オルガ王国
俺は閃光王パウルからオリビアを封印する手段について話を聞いた。
それは大昔に編み出された秘術、魔法の一種。イルマ、カルステンを除く5魔王が己の生存を賭けて生み出したらしい。
まだパウルやクラーラが生まれていない、途方もない昔の話だ。
アストレア諸国、オルガ王国。
パウルの所属するラーミル王国が魔族の最有力国とするなら、こちらは人間の最有力国といったところだろう。
俺、クラーラ、パウルはこの地にやってきていた。
「寒いな……」
俺はコートを握りしめた。
ラーミル王国より北方に位置するオルガ王国は、あの地よりもさらに極寒であった。見渡す限り延々と続く雪原は、もはやここが北極だと言われても疑念を抱かないほどである。
はっきり言って、人が住む地域ではない。だからこそ、今まで大国が発展してこなかったわけだが。
「はっはっはっ、人間は不便なものですな」
黄の閃光王、パウルは出会った時と変わらずシャツとズボンを身に着けている。この生き物はきっと寒さに強いのだろう。
ハゲてるから頭が寒そうだがな。
魔王の天敵、オリビアを封じる方法を持つのはこの国だった。
ある種の魔王対策らしい。
オリビアは魔王を殺す。それは人間にとってとても好ましいことではあるが、事がそううまくいくことはない。なにせオリビアは一度にすべての魔王を殺したことがないのだ。
下手をすれば一人も魔王を倒せずオリビアが倒されてしまうこともある。今代のオリビアは例外的に強いようだが……。
そして、そんなあいまいな存在であるオリビアを封印する方法を所持する国の目的は一つ。
抑止力。
魔王殺す可能性のあるオリビアを封じる。それは生存願望を持つ魔王にとって、ただ一つの希望。現に今、パウルはそれにすがろうとしている。
それにしても、この国ではオリビアの存在が正確に理解されているのは驚きだ。グルガンド王国では聖女的な扱いで、魔王殺しの話すらなかったからな。
これが辺境の小国が生き残っているゆえんということか。陳腐なおとぎ話に惑わされてないその姿勢は共感を覚える。
門を通る俺たち三人、特に問題視されることなく通過することに成功する。
まあ、傍から見れば人間三人が歩いてるだけだもんな。普通の人だったら、まさかこのうち二人が魔王だなんて思いもしないだろう。
どうやらパウルが事前に話をつけていたらしく、城の奥へと案内された。
その部屋は外に比べて少しだけ暖かかった。どうやら床下から温風が噴き出す仕組みになっているらしい。おそらくどこかで暖炉のような場所につながっているのだろう。
玉座の間というよりは、執務室に近い形だ。机と椅子、加えて客人を迎えるソファーが設置されていた。
「ようこそ、魔王のお二方。それに英雄ヨウ殿」
出迎えたのは、一人の男だった。
若い。
おそらくは二十代前半。あまり儀礼的でない服装は、軍服に近い感じだ。腰には数本のナイフを下げている。
オルガ王国国王、ディートリッヒ。
「魔王自ら我に頭を垂れるとは、我が国も大きくなったものよ。盛者必衰、これも世の常か……」
「ディートリッヒ殿。以前から交渉している件のについて……」
「魔王パウル……」
ディートリッヒがその眉を歪め、不快感を露わにした。あまり好意的とは思えない表情。
当然だ。
人と魔族。争うからこそ、魔王は今まで恐れられてきた。ましてやいがみ合う隣国同士、これまで何の衝突もなかったとは思えない。
「……狩人に追われた狼を、お前は素手で助けるのか?」
そう、冷酷の瞳を携えながら国王が問うた。
「狼の牙には血がこびり付いている。それは我が国の兵士であり、あるいは父であり、戦友であった将軍かもしれない。我はその臭いに懐かしき記憶を思い出し、哀愁に身を焦がす……」
「…………」
「あるいはこの狼、牙を抜き、手足を捥がれれば助けてやらんこともないが……」
これは……。
パウルに何らかの譲歩を強いている、という理解でいいのかな?
「我の要求は二つ。まずはパウル、そなたに戦意がないことの証として、四肢とは言わないがその左腕をもいでもらう」
「…………っ!」
その言葉に、パウルは顔をしかめた。
この反応、おそらくパウルは再生能力に乏しい魔族なのだろう。だとしたら、片腕を失うことは相当の打撃だろう。
「続いて、この〈契約の書〉にサインをしてもらう」
あれは、魔王バルトメウスが持っていた〈契約の書〉と同じもの。レアな魔具に属するはずなのだが、ここにも同じものが存在したのか……。
俺はパウルとともにその書類を覗き込んだ。
簡単にまとめれば、パウル領の軍を解体、人間国への侵略禁止、殺人の禁止……などなど。
魔王パウル、完全に足元を見られているな。
この約束が成ってしまえば、魔王パウルは間違えなく力を削がれ……ひいては彼の領地を危険に晒してしまうだろう。
いや、そもそもその封印術とやらにそれほどの価値があるのか? それは俺ではなく、パウルが決めることだと思うが……。
「…………」
パウルは青い顔をしたまま、書類を持つ手がプルプルと震えている。
おそらく、これまでも何度か交渉を重ねてきたのだろう。しかし、長年積もった恨み辛みがネックとなり、ここまでこじれてしまったというわけか。
膠着が続く。パウルも、そして国王も動かない。
彼としては失うものが何もないのだ。むしろ、これまでさんざん辛酸を舐めさせられた原因であるこの魔王が苦しむ姿を見て喜んでいるぐらいだろう。
「……ダメ、だよ」
静かに、しかし意思を込めた声が聞こえる。
「人と魔族は分かり合うべきなんだよっ!」
そう言って立ち上がったのは、森林王クラーラだった。
とうとう2.5日投稿やってしまいました。
これからは時々2.5日間隔になるかもしれないです。