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人造魔王


 はっとして周囲を見渡すと、そこはもはや過去の幻影ではなく大森林の中だった。


「さっきの幻は、昔の……。そんな、陛下がっ!」


 クレアの悲痛な声が聞こえる。

 どうやら先ほどの幻は、俺だけでなくクレアもまた見ていたらしい。彼女が太鼓判を押すなら、まぎれもなく100年前の出来事なのだろう。


 この話が事実だとしたら、帝国を滅ぼしたのは皇帝自身ということになる。

 疑似魔法〈グラファイト〉。一体……どんな魔法だったのだろうか?


「ヨウ……さん……」


 もはや苦しみに足掻くことすらなくなり、死に至る直前であるかのような静けさを醸し出しているシャリーが、蚊の鳴くような声で俺に囁いた。


「約束通り、精霊剣の……技術は、あな……たに。研究所に、設計図が……」

「分かった、研究所だな。……いろいろ言いたいことはあったけど、その件にだけは……感謝してる。ありがとう」

「頑張って、くだ……さい」


 かつて帝国に所属し人類の一員であった彼女にとって、魔王や魔族と戦うことは意に反することではない。おそらく本気で俺を支援する気持ちはあったのだろう。


「お姉ちゃん」


 体を動かさず、目だけを姉に向けるシャリー。クレアはそんな彼女の手を、愛おしそうに掴んだ。


「ごめん……ね」


 それが、最後の言葉だった。

 シャリーはまるで幻であったかのように消えてしまった。後に残ったのは涙を流すクレアの手だけ。


「シャリいいいいいいいいいいっ!」


 クレアは泣いた。俺たちは彼女にかける言葉が見つからなかった。


 アースバイン帝国の英霊、錬金術師シャリーは二度目の生を終えたのだった。



 前日、ムーア領南端にて。

 砂漠地帯と草原地帯の境界に、魔王イルマは立っていた。

 ここに来ることは容易だった。かすかな風の流れが、空気の振動が、如実に示している。

 今、この場に現れるであろう強敵の存在を。


 背の高い草に隠れるようにしていたその人影が、姿を現した。

 イルマ型人造魔王である。

 赤い髪を持つ少女の姿をしたその人造魔王は、オリジナルである魔王イルマと瓜二つであった。


「私の人造魔王が存在する、という話は聞いていたが。気持ち悪いものだな、まるで鏡を見ているようだ」

「…………」


 人造魔王は喋らない。おそらくは喋るという機能が存在しないのだろう。


「なんだ、喋れないのか?」

「…………」

「興が削がれるな」


 瞬きするほどの一瞬で、魔王イルマは人造魔王の背後へと回った。その背中に拳を叩き込むと、敵は遠く草原の先まで吹き飛んでいった。


 魔王イルマは身体強化を行わない。 

 

 人間であれば様々なスキルを用いて強化を行ううだろう。青の破壊王エグムントは、己の体に刻まれた〈青糸刻印〉を用いて強化を行っていた。

 だがイルマにはそういった小細工は必要ない。彼女はナチュラルな今の姿が一番強力であり全力なのだ。魔王たる証として魔法も行使することができるが、必要と思ったこともない。


 拳によって吹き飛ばされた人造魔王が再び動き出した。赤い髪に多少の草がこびり付いているものの、その体はまったく無傷と言っても差し支えない。

 魔王イルマは笑う。


「そうでなければな。これはなかなか、楽しませて――」


 瞬間、彼女の側頭部に衝撃が走った。

 

「……がっ」


 久々の強敵を前に、心を躍らせ油断していた。


 先刻までイルマが立っていた場所に出現した、完全なる第三者。

 それは、人型をしているが明らかに人ではない。植物のような緑色の四肢を持ちながら、頭部には毒々しい紫の花を咲かせている。ちょうど花のおしべにあたる部分には、動物の目のような生々しい器官が存在している。


 おしべの目が一斉にこちらを向いた。

 魔王イルマはその生き物に見覚えがあった。


「……紫の花弁王ロルムスか」


 100年前に実在した魔王であり、クレーメンスの二代前に当たる。70年前に病を得て死んでしまったはずであるから本人ではない。

 人造魔王だ。


 そもそも、人造魔王は魔王の精巧なコピーに過ぎない。つまりイルマ型人造魔王をイルマ本人にあてて……勝利することはできないのだ。よくて引き分け、質の悪い人造魔王でえあれば破壊されてしまうだろう。

 だからこそに、もう一体の人造魔王。

 すべては、魔王イルマを確実に仕留めるため。


「二対一とはな。このような逆境は久々だ。ふふ、ふふふふ……お前たちは本当に私を楽しませてくれる」


 魔王イルマは再び拳を構えた。二体の魔王はじりじりとこちらとの距離を縮めている。

 一触即発の空気は、新たなる来訪者によって再び打ち破られた。


「遅れて申し訳ございません、お嬢様」

「マティアスか」


 魔王の副官、を称する執事姿の魔族マティアス。魔王イルマが呼んだわけではないが、おそらくは主の気配を追いここまでやってきたのだろう。


「そこの草陰で私がこいつらを倒すところを見ていろ。お前に苦労をかけるつもりはない」

「主の顔に泥を塗った敵は、私にとって親の仇よりも遥かに憎々しい存在です。私の脆弱な心が怒りで狂ってしまう前に、どうか寛大な決断を……」

「ふんっ、分かった。そっちの紫はお前に任せる」

「……感謝を」


 マティアスはその手を構えた。

 彼の武器は手刀。かすかに揺れるその手袋は、彼の手に絡まった風を示している。

 

 それは魔法ではなく、ただのスキル。それも人間ですら簡単に扱うことができる、〈青の微風〉というものだ。

 〈青の微風〉は〈風竜の牙〉より遥かに劣る風系スキルである。一応は攻撃スキルに分類されるものの、操る空気は名前の通りまさに微風。うちわ程度の風では到底人を傷つけることはできない。

 

 だが、マティアスはこのスキルを極めた。 

 レベル1000、〈青の微風〉。

 風を絡ませた手刀は、ロルムスの目を切断した。


 風、それは壁。

 マティアスの極限まで鍛え上げられた手刀を守るための、防護壁となる。攻撃スキルで体を守る、という逆転の発想であった。

 むろんただの微風にそれほどの力があるはずもない。マティアスは魔王イルマの副官としていくつもの実戦経験を積んできた。体の動き、それに対応する適切な風向。それをすべて掌握したからこそ、彼は今魔王すらも倒すことのできる実力を身に着けた。


「ご覚悟を」


 研ぎ澄まされたその手は、あらゆる刃に匹敵する必殺剣と化す。



 争いは一日中続いた。草原は禿げ、散在する岩は粉々に砕かれ、大地はひどく抉られた。

 人知を超えた殺し合いが、この地で繰り広げられたのだ。

 だが、その結果はひどく単純、強き者が勝ち、弱き者が死んだ。

 人造魔王イルマ、人造魔王ロルムスは二人によって倒された。


これと次の話でアースバインの話は一区切り、といったところでしょうか。

いやホントに長くなってしまいましたね。


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