魔具、契約の書
魔具、〈契約の書〉を持ち出した不死王。
魔王バルトメウスはその本を開いた。中には何も書かれていない、白紙の紙が何枚も収められていた。
「この魔具にかかれた契約は、相手のサインさえもらうことができれば必ず遵守される。街一つ買える金貨で、魔王カルステンから買い取った私の切り札だよ。これに今日の私と君の約束事を書き、私がサインして証明としよう」
「その魔具、本物なんだよな?」
「適切な発言だヨウ君。私の言葉は嘘で、この魔具は偽物であるかもしれない。ゆえにそれを証明するため、君に一枚だけこの紙を渡そう。何か納得のできる約束事をこの紙に書き、誰かに試してみるといい」
と言ってバルトメウスは紙を一枚ちぎり俺に渡してきた。
納得か。
といっても、納得できるほどこの人たちのこと知らないんだけどな。シャリーさんもクレアさんも今日会ったばっかりで、ダニエルさんだってこの前の会議で初めて……。
あー、待てよこの人なら。
閃いた俺。さらさらさらっと、契約書にその内容を記していく。
その内容は……。
①ダニエルさんはクレアさんにお休み三日間を与える。
②その際に、日々の仕事の辛さを労わる発言をする。
③加えて、仕事自体に喜びややりがいを求める発言をしてはならない。
「あの、バルトメウスさん。こんな感じのやつを試したいんだけど、いいかな?」
「はっはっはっ、これはなかなか考えたね。君がそれで納得するというのなら、私は構わない。ダニエル君。これにサインをしたまえ」
「はいっ!」
ダニエルさんはすがすがしい返事をしてすぐに書類へとサインした。
あ、えっと、ダニエルさん契約書の中身見てなかった。大丈夫かなこれ、後で怒られたりしないかな?
きっと会長には絶対服従だから、確かめるより記入が優先されたんだろうな。なんだか悪いことをしてしまったかも……。
「ところでダニエル君。この店舗で働き始めたクレア君だが、調子はどうかね?」
「はいっ、クレア君は順調に成長しています」
「そうか、それはよかった。ダニエル君、彼女も頑張っているようなので、少し休みを与えてみてはどうかね?」
「はい?」
ダニエルさんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。会長である彼の放った言葉が信じられないのだろう。
まあ、普段会長を崇拝するダニエルさんの言動を知ってる俺から見ても、信じられない発言だわな、そりゃ。
魔王バルトメウスは明らかにさっきの書類を意識した話をしている。
どうやらこの魔具。自動でその状況に持っていく系ではないらしい。だから手っ取り早く契約を証明するため、ダニエルさんに話をふったわけか。
「会長? 休み、休みって何ですか? 俺がクレア君にあ……ああ……ああああ……ああああああああ……」
突然、震え始めるダニエルさん。ちょっと怖い。
「く、クレア君。君最近頑張ってるよね。特別に、三日間休みをあげるよ」
「え、ホント。やったー、ついにこの地獄から……。あっ、ごめんなさい今のなし。お仕事できなくて悲しいけど、命令なら仕方なく休みをもらうわ」
「いやいや、そんな気を引き締めなくていいよ。仕事なんてさ……」
再びダニエルさんの体が震え始めた。
「仕事……なん……て、さ、き、給……料……の……ため……あ、……あ……あああ、ああああっ! お仕事はあああああああああああああああああああああ、心があああああああああああああああああああああああぁあっぁぁぁ」
まるで凍える吹雪の中にでもいるかのように歯をガチガチを震わせ、目を血走らせるダニエルさん。もはや言葉にならない叫び声を上げながら床をのたうち回っている。
その動き、まるで陸にあげられた魚のようだ。
「ちょ、ちょっと、ダニエルさんが死にそうなんですけど。あ、あの、この魔具どうやったら解除できるんですか?」
「その紙を破ればいい」
バルトメウスの指示に従い、俺は契約書を破った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
まるで死人のような(死んでるけど)顔をしたダニエルさんがゆっくりと起き上がった。
「あの、ダニエルさん。すいません。俺、こんなにサインした人が苦しむなんてしらなかったんです。本当に申し訳ないっ!」
「いいんだよヨウ君」
あれほどのことをしてしまったわけだが、ダニエルさんが怒っている様子はない。なぜか悲しそうに目を伏せている。
「気がついてしまったよ。俺も心の中にも、若い時に捨てたはずの甘えが残ってたんだ。たとえ魔具の力だとしても、心にもないことを言ってしまうはずがない」
「いや、あれは魔具のせいですよダニエルさん」
「クレア君は休んでいいよ。その日は俺と他の子で回すから。これは甘えを捨てきれなかった俺への罰なんだ」
…………この人、もう病んでるレベルなんじゃないだろうか。
ま、まあ、これだけ必死に抵抗しなければ抗うことができないというのはよく分かった。少なくとも生半可な覚悟じゃ嘘はつけないわけだ。
「分かりましたバルトメウスさん。貴重な魔具を俺に曝したその誠意を信じます。あなたの申し出通り、俺にも手伝わせてください」
「胸を撫で下ろす気分だよヨウ君。これで話が一歩進んだ。ではシャリー君、必要な説明を」
「はい」
メガネの少女、錬金術師シャリーがこちらを向いた。
「ヨウさんにお願いするのは、人造魔王の材料集めです」
「人造魔王って何?」
「人造魔王というのは、既存の魔王から作成する彼らのコピー。その力は本物にわずかに劣る程度であり、絶大な力を持ちながらも所有者に対し従順な兵器です」
人造魔王。
名前からしてなんかすごい兵器な感じが出てる。魔王のコピーということは、イルマのコピーとかも作れちゃうのかな? あいつの劣化コピー二つ作れたら、もうこの世界を征服できちゃうんじゃないだろうか。
「もちろん、可能な限り強い魔王のコピーを作る方がいいです。したがって、あなたの主である魔王イルマの人造魔王を作りたいと考えています」
「というかその人造魔王って、今まで作ったことはないのか?」
確かイルマは一番長生きの魔王だったはずだ。100年前も普通に生きていたというなら、当時作られていてもおかしくはないと思うのだが。
「その通りです。確かに私たちはイルマ型人造魔王を作りました。しかしそれはもう100年前の話であり、帝国が滅んだ今では意味のない話です」
シャリーは意味もなく杖を揺らした。
「そうだな、余計な話だったな」
当時ちゃんと運用されてたら、魔王全員倒せていたんじゃないだろうか? 惜しい話だな。
「で、俺は何をすればいいんだ? あいつの髪か何かを持ってくればいいのか?」
「乾燥した材料は劣化が激しく使いものになりません。できることなら、魔王イルマの体液を持ってきてくれませんか?」
「……え?」
「体液です」
錬金術師シャリーさんは微笑みながら無理難題を押し付けてきた。
体液って……おい。
この話で七話目とは……。
この章も長くなりそうな気配。