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君の体液が欲しい!

 バルトメウスとの話し合いは円満に終わった。

 俺は魔王の体液を持ってくる。あちらは王国へ技術提供する。そういう取り決めを行った。


 魔具、〈契約の書〉により明文化したものにはバルトメウスが署名をした。これでこの約束事が破られることはないだろう。

 むろん、何らかの形で抜け穴があり、俺を騙そうとしているという可能性もある。

 だけど俺はあの魔王を信じてみていいと思った。あの人のオリビアに対する怯えや、人類に対する憤りには共感するものがあった。

 何もかも信じられなくなれば、何も成すことができなくなってしまう。

 あの人を信じる、それが一歩踏み出す俺の決断。


 契約自体はそれでいい。

 問題は、俺の仕事だ。

 人造魔王の作製には、対象魔王の体液がいる。だから俺は、魔王イルマの体液を用意しなければならないんだが……



 無理!


 うん、無理だ。バルトメウスの熱意に打たれてついつい快諾してしまったが、これは俺の手に余る仕事だった。


 領主の館、執務室にて。

 魔王イルマは椅子に腰かけていた。自らの赤い髪を撫でながら、物憂げに窓の外を眺めている。マティアスはその窓を丁寧に拭いていた。


 ちなみに、あの席は領主が座るべき場所だ。俺は追い出されてる感じになっている。

 今、あそこに座ってるから、椅子とかに汗や垢が残ってるのかな? あいつが立ち上がった後、あの椅子から頑張って集めてみるか? いや、でも乾燥してちゃダメって。

 

 棒付きアメとかあげてみる? あいつがペロペロなめ終わった後の棒を回収して……。

 駄目だ。俺が渡したアメを舐めてくれるとは思えない。


「なんだお前、さっきから人の顔をジロジロと」

「……はい?」

「言いたいことがあるなら言えっ! 気持ち悪い」


 し、しまった。挙動不審過ぎて怒りを買ってしまったか?

 

「お前程度いつでも殺せる。主に対する態度というものをよく理解しておけ」


 ぺっ、と俺に向かって唾を吐きつけたイルマ。悔しさに顔を引きつらせる俺の姿を想像していたのかもしれない。

 ああ、悔しいさ。こんな風に唾を吐かれて馬鹿にされるなんて……。

 ん? あ、いや待てよこれ? 唾?


 やった!

 唾はもちろん体液! イルマの体液を手に入れたぞ。

 これで、俺たち人類は魔王に対抗できるんだ。もう虐げられるだけじゃない、胸を張って戦うことができるんだ。

 これが、人類の夜明け! 見ているがいい魔王どもよ。お前たちの天下はこれまでだっ!

 

 などと有頂天になっていたせいで、イルマがじーっと俺の顔を見ていることに気がつかなかった。


「お前、なんか嬉しそうだな?」

「……はい?」

 

 や、ヤバイ。この嬉しさがついつい顔に出てしまっていたらしい。すぐにキリッと顔を戻すものの、もう手遅れっぽい。


「なあマティアス、あいつなんで嬉しそうなんだ? 私は唾を吐きつけたんだぞ?」

「お嬢様、あれは変態なんです。そういうことをされると喜んでしまうんです」

「そっ、そうなのか? それは知らなかった」

「ひょっとすると今までも罰を与えられて喜んでいた可能性が……」

「何っ!」


 俺も知らなかったよそんな変態っ!

 二人はこっちを見ながらひそひそと何か言い合っている。よく聞こえないが、あまりいい話ではないだろう。

 その目を見て……俺は。


 俺をそんな目で見るなっ!

 俺は……。

 ううぅ……。



 俺はイルマの唾液を瓶に詰め、再びバルトメウスの本拠地へと訪れた。

 先日四人で話をした飲食店とは違う建物。ちょうど城の近くに建てられたそこは、錬金術師であるシャリーの研究所らしい。

 扉を入ると、そこには液体に満たされたカプセルが置いてあった。


 妙に上半身だけが隆起したクマ。

 キリンの首、ライオンの尻尾、ゾウの体を持つ異形の生物。

 脚の部分が流体っぽくなってる馬。


 ……てな感じの改造生物がカプセルに浮いていた。

 なんだよこのバイオハザードでも起きてしまいそうな近未来施設は。世界観崩壊してるんですけど。俺のスキルよりチート過ぎるだろ。


 うわ、このカプセルに入ってるのって、シャリーさんじゃないか?

 やはり、錬金術のくせにもはや未来科学という展開か? クローンか? ホムンクルスか?


「それは私のホムンクルスですよ、ヨウさん」


 部屋の奥には本物シャリーさんがいた。手に持ったチューブを指で叩いている。

 周囲には幽霊のようにふわふわと浮いている人魂のような物体が。確かこれは、低級なアンデッドだったはず。冒険者ギルドでも時々討伐対象に挙がる。

 操って仕事させてるのかな? シャリーさん優秀だな。


「ヨウさん。お久しぶりです。例の件はどうなりましたか?」

「一応、唾液を手に入れたんだけど、こいつで問題ないか?」


 っていうか問題あるって言われてももう代わり用意できないんだけどね。頼むよ。


 シャリーさんは俺が持ってきたビンへ何かの液体を垂らした。すると、無色透明だったイルマの唾が、綺麗なコバルトブルーへと変化する。 


「試料の状態は良好です。ヨウさん、ご苦労様でした」

「…………」

「ヨウさん?」

「……はぁ」


 燃え尽きちまったぜ。いいんだ、俺がどれだけあいつらから変態と罵られようとも、この世界を救うためならあえて汚名を被ろう。そう、俺は勇者。勇者ヨウ。女の子に唾を吐きつけられて喜ぶような変態ではない。


「……へへ」

「ヨウさーん」


 目の前で杖を左右に振られ、俺はやっとシャリーの呼びかけに気がついた。


「あ、ごめん。変なこと考えてた。何か?」

「別の魔王のサンプルを頂けるのなら、さらに研究がはかどるのですが。難しいですか?」

「俺も魔王と仲良しってわけじゃないから、難しいな。というかそのサンプル採れたのも、かなり偶然だったから」

「……遺跡を掘ってみましょうか。うまく行けば、100年前のサンプルが手に……っ!」

  

 不意に、シャリーは腹部を押えうずくまった。額には脂汗を浮かべ、苦しさのためか体が小刻みに震えてすらいる。


「シャリーさん?」

「……う……くっ」

「大丈夫?」


 俺はシャリーに駆け寄った。彼女の体を抱きかかえ、近くにあったソファーへと降ろす。

 ゴーストでも触れれるんだな。

 荒い息のシャリーさんは、ゆっくりとその目線を俺に移した。


「だ、大丈夫です、いつものことですから」


 いつものこと? なんだろう、アンデッドでもお腹の病気になっちゃうのかな? それとも、ここの仕事でこき使われたことが原因か?


「あまり無理しないでくれよ。シャリーさんは俺たち人類の希望なんだから」

「…………」


 不意に、シャリーさんがその整った顔を曇らせた。


「与えられた技術、与えられた力。確かに私が協力すれば、この世界に生きる人々は救われる。……本当に、情けない人たち」

「シャリーさん?」


 ソファーに寝る彼女は、青い顔のままぼんやりと宙を見ている。


「ヨウさん。あなたは魔王イルマに従っている奴隷なんですよね? 悔しくないんですか? 悲しくないんですか?」


 憔悴したその瞳に宿る、確かな意思。

 俺は大切な質問を受けている。彼女の根幹にかかわるような何かが、この問いかけには込められている。

 なぜだか、そんな気がした。

 嘘は許されない。正直に、ありのままを伝えるのが一番だろう。


「それは……その、俺だって今の状況がいいとは思ってないけど……。あいつは強いし、俺は呪いの首輪だってつけられてる。いつかはこの状況を変えなきゃいけないとは思っているが」

「……そうでしたね。確かにあなたは同情に足る人です。『あなたは』、ね」

「あの、シャリーさん。本当に大丈夫ですか?」

「ああ……陛下。一体どこにいらっしゃるのですか? あなたがこの地に君臨すれば……きっと」


 アースバイン皇帝が傑物だったというのは有名だ。そんな人が今のグルガンド王国や人類のありさまを見たら、一体どう思うだろうか?


「……すいません、今日の私は疲れてるみたいです。技術供与の件についてはまた後日ということで」


 さっきの会話。腹部の痛みと研究の疲労によって現れた、彼女の本心……といったところか?

 どちらにしろ、今の彼女に必要なのは休息だろう。

 俺は黙って研究所から立ち去った。



 こうして、俺は自らの風評と心を犠牲にしてミッションをコンプリートしたのだった。

 あとはシャリーさんの働きを待って、その技術を教えてもらうだけ。

 でも、研究所の不気味な生物たちを見て、俺はこう思ったんだ。

 なんだかこいつら、味方というよりも敵っぽい感じだよなーって。


あれもこれも、書き洩もらしがないように盛り込んで矛盾なく違和感なく楽しい物語を作る。

難しい。


4/11 ホムンクルスの話を追加。

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