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魔王の天敵

 魔王の天敵、オリビアを俺に預かってほしい。

 そう主張したのは、彼女の保護者のような存在であったはずのカルステン。黒帽子に陽光を浴びるその顔には、不気味な影が差していた。

 隣の少女は、カルステンと初めて会ったとき俺が絵本を与えたあの子だった。


「ど、どういうことですか? なんで俺が……」

「魔王を殺すオリビアを、魔王が世話するなんておかしいでしょ? クマが鮭をペットに飼っているようなものだよ。この歪んだ関係を断ち切るためには、君の協力が必要なんだ」


 少女は、血だらけだった。

 その鮮血は赤いバラのように。ならばバラに彩られたその少女は、さながらいばら姫。

 抱え込めばきっと、俺の手が傷ついてしまう。


 そんな血まみれの少女を見て、真っ先に俺が抱いた感情は……怒りだった。こんな弱々しい彼女を傷つけた魔族は一体誰なのかと、憤慨していた。 


「お前がやったのか?」

 

 俺は一瞬怒りにとらわれ、魔王を『様』付けするのを忘れていた。


「僕? 僕が? あっはは、何言ってるんだよヨウ君。戦闘レベル1の僕は普通の人間よりも弱いんだよ? そんなことできるわけないじゃないか。彼女を剣で串刺しにしたのは、そっちの森林王だよ」


 そう言ってカルステンが指さしたのは、円卓の反対側に座っていた森林王。名指しされたこの美少女は、大慌てで立ち上がった。


「ち、ち、違うのヨウ君! 私、魔王が殺されるって聞いて……怖くなって、それで。喜んでやったわけじゃない、仕方なく、仕方なくなのっ! だからそんな目で見ないでぇ!」


 と、かわいそうなくらいに怯えて言い訳をする森林王。

 い、いや、そんなに動揺されるとこっちが委縮してしまう。というかなんでこの人、俺に対してこんなに反論してるんだ? 俺が許そうが許すまいが、魔王なら人を傷つけたり殺したりして当然だろう? そこに罪悪感なんてあるわけがない。

 これじゃあ、俺が弱い者いじめしてるみたいじゃないか? 本当に奇妙な話ではあるが。


「あ、いや、その、別に文句を言ってるわけではないんです。誤解させてしまって申し訳ないです。はい」

「ヨウ君、優しいんだね。思った通りの人だよ」


 顔を赤める頬をかく森林王。

 どこに優しさ要素があったんだろう? っと突っ込みたいが、本人が納得しているようなので何も言わないでおく。

 

 俺はオリビアと呼ばれる少女に駆け寄った。


「君、大丈夫? すごい血だけど……」


 確かに、血がついている。服も破れている。しかしその皮膚には、傷一つついていない。

 誰かが魔法かスキルで治した? あるいは、自分の力で回復した?


「……ぐすっ、お兄ちゃん、痛い、痛いよぉ」


 傷は治っていても痛みは継続しているらしい。オリビアは目に溢れんばかりの涙を浮かべて、俺に抱きついてきた。

 まただ、俺のスキル〈モテない〉が効いてない。魔王の天敵、という彼女は生物を超越した何かなのかもしれない。

 

「傷、なでなでして」

「こうか?」


 適当に撫でておく。こんなことで痛みが消えるのかどうかは分からないが、彼女の気がおさまるならそれでいいだろう。

 

 とりあえず状況は理解できた。魔王たちの会議は俺をこいつに預けることかどうかで中断しているようだ。俺も決断を迫られてる、ということか。

 まず俺は、イルマを見た。 

 一応、名目上は俺の主ということになっているからな。伺いを立てておく必要がある。


「部屋はいくらでもあるだろ? 受ければいい。くくく」


 笑うイルマ。争乱の苗床を招き入れる結果に、彼女としては心よく思っているのだろう。たとえそれが、自身に危害が及ぶ事柄だとしても。


「ヨウ君、これだけは言っておこう。彼女は化け物だよ」


 震え声の不死王バルトメウス。ただ、俺に彼女を預けることに関して異を唱えるつもりはないらしい。

 彼女は化け物、なんて言っているが俺にはこいつの方が化け物にしか見えない。今は〈人化〉で普通のおっさんだけど、本当の姿はガイコツだからな。

 そんな彼ですら恐れを抱く少女。この子が……本当に?


「…………」


 もとより、力のない俺に選択肢なんてない。ここで駄々をこねて魔王の心証を悪くしてしまっては、領地侵攻を口実を与えかねない。


「分かりました。彼女はこのムーア領で預かります」


 確かに、魔王に言われたからというのもある。だが俺自身の気持ちとしても、こんな血だらけの女の子を放っておくことなんてできない。

 それゆえの、決断だ。


「いやぁ、めでたい」


 橙の叡智王、カルステンは陽気に拍手をした。弛緩した部屋の空気に、彼の手を叩く音がよく響き渡る。


「何一つ決まらない会議だと思ってたけど、最後の最後で取り決めができてよかった。これで心置きなくオリビアと離れることができるよ」

「ううぅ、かるすてん。行っちゃうの?」


 当のオリビアは悲しそうにその手を伸ばした。彼女はカルステンのことがそれなりに好きだったのかもしれない。


「あまり心を揺さぶるようなことを言わないで、オリビア。君に必要なのは魔族ではなくて、ともに歩む人間なんだ。ヨウ君と仲良くしてね」

「が、がんばる」


 ガッツポーズのオリビア。何を頑張るんだろう?


「ではこれで会議を終わりとしよう。……解散」


 イルマの号令に従い、会議は終了となった。

 ぞろぞろと退出していく魔族たち。やっとこの緊迫した時間が終わったと思うと、俺も胸を撫で下ろすような気持だった。

 クレーメンスが死んだことによって生じた領地の空白。グルガンド王国は新たな魔王領と接触し、戦いに巻き込まれることとなるだろう。その親玉たちの顔を拝めたということだけでも、この会議は有益だったと言えるだろう。


 不意に、肩を叩かれる。

 水の不死王、バルトメウスだ。


「ヨウ君、その女について……いずれまた話をしよう」


 真剣なその声。魔王として、自らに迫りくる危険を振り払おうと必死なのかもしれない。

 これからは、魔王たちと個人的な接触があるかもしれない。慎重に行動しなければ、俺はもとより王国すらも脅威にさらされてしまう可能性がある。



 こうして、魔王たちの会議は終わった。

 多種多様の思惑を孕んだその話し合いは、多くの謀略と思惑の果てに……何を残したのだろうか?

 俺には分からない。

 ともかく、ただ一つ言えること。それは、魔王の天敵――オリビアは俺の手に渡ったということだ。


会議が終わった。

長かった。

登場キャラ多いし、大変でした。


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