極寒の地、アストレア諸国
俺はオリビアからクラーラを守りたいと思った。
やれるだけのことはやっておきたい。
ここは領主の館前の庭。庭師によって綺麗に整えられた草花の彩る憩いの場。
「スキルを知りたい?」
剣を構えたクレアがそう答えた。彼女は今日仕事が休みらしく、俺のところにやってきていた。
わざわざ魔王がいるこんなところまでやってくるなんて、大した奴だ。まあここであればダニエルさんに声をかけられないだろうという思惑もあるみたいだが。
「俺の知らないスキルがあるはずだ。それを知っておきたいんだ」
精霊剣によって、あらゆる攻撃スキルが使えるようになった俺。しかし知らないスキルを扱うことができるはずもなく、それがネックになっていた。
「そうねー、あたしも最近のスキルは良く知らないし。お互いに見せ合いっこする感じでいいかしら?」
「お、いいなそれ。俺もスキルを使うってことか」
正直なところ、イルマやオリビアレベルの敵に人間のスキルがどの程度通用するのか疑問だ。しかし、手札が大いに越したことはないだろう。
「スキル、〈大地の王〉!」
「なにそれ? 聞いたことない名前のスキルね。最近見つかったもの?」
「へえ、このスキルって最近見つかったものなのか。知らなかったな」
「あたしが知らないだけかもしれないけど」
二人で笑い合い、スキルを放ちあう。それはまるで部活の練習を一緒にしているかのような、心地よい時間。
ふと、遠くから誰かの目線を感じた。
オリビアだ。
じっと俺たちの……いや、俺の様子を見ている。気になっているのかな?
目が合うと、さっと木陰に隠れた。
どうやら、この前俺が怖い顔をしていたことを気にしているらしい。
「…………」
俺は……この子と戦うためにスキルを覚えてるんだよな?
お前があの魔王カルステンに連れられてやってきたときに……すべては始まっていたのかもしれない。
俺はお前を止めてみせる。その過程で、もし、どうしても……争わなければならなくなってしまったとしたら……。
俺はお前と……傷つけあわなければならない。
こうして、俺は新しいスキルをどんどん吸収していった。
手札は多い方がいい。
やがて来るべき、決戦の時のため。
魔王クラーラ領、シェルト大森林より北方は寒冷地帯である。雪とツンドラに覆われたその大地には、厳しい自然のためかついぞ大国が誕生することはなかった。
アストレア諸国。
人、魔族、それぞれを盟主とする小さな都市国家が乱立する地域である。その複雑さゆえ、俺も各国の事情についてそれほど詳しいとは言えない。
そんな小国のひしめくアストレアに、ひときわ輝く国がある。
アストレア諸国南方に位置する、ラーミル王国。
魔族の国であるこの王国は、ただ一つ他の諸国から抜きんでた強みが存在する。
閃光王パウルを王として頂く国家、ラーミル王国である。ゆえに、ラーミル王国のことをパウル領と呼ぶ者もいる。
この地に俺はやってきていた。
吐く息は白く、どこもかしこも白銀の雪に覆われている。隣を歩くクラーラと一緒に、ここまでやってきたのだった。
ラーミル王国王城、門番は氷狼と呼ばれる魔物だった。その鋭い牙を曝しながら、威嚇するように唸り声をあげている。
「〈風竜の牙〉レベル1000っ!」
しかし今の俺にとってはさして手を煩わせるほどでもない。精霊剣によって強化されたスキルを用いて、あっけなくやっつけた。
毛皮のコートを握りしめ、俺たちは城の中に入った。寒いところだが、我慢しなければならない。
「ヨウ君、寒くない?」
隣のクラーラが、そう言って身を寄せてくる。彼女はまったく寒そうには見えなかった。
「クラーラはいつものローブ姿だよな? 平気なのか?」
「精霊が助けてくれるからね」
万能だな。俺も助けてもらえないのだろうか……。
あっ、スキルで女精霊近寄れないんだった。無理だ。
門を抜け、凍った廊下を歩く。周囲には様々な魔族がいるが、誰も手を出して来ようとはしない。
俺が門番を倒したことが威圧になったのか、それとも隣にいる魔王クラーラに恐怖しているのか。たぶんクラーラのおかげだろうな。
階段をのぼり俺たちがたどり着いたのは、ひときわ大きな部屋だった。
玉座の間だ。
中央には、一人の男が座っている。
閃光王パウル。
年は中年程度、中肉中背のおっさん。頭は禿げていて、どこにでも売っていそうなシャツとズボンを身に着けている。
それなりにプレッシャーは感じるものの、おそらくはクラーラよりも弱い。
わずかな警戒心を感じる。当然か。
「何事ですかな? 確かあなたは……イルマの」
「魔王パウル。俺たちは争うつもりはない。話があるんだ……オリビアの件だ」
ぴくり、とパウルの眉が揺れた。自らに死をもたらす災厄について、無関心でいられるはずがないからな。
「理解しているはずだ。クラーラが死ねば次はあんたの番だ。だったら一緒に協力して戦う方が……生き残れる」
「……それは、四六時中あなた方に張り付けということですかな? このパウル、魔王を名乗るものとして領地もあり配下もある身。身勝手にここを長期間離れることは……」
俺は懐から数枚の書類を取り出し、彼に投げ渡した。
「これは魔王バルトメウスが残してくれた資料だ。オリビアが次にクラーラのもとにやってくるのは……一週間後。その場に居合わせて、俺たちを手伝ってくれないか?」
「し、しかし……私がその場にいれば殺されてしまう可能性も」
「そうだな。でも、何もしなければその次はお前の番なんだ。座して死を待つか、それともわずかな可能性に賭けてみるか。選べっ!」
「…………」
思案しているのだろう。魔王とて死は恐ろしい。その時間をわずかでも先送りできるのであれば、それはとても心地よいことなのかもしれない。
だが、それでは何の問題解決にもならない。
深いため息ののち、パウルはその顔をあげた。
「背に腹は代えられませぬな。私もまた命が惜しいと思っている身。……いいでしょう。この閃光王パウル、ご期待にお応えしましょうぞ」
よし。
また一歩、前進した。
「こちらもわが身を守るため、いろいろと手を伸ばしていたところ。渡りに船ですぞ」
「渡りに船?」
オリビアに殺されるのはパウルとて承知の上。かつて魔王バルトメウスがアースバインの英霊を呼び出したように、彼もまた何らかのアクションを起こしていたということか。
「オリビアを封印する方法ですぞ」
「封印?」
詳しく話を聞いておく必要がありそうだ。




