オリビアVSクレア
城門を破壊したオリビアは、まず頂上へと上る道を駆けあがった。
「精霊砲、放てっ!」
おそらくは、バルトメウス配下のアンデッドの声。なだらかな坂道に設置された精霊砲が一斉に火を噴いた。
赤、黄、緑、青、それぞれ四大精霊に対応する色を持つ光線のような砲撃がさく裂した。
幾重にも重ねられる砲撃は、さながら大地震のような轟音と揺れをこの地に招いた。俺は倒れてしまわないよう、ソファーに手をついて体勢を保った。
これが人間同士の戦争であったなら、多大な戦果をあげていたであろう攻撃。
だが――
「まるで効いてない……」
バルトメウスは悔しさのあまり机を叩いている。
俺の見立てでは、精霊砲は高レベルのスキルに匹敵する。というかそもそも、あの威力の砲撃を普通の人間なら無事で済むはずがない。
これが、あの子の実力か。
魔王エグムントを退けたその実力は伊達ではないということか。
砲撃を受けながら、オリビアは時々その直撃に足を止めるものの、やがては無傷のまま城内へと入っていった。
俺たちと同じ建物に入ってきたのか。緊張してきたな。
精霊砲に耐え、悠然と歩を進める彼女の前に現れた、数多くのアンデッドたち。その数およそ70人。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
アースバインの英霊たちだ。
「アクセル、コンバート、エクスプレッションっ!」
精霊剣を発動させ、一斉にオリビアへと詰め寄っていく。スキルで光り輝く剣が乱立するその光景は、まるで虹がかかった空のように綺麗だった。
彼らはよく戦った。
その奮戦は驚嘆に値するだろう。
だがそれでも、オリビアには届かなかった。
力ない者たちがどれだけ集まっても、巨象を潰すには至らないということか。
どうやらこのオリビアという少女は、魔王のみを狙っていて他の奴らに危害を加える意図はないらしい。むろん、邪魔をする敵を吹き飛ばしたり振り払ったりはしているが、深追いしたり止めを刺したりはしていない。
アースバインの英霊たちは、ほとんどが生きている。まあアンデッドでなければ死んでいた人は何人かいたのだが……。
階段を上るオリビア。たどり着いたのは、少し広々とした吹き抜けの廊下だった。
彼女の正面――すなわち次の上り階段前で剣を床に突き刺し、まるで壁のように立ちはだかる少女。
アースバイン帝国大将軍、クレアだ。風が彼女のポニーテールとスカートを揺らしている。
少し前までは久しぶりの戦いに心躍らせていた彼女であったが、オリビアの様子を見てややテンションが落ちてしまったらしい。
まあ、気持ちが沈んでるのは俺も一緒なんだがな。
「ねえ、あんたどうしてこんなことしてるの?」
「あ……う……かひっ」
息を漏らし、言葉にならない声をあげるオリビア。質問に答えようという意図は感じられない。
「……そう、喋れないのね。よくわからない子ね。本当は、もっと熱い戦いをしたかったんだけど……」
まあ、気持ちよく戦える相手じゃないよな。よく分からないし、見た目は幼い少女だし。
「あたしを生き返らせてくれた魔王さんに、恩を返さなきゃいけないの。これ以上前に進むなら……あんたを倒すわ」
オリビアは、まるで彼女の言葉が聞こえていないかのように歩を進める。目指すは次の階段。その上にいるのは……魔王バルトメウスと俺たち。
「スキル、〈岩石の巨剣〉、レベル899っ!」
クレアはスキルを放った。彼女の剣から生み出されたのは、人間大の大きさを持つ岩石の剣。数は6。一斉にオリビアへと投擲される。
対するオリビアはそれを避けることなく直撃。高レベルスキルの威力はさすがの彼女も抗えなかったようで。遠くの柱に激突した。
柱に、べっとりと赤い血が付いた。もはや息をしている様子すら見えないオリビアの体から、肉のようなものがはみ出している。
「お……オリビア……」
俺は思わず目を逸らしてしまった。
分かっていた。
彼女はゴーストではない。体を傷つけられれば骨が折れ、肉が裂け血が噴き出す。俺たちと同じ生き物なんだ。
曲がりなりにも俺を慕ってくれた女の子がこうも傷ついている姿を見るのは……耐えられなかった。
「…………っ!」
見た目は幼い少女。クレアもやり切れなかったらしく、俺と同じように顔を伏せてしまった。
「クレア君っ!」
バルトメウスの声が飛ぶ。水晶越しにその声に気がついたであろう彼女が顔を上げたその瞬間。
「きゃっ!」
クレアは吹き飛ばされた。
体を再生させ、五体満足で彼女の前にたったオリビアによって。
床へ叩き付けられたクレア。ゴーストは壁をすり抜けることができるが、無意識のうちにそれを行うことは不可能。結果、彼女は衝撃によって意識を失ってしまった。
再生、か。
そういえば、エグムント配下の仮面の男が言ってたな。オリビアが何度も再生したって。
彼女はそういう生き物らしい。
オリビアは魔王を狙っている。だからこそ、エグムントは彼女と間違いなく戦っていた。
しかし今、クレアとオリビアは戦っていない。ただ足を前に進めようとするオリビアと、それにひたすら攻撃を叩き込むクレアの構図。
だからこそ、勝機はある。そのはずだった。
攻撃を受けて、彼女を障害物認定して吹き飛ばしたということか。
精霊砲。
アースバインの英霊。
そしてクレア。
バルトメウスの手駒はすべて使い果たされてしまった。
「潮時だな」
どうやら観念したらしく、バルトメウスは諦めの声をあげた。
「会長っ! まだです、まだ俺が……」
「ヨウ君、君を私の後継者として指名したい」
「……え?」
バルトメウスは骨だけになった指で俺をさし、そう言った。
「ヨウ君、私は君を信頼している。私の死後、この地に住まうアンデッドたちの未来は、限りなく暗い。主を失えば、すぐに人間たちに殺されてしまうだろう。誰かが、彼らを庇護しなければならないのだ」
「で、でも、俺……」
確かに、あまり力のないアンデッドたちはすぐに駆逐されてしまうだろう。攻めてくるのがグルガンド王国か、他の魔王たちか、はたまた別の人類国家なのかは分からないが。
「ダニエル君、机の引き出しにある手紙を持って行きたまえ。グルガンド王国の貴族たちには私の顔が効く。必要なら多少金をばらまいても構わない。このバルトメウス領スツーカがヨウ君の領地となるよう、工作しなさい」
「……会長、それでいいんですね?」
「ヨウ君の言うことをよく聞きなさい。商会の運営については君に任せる」
そうか。
自らの死を予見して、俺をここに連れてきたのか。
参ったな。こんなの……断り切れるわけないじゃないか。
「……分かりました。可能な限り頑張ってみます」
「それでいい、君ならできる」
空気を入れ替えるかのように、バルトメウスは両手を叩いた。
「さあ、ここにいては危険だ。二人とも早く部屋を出なさい。オリビアはこちらが危害を加えなければ追ってこない」
「……俺はオリビアを連れて帰らないといけないんです。この部屋に残ってはだめですか?」
「すまないね。死に際を他人に見られたくないのだよ。事が終わるまで……この部屋で一人きりにしてもらえないかね?」
そうだな。
殺される姿を見られたくないのは当然だ。きっと苦しんで、悲しんで、それでいて醜い姿になるのだろう。
俺たち二人は、そっと部屋の外へと出て行った。