精霊剣
俺はシャリーを追いかけていた。
目指すは魔王クラーラ領。乗馬スキルを駆使して西へ西へと移動中。
王国は100人程度のアンデッドを残してもぬけの殻となっていた。主要な面々はそろっていたものの、その中にはバルトメウスとアレックス国王はいない。シャリーによって連れ去られたらしい。
国王の危機は王国の危機。いやそれ以前に、今のシャリーたちは世界にとっての脅威足り得る。
止めなければならない。それが彼女に人造魔王の材料を与えてしまった……俺の責任。
ムーア領、ひいてはグルガンド王国は防衛のための兵士を必要としている。あまり大挙して軍勢を引き連れていくわけにはいかなかったため、今、俺は一人で馬を走らせている状態だ。
荒野から森林へと至る草原地帯。俺は遠くに立つ一人の少女に気がついた。
道の真ん中に立っていたのは、アースバイン帝国のゴースト――クレアだった。
今日はいつぞやのメイド服ではなく、胸当てと剣を装備している。
「クレアっ!」
俺は馬を止めた。
偶然か、必然か。こうして彼女に出会ってしまった。ダニエルさんの話を聞く限り、必ずしもシャリーに協力的でなかったらしいが。果たして今の彼女は……敵か、味方か。
俺は腰に下げた降魔の剣に手を当てた。
「待って、待って。違うわ、敵じゃない」
クレアは大慌てで両手を振り、害意がないことを示した。
「……妹の味方をしないのか?」
「こんなの、間違ってるわ。もう帝国は滅んでるのに」
「そうだな、今を生きる俺たちにとっては大迷惑だ」
たとえどれだけ彼女が崇高な理想を持っていたとしても、だ。
「ねえ、あたしを連れてってくれない?」
「戦えるのか? 妹と」
「あの子ね。皇帝陛下のことが好きだったの……。気持ちを理解して声をかけてあげられるのは……きっとあたしだけだから」
「声をかけても止めてくれるとは限らないぞ? その時はどうする?」
「あたしも武人よ。覚悟はできてるわ」
「分かった、一緒にきてくれ」
と、馬の後ろへと乗ろうとするクレア。
あ、いけない。俺のスキルが……。
いや、どのみち森林地帯へは馬を進められない。このあたりで十分だろう。
「森へは馬を進められない。このまま 走っていくぞっ!」
俺は馬の手綱を近くの低木に括り付け、駆け出した。
横についてくるクレア。
速いな。
ゴーストだからと言って足が速くなるわけではない。彼女の身のこなしを見ていれば、それだけでよく鍛えられていると分かる。
「シャリーは何で魔王クラーラのところに行ったのかしら?」
それについては、おぼろげながら予想がついている。
「たぶん、シャリーは新しい人造魔王を作るつもりなんだ」
現在、シャリーはバルトメウスの体を手に入れている。彼の人造魔王であれば容易に作ることが可能だろう。
しかし、不死王は他の魔王に比べて弱い。そんな奴を量産して、果たして意味はあるのだろうか?
魔王イルマ軍には、マティアスを筆頭に魔王すらもしのぐ実力を持つ者すらいる。彼らに対抗するには、それ相応の戦力を集めることが必要だ。件のイルマ型人造魔王はイルマだけなら倒せるかもしれないが、他の奴ら全員を相手にするのは無理だろう。
そのための魔王クラーラ。イルマほど強くはないが、バルトメウスとは比べ物にならないほど強力な……魔王。
この劣化コピーを大量生産できたなら、既存のあらゆる魔族に対抗できる巨大な力となる。
「見えたぞっ!」
タターク山脈の荒野を抜けた俺たちを出迎えたのは、遠目からでも分かる巨大な森林地帯。シェルト大森林である。
ここは魔王クラーラ領として、グルガンド王国と接触したことがない地域だ。気を引き締めていかなければ。
「ヨウ、あれ見て」
剣を構えたゴーストたちがいる。おそらくはアースバインの英霊たちだろう。俺たち二人に対応するように、ちょうど二人いる。
「止まりなさいっ!」
「クレア将軍、ヨウ様。あなたたちを傷つけないよう、シャリー様から命令を受けています」
しかし、剣を構えている俺たちを前にしている彼らだ。そのまま素通りさせるわけにもいかず、同様に剣を構えてきた。
「突っ切るぞっ! クレア、できるか?」
「任せてっ」
クレアは自らの大剣を掴んだ。
おそらく、これはアースバインの精霊剣という奴だろう。兵士たちの力をかなり底上げしていたらしいその力、一体どんなものなのか見せてもらおう。
「スキル、〈戦女神の加護〉レベル30、〈跳躍の秘技〉レベル7、〈風王の鎧〉レベル14っ!」
身体強化系のスキルをかけておく。
「アクセル、コンバート、エクスプレッションっ!」
クレアは精霊剣の軌道式を唱えた。
「〈雷獣の牙〉レベル899っ!」
クレアの放ったスキルは、雷の塊となり敵に向かっていった。
敵はスキルを用いて炎の鎧を身にまとっていたように見えたが、それでもクレアのスキルが上だったのだろう。スキルによって感電した彼は、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。
次は俺だな。
スキルによって強化された肉体を用い、アースバインの兵士へと肉薄する。
わずかに頬を撫でるそよ風。おそらく、敵の剣には風系の攻撃すきるが付与されている。
駆けだした俺の剣と、受け止めようとする敵の剣が重なる。
勝負は一瞬だった。
俺の降魔の剣は、敵の精霊剣を易々と切り裂いた。
この剣、やっぱり強いわ。さすがあのクレーメンスを傷つけただけのことはある。
そして……。
「すごいなクレアは、かなりレベルの高いスキルが使えるんだな」
「精霊剣はね、どんなスキルでも使える剣なの」
汗一つかいていないクレアは、自慢のポニーテールを揺らした。
「ヨウも試してみる?」
そう言って、敵の兵士が使っていた精霊剣をこちらに渡してきた。
後で試してみるか。
「使い方は?」
「走りながら説明するわ」
「そうだな、あまり悠長にしてる時間はない」
俺たちは再び駆け出し、森林の内部へと侵入した。