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100年前の幻影

 

「……ああああああああああああああっ!」


 錬金術師シャリーは苦しみの声を上げた。杖で支えられながらも立っていることすら難しいらしく、今や完全に膝をついている。

 その姿は、まるで死に至る病を得たかのようであった。


「ど、どういうことなんだバルトメウスさんっ! なんで、シャリーはこんなに?」

「……魂に刻み込まれた傷は、時としてアンデッドを死へと導く。おそらくは、シャリー君を死に至らしめたトラウマが原因だろう。こうなってしまっては……手遅れだよ」

「そ、そんな……」


 さっきまで敵対していたといっても、殺すつもりなんてなかったんだ。そんな女の子がこうも悲惨な悲鳴をあげている姿は……見るに堪えなかった。


「シャリーっ! しっかりして」


 クレアがシャリーを抱きかかえた。姉妹として一緒に蘇った彼女のとしては、その別れに納得できないものがあるのだろう。大粒の涙を流している。


「お……お姉ちゃん。私……」

「シャリー、声を出さなくてもいいわ! お願い、ゆっくり休んで……死なないでっ!」

「聞いて、ください。お姉……ちゃん、私、が、陛下……に」


 手を伸ばし、クレアの涙を優しくふき取るシャリー。死に際にも姉を想うその心に、俺は心を揺さぶられるような感動を覚えていた。


 感動に少しだけ涙を流しそうになっていた俺は、その変化に気がついた。

 これは……なんだ……。

 急に、視界が……。



 それは、死に際に見せた彼女の幻影か。

 眼前の光景は、森林王クラーラが治める大森林とは全く異なっている。人工的に造られたレンガ質の壁と柱。吹き抜けの先には、街路樹のように綺麗に並べられた木々が見える。

 外は夜のため薄暗いが、この部屋にはランプが灯っている。


 この壁、見覚えがあるぞ。たしかカラン大砂漠に残っている遺跡がこんな材質だったはずだ。

 だとすると、答えは一つ。

 アースバイン帝国。

 シャリーの記憶にあるかつての帝国、といったところだろうか。俺は過去を見せられているのか?


 広い部屋の中央には、玉座のような煌びやかな椅子。そこにいるのは二人。

 灰色の鎧、灰色の兜、全身を鋼鉄で覆った人間が玉座に座っていた。おそらくはこの男が……アースバイン皇帝。

 そして、シャリーはそんな彼の膝にもたれ抱えるように座っている。膝枕、というには少々体が窮屈ではあるが、頭の部分を膝に乗っけている。


「僕のかわいいシャリー、今日の髪もとても綺麗だね」


 皇帝は鋼鉄のガンドレット越しにシャリーの金髪を撫でている。彼女は恍惚の表情でその身を委ねていた。


「陛下のために、綺麗に整えておきました。気のすむままに触ってください」

「いいのかな? 僕がガンドレットで触ると傷んでしまうよ? 君はそれでも悲しくないのかい?」 

「あなた様に傷つけられるのであれば、この髪が一本残らずなくなろうとも、悔いはありません」

「僕はヤダなぁ、ハゲたシャリーを愛せる自信がないよ」

「私は陛下がハゲても愛して見せますっ!」


 シャリーが両手を握りしめて力説している。俺の知っている彼女のよりも陽気で、それでいて愛嬌のある様子だ。

 好きな人には、こういう姿を見せていたのか。


「さてシャリー、今日は君に見てもらいたいものがあるんだ」


 皇帝は玉座の下にあった紙を広げた。広げられたその紙は、小さな部屋の床を覆いつくしてしまうほどのサイズがある。


「魔王カルステンの橙糸を用いて、僕が生み出した究極疑似魔法――〈グラファイト〉だよ。その支援をする魔法陣さ」


 幾重にも重ねられた魔法陣は、カルステンの橙糸によて生み出される疑似魔法〈グラファイト〉を支援するために描かれたものらしい

 魔法のことなど何も知らない俺ではあるが、素人目で見てもそのすごさがなんとなく分かってしまう。

 これは……すごい。おそらくは巨大な力を秘めた……何かだ。


 おそらくはシャリーも俺と似たような感情を抱いたのだろう。息を呑み、先ほどまでのやり取りを忘れたかのように目を見開いている。

 だが、自らの疑似魔法を扱うシャリーは疑問を抱いたらしい。


「陛下、この魔法陣は設計ミスです」

「なんでだい?」


 アースバイン皇帝の表情は兜に包まれ推し量ることは難しい。しかしその声色は先ほどとなんら変わりないように聞こえる。


「範囲が広すぎます。このままではこの玉座の間のみならず、帝国全体を覆ってしまいます」

「それが何か問題なのかな?」

「聡明な陛下ならご存知かとは思いますが、この魔法陣は魔力を供給する生贄を必要としています。私たちが捕えた魔族では足りません。このまま疑似魔法を行使してしまえば、一般の市民たちにも被害が及ぶ恐れが……」

「…………」


 傍から映画を観賞するように見ている俺でも分かる。場の空気が凍っている。

 シャリーは言ってはならないことを口にしてしまったらしい。


 重苦しい空気の中、口火を切ったのはアースバイン皇帝だった。


「さすがシャリー、君は優秀だ。優秀過ぎた。……もう少し、君たちと一緒にいたかったんだけどね」

「陛下?」

「……さよならだ、シャリー」


 その瞬間を、俺は全部見ていた。

 剣だ。

 アースバイン皇帝の剣が、シャリーの腹部に突き刺さっていた。


「陛……下?」


 シャリーは己の腹部を見て、初めて皇帝陛下から攻撃を受けたことに気がついたらしい。顔面を蒼白にし、信じられないとでも言いたげに首を振った。

 やがて、自らの体重を支えることが難しくなり、床に倒れ込んでしまった。


「やだ……私、陛下のこと……を……愛し……て」


 シャリーは血まみれの手を皇帝に伸ばした。裏切られた、それでもまだ愛を信じていたいというある種の妄執が彼女を突き動かしていたのかもしれない。


 その手は、アースバイン皇帝によって蹴り払われた。


「――〈グラファイト〉」


 瞬間、魔法陣が橙色に輝き、世界を覆った。


長くなってしまった不死王編。

でもまだもうちょっと続くんです。

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