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怠け者の証

 会議室へと向かう俺たち。領主の館、レンガ造りの吹き抜け廊下を歩いている。

 はぁ、やっと苦しみから解放されると思ったのに、まさかこんなオチが用意されてるだなんて……。魔王会議に参加だなんて、嫌な予感しかしない。


「えっと、ダニエルさん。俺がなんで呼ばれたか聞いてますか?」

「ん、ああ、もちろん。俺もその場にいたからな。話は聞いてる。口止めされてるけどね……」


 口止めって……。何か俺が逃げ出してしまうような嫌な話なのだろうか? 不安で仕方がない。

 

「ヨウ君さ、うちの会長からアレもらったんだって?」

「あれ?」

「アンデットの呪い」


 ああ、あれか。 

 未だ俺の手に残っているドクロの模様は、死後に発動する呪いらしい。死んだらゾンビとして生まれ変わるなんて、あまりいい気分とは言えない。


「ヨウ君が俺の後輩になるのか。楽しみだなぁ」

「こ、後輩ですか?」

「うんうん、アンデットになるなら絶対うちの商会に所属した方がお得だからね」

「水の不死王、バルトメウス会長の商会ですよね」

「会長はね、すごい経営者なんだ」


 まあ、メリーズ商会って結構大きなところだからな。その商会長ともあればひとかどの人物だろう。


「一つ、会長の偉大さを示す俺のエピソードを紹介するよ」


 そう言って、ダニエルさんは過去話を始めた。



 あれはそう、俺――ダニエルも会長もまだ生きた人間だった頃。

 当時俺は、メリーズ商会傘下の貿易船で働いてたんだ。 

 太陽が照り付ける夏、ひたすら荷物を船に運ぶ作業。はっきりいって、超しんどかった。

 すっごい汗が出ててね、俺、なんでこんな一生懸命働いてるんだろうな? 死ぬんじゃないかな? なーんて考えた。

 で、そんな港で汗だくになりながら働いてた俺のところに、バルトメウス会長がやってきたんだ。


「ひぁっ、はぁっ、か、会長、俺、も、もう、だめっす。汗が、汗がやばいっす……」


 疲れすぎて、声がうまく出せないんだわ。頭もぼーっとして、死にそうだなって思ってたのを覚えてる。

 会長は持っていたハンカチで俺の汗をぬぐい取り、こう言った。

 

「汗はね、怠け者の証なのだよ」


 会長はその大きな手で俺を肩を叩いた。

 

「本当に頑張っている人間なら、汗をかかない」

「へぁ?」

「ダニエル君はまだ頑張れる。飲まず食わず、体の水という水を絞り出して初めて一人前。汗をかいているうちは大丈夫。本当につらくなったら汗が出なくなるから、またその時に声をかけたまえ」


 にっこりと笑った会長は、そのまま現場から立ち去ってしまった。

 俺はそのあともずっと働いてた。



「俺はねヨウ君、会長の言葉を聞いて感動したんだ。分かるでしょ?」


 …………。

 今の話のどこに感動要素があった? こき使われてひどいこと言われただけのような気がするんだが……。


「えっと、あの、どのあたりに感動したんでしょうか?」

「え? あれ? 分からないかなぁ。……会長は俺の心の中にあった甘えを除いてくれたんだよ」


 目をキラキラと輝かせながら、そんなことを仰るダニエルさん。その姿は嘘をついているようには見えない。いやむしろある種の狂信者のようですらあった。


「いやー、ヨウ君期待の新人だよ。アンデットになったらうちで働いてよね、絶対」


 なりません、絶対になりません。あなたの部下にもバルトメウスさんの部下にもなりません絶対。


「そ、その、死んだ後のこととか……まだ考える気にもなれないですよ。働くとか、よくわからないし……」

「大丈夫大丈夫、うち、すごくアットホームでやりがいのある仕事だから」


 やばいいいいいいいいいっ! 絶対この商会ヤバイ! ブラック臭がしてきた!

 なんだろう、この人から商会の話を聞くたびに不安になってくる。っていうかダニエルさん大丈夫なのか? 仕事疲れて死んだような顔をして……ってもう死んでるんだったこの人。


「っと、ヨウ君。無駄話をしてたらついてしまったね」

「ああ、もうついちゃったんですか?」


 俺たちはいつの間にか会議室の前まで来てしまっていた。


 とうとう、ここまで来てしまったのか。

 この中には、六人の魔王とその従者たちがいる。普段敵対し、時には戦争すら辞さないほどの間柄の魔王たち。きっと想像を絶するほどの空気になっているに違いない。

 覚悟しなければ……。

 俺は扉を開け、中へと入った。


 どうやら、皆、俺の到着を待っていたらしい。魔王やその従者は一斉に俺へと視線を向ける。


「ヨウちゃーん」


 さわさわさわ。

 青の破壊王エグムント。入り口側に座っていたこの魔王は、その手を伸ばして俺の臀部を撫でまわした。

 またこの人お尻触った! もうやだ! この人痴漢です!

 さっと距離を取ると、エグムントはしょんぼりとした。


 橙の叡智王、カルステンは緩やかに両手を振った。


「ごめんねーヨウ君。こんな怖い人たちばっかりのところに呼び出しちゃって。でもね大丈夫、だって僕みたいなレベル1もいるんだから安心していいよ、あっはっははは」


 ごめんとか言うなら呼ばないで欲しい。あとこいつ、絶対強いだろ。なんとなく分かる。


「ふっ」


 イルマが笑う。こいつが笑ってるときはろくなことがない。あまりいい話題じゃないだろうから、期待しないでおこう。

 不安顔のバルトメウス……と、あとあのつるつる頭の人は閃光王パウルだっけか。魔王の中でも完全に気圧されてる感じがする。たぶんあまり強くなくて、それで発言力が低いのかな?

 そしてあの服は、森林王クラーラさんかな?

 え、嘘、あの子すごい美少女だったの? ガスマスクみたいなマスクを外したその素顔は、まるで人形のように美しくかわいらしい。

 俺あの子の奴隷になりたかったな。今からでもうちの赤いのと交換してくれないかな? 

 なんて彼女のことを見ていたら目があった。ぽん、と顔を赤めたクラーラさんがすぐに目を逸らし顔を伏せる。

 今、俺と目を合わせたから照れた? いや、まさかね。


「さーて、ヨウ君。ムーア領領主として忙しい中、呼び出してごめんね。僕から君に、どーしてもお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれないかな?」

「どういったご用件でしょうか?」

「魔王を殺す災厄、オリビア。この子を……君に預けたいんだ」

 

 そう言って、カルステンは隣の少女の頭を撫でた。


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