王国陥落
「……ホントですか?」
「本当なんだよヨウ君。お願いだから会長を助けてくれないかな?」
いきなり大慌てで執務室にやってきたダニエルさんは、舌をもつらせながら事情を説明してくれた。
シャリーが反乱を起こし、バルトメウス会長が捕らわれたというのだ。おまけにこっちへ人造魔王が向かっているとも。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。俺も急にそんなことを言われても……」
「時間がないんだっ! こうしている間にも、会長は……」
ダニエルさんが焦るのは分かる。だけどこっちだって無関係じゃないんだから、冷静になって考える時間を……。
待てよ、待てよ。
シャリーは魔王イルマを狙っている。だからこそ人造魔王を魔王イルマのいるムーア領へと差し向けた。
つまり、俺や領地の住民が狙われてるわけじゃないんだ。というかたぶん、敵対すらしていない。あいつらの敵は魔族であり、ひいては魔王最強であるイルマなんだ。
そして一方のイルマは、好戦的でありながら、一応領民に被害を出したりはしていない。人造魔王とだって戦いたくて仕方ないぐらいだろう。
つまりこのことをイルマに話して、アイツに人造魔王を倒してもらえばいい。
ナイスアイデアっ!
「話は聞かせてもらった」
と、いつの間には執務室に入ってきたらしいイルマが、俺に近づいてきた。赤い髪をなびかせるその姿は、美少年であり美少女。性別を超越したある種の美しさに、何も知らない人間であったなら息を呑んだだろう。
まあ、いつもいじめられてる俺からすればそれがどうしたって話だけどな。
「ふふ、人造魔王か。かつて人類最強と呼ばれた兵器に、再び戦うことになろうとはな。いいだろう、私一人で相手をしてやる」
指の関節をポキポキ鳴らしてやる気を見せるイルマさん。
おおっ、話をしなくても俺が思ってた通りになったぞ。
「ダニエルさん。まずはこちらに向かってくる人造魔王を倒して、それからバルトメウス会長を助けましょう」
「あ、ああ、そうだな」
シャリーが魔王バルトメウスに反乱を起こしたって、俺に何か不利益があるわけじゃない。
急がなくていいんだ。案外、話をすれば簡単に手放してくれるかもしれない。
イルマは窓から飛び降りてものすごい勢いで外に駆けていった。人造魔王のところへ向かったのだろう。
イルマ型人造魔王なんて、イルマ以外相手にできるわけがない。これが最良の手だろう。
とりあえず一息ついていた俺の下へ、新たなる来訪者がやってきた。
ドアを開けたのは、鎧を身に着けた一人の男。あれは確か、アレックス国王の伝令だったな。
「ご報告です、ヨウ様っ」
「言ってくれ」
速いな、もう人造魔王のことに気がついたのか。王国の監視網も、なかなか優秀だったということか。
「グルガンドがアンデッドの軍勢に占領されましたっ!」
と、息も切れ切れで報告する伝令。
「はぁ?」
デッドボールどころかピッチャーのところまで戻ってくるような想定外の変化球に、俺の思考は一瞬ではあるが止まってしまった。
「せ、占領って……? アレックス国王は? 兵士たちは?」
「げ、現在。アレックス国王は捕らわれました。奮戦むなしく王国軍は敗走。アンデッドたちは自らを『アースバインの英霊』と名乗り、帝国の再興を宣言しました」
「…………」
これ、ヤバいんじゃないか?
なんだあの人? 世界征服でもするつもりなのか?
グルガンド王国、王城。
魔王クレーメンスの謀略を乗り越え再建中であったこの国を、突然の悲劇が襲った。
アンデッドの軍勢が襲来したのだ。
シャリー率いるアースバインの英霊たちは、兵士たちと小競り合いをした後にすぐに王城へとなだれ込んだ。
結果、この王国はシャリーたちが占領した。
馬の足音を彷彿とされるこの曲は、かつてアースバイン帝国で軍歌として用いられていた曲だ。帝国の再興を彩るため、楽団を呼び寄せ演奏している。
威厳ある曲調に、アースバインの英霊たちは耳を傾けていた。かつての栄光を惜しみ、涙を浮かべている者すらいる。
ゴースト、シャリーは物憂げに周囲を見渡した。
彼女は玉座に座らず、その隣に立っていた。自らが国王だとは思っていない。そこに座るべき人物がいるとすれば、それは主君であるアースバイン皇帝だろう。
皇帝のことを思うと胸が張り裂けそうになる彼女であるが、心にのしかかる不快さはそのせいだけではない。一戦交えたグルガンド王国の軍隊についても、同様に心を痛めていた。
あまりに、脆弱。
たかだか1000人程度のアンデッド軍に負けてしまうなど、もはや失笑するしかない。実際のところ、シャリーはこの王国を占領できるとは思っていなかった。ただ自分たちの拠点として用いる領地を多少なりとも分けてもらえばそれでいい。だから小競り合いで力を見せる、ただそれだけのつもりだった。
だが実際は勝利を重ね、玉座の間まで押し入ってしまった。全くの計算外である。
玉座の間にいる『人間』はただ一人。
アレックス国王だ。
彼は他の兵士たちに比べずば抜けて戦闘力が高かったため、捕えておくしか方法がなかった。他の有象無象は放置。医者のもとか、もしくは墓場の下だ。
シャリーの敵は人類ではないので、積極的に殺害しようとはしていない。ただ、国を占領する過程で幾人かを傷つけてしまった。
自分が正義の味方だとは思っていない。この情けなく弱々しい人類を救済するためには、たとえ魔族と罵られようとなさねばならぬことがある。
「ぬう……む、無念」
アレックス国王は歯ぎしりしながら体を震わせている。しかしシャリーの疑似魔法である『アイシクルニードル』は、彼の体を完全に柱へと固定している。逃れられるはずがなかった。
そして彼の隣には、同様に拘束されたスケルトン――魔王バルトメウスがいた。
「アレックス国王陛下。今はまだまずい。機会を窺うべきだ」
「くっ、魔王に助言されるなどとは、なんたる結果か」
何かの交渉に使えるかもしれないから、重要人物であるこの二人は連れていく。それがシャリーの出した結論だった。
次に行うべきことを思案していたシャリーだったが、唐突にその思考は遮られた。
玉座の間、正面の扉が吹き飛ばされたのだ。警備に当たっていた兵士たちも同様にである。
奥から現れたのは、一人の男だった。
「やあやあ」
「カルステンさんっ!」
黒い帽子とガウンを身に着けた学者風の男、魔王カルステンである。
シャリーは彼に駆け寄った。
「いやー、久しぶりだねシャリーちゃん。元気にしてた? ってアンデッドが元気にしてるわけないか。あっはははは」
「カルステンさん、相変わ……」
突然、シャリーの腹部に鈍い痛みが走る。アンデッドとして蘇ってから、時々彼女を苦しめる例の痛みだ。
元気ではない。そうカルステンに答えるべきなのかもしれないと彼女は思った。だがそんな泣き言を言っている暇はない。
「ん? 大丈夫?」
「へ、平気です。それより、また私の研究に付き合ってもらえますか? 報酬が必要でしたらいくらでも払います」
「ああ、それはまた今度ね。それより、今日はお願いがあって来たんだ。ヨウ君、彼を傷つけないでもらえるかな?」
「ヨウ? あのムーア領領主のヨウさんですか?」
魔王イルマの体液を持ってきた彼のことは、シャリーも気に留めていた。おそらくは不本意に魔王へと隷属している、かわいそうな少年。
「彼はね、僕にとって必要な人間なんだ。君にとってアースバイン皇帝がそうであるように」
「…………」
シャリーは一瞬だけ顔を赤めた後、すぐに顔を伏せた。未だ行方の分からないアースバイン皇帝の魂を見つけ出すことこそ、彼女の第一目標なのだ。それが達成されるまで、心には穴が開いたまま。
「私も彼のことは気にかけています。現在ムーア領に向かっている人造魔王ですが、もともと人を傷つけるなと厳命していますので、問題ありません。そしてこれからも、彼を傷つけないよう気を配ります」
「それはよかった。じゃあよろしくね」
それだけが言いたかったのだろうか、カルステンは後ろを向いて歩き始めた。手をこちらに向けて振っているのは別れの挨拶だろうか。
「待ってください、カルステンさん」
「ん? 何?」
「カルステンさん、皇帝陛下のことを何か知りませんか? 帝国が滅んで、それで陛下の魂が存在しないなんておかしいんです。知っていることがあるなら、教えてください」
「君は何も覚えてないの?」
「はい……」
カルステンは少し考え込むようなしぐさをしたが、すぐに首を横に振った。
「知らないなぁ、僕も。気がついたら帝国が滅んでたからね」
「……そうですか。それでは、お元気で」
シャリーも手を振って別れの挨拶とする。
去り際に、カルステンが小さく何かを囁いた。
「……よかったね、思い出せなくて」
最後の言葉は、軍歌が騒音となりよく聞き取れなかった。
カルステンのいなくなった玉座の間で、シャリーはこれからのことを考えていた。
拠点は手に入れた。
魔王カルステンとも接触した。
人造魔王はムーア領へ進行中。
すべての準備は整った。
シャリーは杖を叩き、配下の注意をこちらに向けさせた。
「次の命令を下します」
全員が、片膝をつきシャリーに忠誠を示す。その姿は、さながら皇帝に従う兵士のようですらあった。
「これより、我がアースバイン帝国は魔王クラーラ領に侵攻しますっ!」
シャリーの大号令とともに、魔王クラーラ領への進軍が開始されたのだった。
なんだかここ最近、主人公失敗ばかりですね。
お前ちゃんと主人公やれよ、と。
でもまあ、最終的にはきっと……。