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第三軍の乱入

 魔王討伐軍、戦闘開始。

 将軍の大号令で交戦状態に入った討伐軍。俺たちがいる中央軍はゆっくりと前進、左右に配備された騎兵隊は回り込むように迂回。そういう手順だ。

 俺たちの目標は魔物を倒すことだが、むやみやたらに突撃する必要はない。作戦通りに前方で敵をあしらっていれば十分だ。

 もっとも、多く敵を倒せばそれだけ戦況が良くなるのは間違いないがな。


 サキュバスやダークエルフ(女)を探しながら、俺は敵の魔王軍を眺めている。

 なんというか、ちゃんとしてる奴らだな。

 隊長がいて、魔法使いは後方に下がって、刃物や爪を持っているような近接戦闘タイプが前に出ている。前衛と後衛、さらには隊長格に指示を下す将軍級。そういう人間的な上下の差がはっきりと感じられる。

 ここを支配してる魔王は、紫の謀略王クレーメンスとかいうやつらしい。なんとなく頭よさそうな感じの名前だから、配下の奴らも賢く軍隊やってるのかな?


 まあいい。俺も金で雇われてる戦士であり、この国に住んでいる一人の人間なんだ。魔族退治にはしっかりと貢献しておきたい。


 ちなみに、俺はちゃんと周囲に女性がいない部隊の近くにいる。というかそもそも、兵士や冒険者の女性は少ないのだ。


 さてと、始めるか。


「スキル、〈風竜の牙〉レベル30っ!」


 剣を振り、風の刃を放つ。

 俺の持つこの亜ミスリルの剣には、〈風竜の牙〉レベル30が付与されている。いわゆるエンチャントスキルというやつだ。

 エンチャントスキルとは、武器や防具に付加されたスキルの総称である。特に本人が努力しなくても、その道具だけ持っていれば使用できるため利便性は高い。しかし一方で、どれだけ使ってもレベルが上がらないというデメリットもある。

 

 この〈風竜の牙〉レベル30はさほど強いスキルではない。敵を多少傷つけることはできるが、致命傷に至ることはないだろう。また、距離をとられてしまえばただのそよ風になってしまう。

 だから、俺の目的は、スキル〈風竜の牙〉で敵を傷つけることではない。その風に乗って、俺の呪われしスキル〈モテない〉レベル956を敵に届けるのだ。

 はずした手袋からあふれ出る、俺の迷惑スキル。風によって届けられたその力が、今、魔王軍を襲う。


 眼前の魔物たちが顔をしかめた。主に女性らしき体つきをした個体だ。隊列が乱れ、魔法による援護射撃が減る。

 そこへ俺たち討伐軍の登場だ。


「おいおいおいぃっ、どうしたんだ今日の討伐軍は、絶好調じゃねーか」

「……俺たち、か、勝ってる。勝ってるよっ」

「これは報酬が期待できそうですね」


 どうやら、参加経験者から見ても今日の戦況はいい感じらしい。いや、俺の周辺では確かに人間側が押しているように見える。

 左翼、右翼を迂回していた騎兵隊が魔王軍と激突した。正規軍として質の高い武器を所有する彼らは、様々なエンチャントスキルを駆使して敵を圧倒する。

 敵の俺たちへの圧力が格段に減った。もはや隊列を維持しているものは少なく、逃げ出そうとしている魔族たちすらいる。

 総崩れだ。

 俺は勝利を確信した……、が。


「うああああああああああああああああああああっ!」


 背後から悲鳴が聞こえた。

 どういうことだ? 背後には将軍たちがいる部隊が控えていたはず。前方に位置する魔王軍に矢や遠距離スキルで攻撃を加えていたものの、これまでずっと安全圏にいた……そのはずなのに。


「何事だっ!」


 将軍らしき男が叫んだ。


「も、申し上げます将軍閣下。我が軍の後方より、敵襲来。赤の力王イルマ軍ですっ!」

「馬鹿なっ! 魔王同士は敵対関係にあるはずだっ! 同じ戦場に現れることなど、今までなかったはず。な、なぜ……」


 将軍としてもこの状況は意外だったらしい。

 俺たちは、挟み撃ちにされてしまったようだ。


 赤の力王、か。

 俺はあまりこの世界に詳しくなかったのだが、どうやら魔王というのは一体ではなく複数存在しているらしい。別の魔王軍が攻めてきたということか。

 俺は背後を向き、新参の魔王軍と対峙する。もはや総崩れに等しい紫の謀略王軍よりも、目の前の軍がよっぽど危険だ。

 すでに戦端は開かれ、武器やスキルの応酬が始まっている。


 これが……赤の力王軍か。

 俺は、これまでの魔物たちとの違いに圧倒されていた。

 普通、集団戦というのは統率が取れている側の方が強い。同時に攻撃し、同時に退き、決して少人数で相手に当たらないことが戦闘を有利にする鍵なのだ。そういう意味では、先ほどの紫の謀略王軍はよくできていたと思う。

 だが、こいつら赤の力王軍は違う。

 統率とか、規律とかそういうのとは全くの無縁。しかし……個の武が俺たち人間を遥かに凌駕している。

 彼らは誰の命令も受けていない。ただ己の力を振るっているだけに過ぎない。

 強者であるからこそ成り立つ、その戦術。


「偉大なる創世神オルフェウスよ。赤糸の力、我に授けたまえ」


 声が聞こえた。

 赤い火の玉のような魔物。相対しただけで分かる、強者独特の風格。 

 魔法かっ!


「――〈赤灼熱流〉」


 瞬間、大地が赤く染まった。

 まるで溶岩のように溶けだした地面は、すさまじい熱風と蒸気を発しながら周囲に広がっていく。


「あ……ああああああああああああああっ!」


 一人、俺の隣にいた戦士が悲鳴をあげて倒れこんだ。まるで地面に打ち上げられた魚のように、激しく跳ね飛んでいる。


「ちぃっ!」

  

 俺が身に着けている亜ミスリルの鎧に付加されたスキル、〈精霊の加護〉レベル50はあらゆる魔法攻撃に対して威力を発揮する。ただ、レベル50程度では魔法の力を3分の1か4分の1削る程度。完全に防ぎきることは不可能だ。

 熱い。

 正直、やけどを我慢しているレベルの暑さ。これを何の装備も持たない一般の兵士たちが喰らってしまえばどうなるか……答えは火を見るより明らかだ。

 肉の焦げた臭いがした。魔法が直撃した俺以外の戦士たちが……焼け焦げて死んでしまったのだ。


「ひ、ひぃいいっ!」


 その光景を茫然と眺めていた他の戦士たちが、パニックになり隊列を乱した。しかしそんな穴が開いてしまえば、魔族たちの格好の餌食となってしまう。 


「皆何をしている、落ち着けっ!」


 俺は叫んだ。ここで冷静さを失うことは死にも等しい。全員が一丸となって生き残るために戦わなければならないのだ。

 剣を構えたちょうどその時、魔法を使っていた火の玉のような魔物が、巨大な戦斧によって切り刻まれた。

 

「いいね、兄ちゃん。あたいのこと覚えてるかい?」

「腕相撲の……」


 あの時、腕相撲で勝利した女戦士だ。どうやらこの人も討伐軍に参加していたらしい。


「皆に不安が伝染してる。あたいたちが張り切って場を盛り上げていかないとね。ほら、他の奴らが逃げる時間を稼ぐよ」

「分かったっ! 聞こえたか、弱い奴は早く逃げるんだ!」


 俺たち二人は前方の魔物たちに切り込んだ。熊のような魔物、角の生えた鬼、ガスのような生命体。おびただしい数の魔物たちが迫りくる中、俺は果敢に剣を振るい、時には後方に下がり相手を翻弄した。

 く……やはり強い。一端後ろに下がって体勢を立て直そう。


「聞こえるか、腕相撲の奴。一端後ろに下がるぞ、そっち……は……」


 俺は目を見開いた。 


 女戦士は、死んでいた。


 巨大なカマキリのような魔物に、体を貫かれていた。


「おまええええええええええええええええええええええええっ!」


 怒りに我を忘れ、カマキリのような魔物を切り刻んだ。

 あの女戦士は、俺と同じように他人を気遣ってここに踏みとどまってくれた……いい奴だった。だから、突然の死を前にして頭に血が上ってしまったのかもしれない。

 

 魔物を殺したことによって、いくらか冷静さが戻ってきた。

 もう、潮時だ。

 悲鳴の声も明らかに少なくなっている。人々が一目散に逃げだしているのだ。もはや軍隊という体を成していないこの集団に留まることは死を意味する。

 俺は……死にたくない。

 生き残って戦っている連中や、怪我をして動けない奴らには悪いが、ここはおとなしく退散させてもらう。俺レベルなら魔物たちに勝てずとも、この戦線を離脱することはできるはず。

 魔物たちが迫っている。女戦士を失ってしまった今、もはや一刻の猶予もない。

 そう思い、駆け出そうとしていたちょうどその時、不意に足首を掴まれた。

 男だ。

 死体のように地面に転がっていた男が、息も絶え絶えといった様子で俺に語り掛けてくる。


「た……助け……て……」

「……くそっ!」


 異世界転移してまだ半月しかたっていない。この人たちは……付き合いの短い他人だ。

 乱戦中だ、この手を蹴り飛ばしても誰にも気がつかれないだろう。いや、何言ってるんだ俺は? 蹴るとか……意味不明だろう。


 俺は気がつかなかったんだ。


 これだけ魔物たちの混戦する戦場だ。男のかすかな悲鳴や、か弱い手の握力に気がつかなくっても当然。そう、俺は死にかけの男なんて見なかった。全然気がつかなかった。木の枝か出っ張った岩だと思った。仮に人がいたと思ったとして、そいつが生きているなんて思わなかった。

 だから、これから俺が急に駆け出すことと足元の何かは決して関係ない。逃げるとか、見捨てるとかそういうのじゃない。早くしないと、魔物たちが来てしまう。さあ、急いでこの場を離れよう。

 そう思う、俺は足を前に出して……。


 ――踏みとどまった。 


 ……無視することは……簡単だ。

 でもっ!

 俺は戦争なんか知らない、殺し合いなんか知らない現代日本に生まれてきたんだ。誰かが死ぬところを見捨てるなんて……そんな薄情なことはできないっ!

 俺は男の体を掴み上げ、肩を貸してやった。


「立てっ、さっさと逃げろっ!」

「兄ちゃん、ありがてぇ」


 しかし、男は自分で立つことがほとんど無理な状態であり、俺に全体重を預けてきた。

 そんな状態で、素早く走ることができるはずもなく、気がつけば……魔物たちが背後に迫っていた。


「がはっ……」


 亜ミスリルの鎧をもってしても衝撃を受け流しきれないほどの、強力な一撃。俺は男もろとも地面に転がった。

 背後を振り返る。

 人型、それもかなり筋肉質な魔物。その強靭な剛腕を振り回しながら、ゆっくりとこちらに近寄ってくる。

 

「逃げろっ!」


 俺は最後の力を振り絞り、男を放り投げた。その先には討伐軍の生き残りがいるため、なんとかしてくれるだろう。

 人間、やればできるものだな。さっきの魔物に攻撃されたせいで、吐き気とめまいが止まらないのに……ホントよくやった。

 ……っていうか、こいつら、なんでそろいもそろってオスの魔物ばっかりなんだよ……。マジでついてないな……。

 俺はさらに蹴られた。もはや援軍が望めない孤立無援の中、集まってきた魔物たちに袋叩きにされた。


 やっべ……、意識が……朦朧として……。

 俺……死ぬの……か? まだ……何も……して……ない……の、に。

 く……そ……。


 

 突如現れた別の魔王が率いる軍によって、ヨウたち討伐軍は完膚なきまでに敗北した。大多数が殺され、ごく少数が逃げ延びそして……。

 生き残ったヨウたちは、魔王軍に捕らわれてしまったのだった。


もりもり書いてたら4400字もいってしまった。


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