

 この魔具を体に振りかけると、相手に幻を見せることができる。カルステンはこれを用いて、自らをディートリッヒだと偽っていたのだ。

 

 焦って封印術を渡すまいと動き出せば、それは逆にパウルやクラーラに希望を与えてしまいかねない。あのカルステンが真剣になるぐらいなら、何かあると勘ぐってしまうからだ。

 だからこそ、一芝居打った。ディートリッヒとして封印術の受け渡しを拒み、何らかのきっかけを理由に改心して渡す。むろん、本物ではなく偽物の封印術だ。


 概ね、計画通り。 

 ヨウたちが来たのは予想外だったが。


 カルステンは懐から試験管程度の大きさをもつ筒を取り出した。


 魔具、〈拘束の筒〉。

 

 この小さな筒には生き物を拘束することができる。ただし使用できるのは戦闘能力の低い人間や魔族に限定される。イルマやヨウにこの魔具を使うことはできない。

 この中には、本物の国王であるディートリッヒが拘束されている。

 カルステンが筒の蓋を開けると、そこから眩い光が生まれ、本物のディートリッヒが現れた。


「ふざけるなああああああああああああああああっ! 貴様、よくも我の姿をして魔王と交渉したな! 万死に値する!」


 〈拘束の筒〉に捕らわれた者は、意識をそのままに外界を五感で感じることができる。つまり先ほどまでの偽ディートリッヒとクラーラのやり取りは、すべてこの国王に知られているのだ。


 囚われのディートリッヒは怒りを露わにした。実のところ、先ほどまでのカルステンの芝居は、ほぼディートリッヒが頭に描いていた筋書き通りなのだ。パウルに無理難題を押し付け、大いにいびり倒す。唯一の相違点は、終盤のディートリッヒ改心ぐらいだろう。

 つまり、カルステンの介入あるなしにかかわらず、おそらくはパウルが封印術を得ることはなかったのだ。

 だがディートリッヒはあくまで人間だ。パウルの力に怯え、気の迷いから真の封印術を教えてしまうかもしれない。カルステンはそれを疑ったのだった。


「あれれー、君だって見てたでしょ? 森林王クラーラの献身を。少しはさ、こー、胸にぐっと来たりしなかったの?」

「何が奇跡だ! 何が友好だ! 陳腐な言葉や行動に騙される愚民どもめ! そもそも奴は、我ら全員を皆殺しにする力を持っているのだっ! 土台が違うのだ!」

「じゃあ、国王様はクラーラを認めないって?」

「奴は理想に酔っているだけの愚かものだ! 人間がネコやイヌをかわいがるように、あの女は人間を見下し悦に浸っているだけ! こんなものは友好でもなんでもない! 強者のエゴだ!」

「ふーん」


 カルステンは興味をなくしたように視線を逸らした。


「ま、現実なんてこんなものだよクラーラ。長く生きないと、こういうのは分からないんだよねぇ。不憫な子」

「聞いているのかカルステン! 余が再び自由を取り戻したら、あの恐るべき魔王に備え再び軍を動かし、ラーミル王国を占領して――」


 言葉は、それ以上放たれなかった。

 カルステンは国王ディートリッヒの胸をナイフで突き刺した。彼の腰に装着されていた一本だ。


「かっ、はっ」


 心臓を一突き。ディートリッヒは言葉なのか咳なのか分からないような声をあげ……絶命した。


「さーて、そろそろ大詰めかな。しっかりヨウ君の様子を見ておかないと、ね」


 カルステンは意気揚々と城を立ち去った。



 国王急死。

 オルガ王国の国王、ディートリッヒが何者かに殺された。その凶報は小さな国中を駆け巡った。

 国民は激怒した。

 

 魔王!

 魔王の仕業である! 先刻この地を訪れていた、宿敵パウルと魔王クラーラの仕業に違いない。

 国民はそう思ったのだ。


 魔王のいないラーミル王国は、雪辱戦に燃えるオルガ王国によって占領。魔族たちは駆逐された。


 しかし、黄の閃光王パウルにとってもはや領土制圧など関係ない。なぜなら、彼が再びこの地に戻ってくることは……二度となかったのだから。


いいのかなぁ。

 

クラーラさん、頭おかしいんじゃね?

この兵士、さっさと改心しすぎじゃね?

国王、何考えてんのこの人?


こんな風に思われないため、物語として不自然じゃないように作りこんだ……つもりなのです作者は。


こういう物語の違和感って、書いてる時点だとすごく気が付きにくいんですよね。

3か月後ぐらいに読み返して、「うわぁ」ってなることがあります。


もし、読んでて「うわぁ」って思った人がいたら感想とかで教えてくれると嬉しいです。

いやほんとそうしてくれると助かります。

大丈夫なのかなぁ、と常々びくびくしてる僕なのでした。

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