森剣創生
イルマの一言に、会議の場は混乱に包まれた。
オリビア。
それは先ほどまでさんざん話題に出ていた、魔王を滅ぼす者。カルステンが連れてきた水色の髪を持つこの美少女が、オリビアだというのだ。
勇者イルデブランドの時代、オリビアと激闘を繰り広げたイルマの指摘だ。その信ぴょう性はかなり高い。
「ひぃいい」
黄の閃光王、パウルは情けない悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちた。バルトメウスは表面上落ち着いているものの、その手が微かながら震えている。
「あっはは、みんな落ち着いてよ。まだ覚醒していない状態なら無害なものさ。こーんなかわいい天然な女の子、睨んでたら泣いちゃうじゃないか。だから、ね、みんなスマイルスマイル」
にっこりと笑うカルステン。しかしそのあまりに場の空気を無視した陽気さが、逆に不自然さを強調していた。
「か、彼女がオリビアということは、私は殺されてしまうのかね?」
バルトメウスは狼狽している。しかし今情報を引き出すことの重要性を誰よりも理解しているため、その恐怖を乗り越え声を出した。
「安心しろバルトメウス。そいつは……」
イルマの返答は唐突に遮られてしまう。
「どうして……?」
呟いたのは、森林王クラーラ。
「どうして、私たちは争わななきゃいけないの?」
クラーラは目に涙を浮かべていた。
「殺したくない、殺されたくない。そう思ってるはずなのに、どうしてっ!」
独り言のような彼女の言葉を、オリビアは全く理解していないようだ。目をぱちくりとさせながらきょとんとしている。
「無駄さ、森林王。その子は……」
「あなたが争いのもとになるって言うなら、いっそのこと……この場でっ!」
緑の森林王クラーラが、その手をかざしていた。
「――〈森剣創生〉」
魔法だ。おそらく小声で詠唱していたのだろう。
瞬間、オリビアの足元にあった床タイルが爆ぜた。突如として成長した木々が床を突き抜け現れたのだ。
「わ、わわっ」
突然のことに対応することができないオリビア。すでにその枝と葉によって彼女の姿は見えなくなっている。
生い茂る木々はやがて花を咲かせ、たわわな実をならせた。実は熟れ、そして爆発するかのようにはじけ飛んだ。
小剣だ。小さな剣が果実の中から現れた。
木の実から生えた剣が、一斉にオリビアへとその鋭い刃先を向けた。
「いやあああああああああああああっ!」
その体全体を覆っていた木々から生み出された剣。逃げられるはずもなく、断末魔の悲鳴を上げてオリビアは串刺しにされた。
「許してくれなんて、言わない。ごめん……」
森林王、クラーラは抑揚のない声で呟いた。彼女はイルマのように喜んで戦いに臨む方ではなく、幼い無力な美少女をむごたらしく殺したことに罪悪感を覚えているのかもしれない。
「やりましたな、クラーラ殿。このパウル、感激ですぞ」
「いやはや、これはなんとも。私も驚いて言葉がでないよ。しかし……これで脅威は消えて……」
バルトメウスの言葉を遮るように、オリビアの死体がかすかに震えた。
確かに、オリビアは死んだはずだった。十カ所以上はめった刺しにされ、人間であれば生きているはずがない、そのはずだった。
だが……事実は違った。
びくん、とまるで痙攣のように彼女の体が震えた。すると、見る見るうちに剣に刺されていたはずの傷が治っていく。
「……そんな、体が再生して」
オリビアがその目を開いた。
「うええええええええええん!」
泣いている。痛いのか、それともただ単に驚いているだけなのかは分からない。ただ一つ言えることがあるとすれば、それは彼女を殺すことが不可能だという事実のみ。
「うーん、森林王さぁ、分かってないね。この子は人間じゃないんだよ。普通に殺そうとしても無駄」
「ではどうすればいいのかねカルステン殿? かつてイルマ殿はオリビアを殺したのではないのか?」
「その通りだ、バルトメウス」
バルトメウスの問いかけに答えたのは、イルマだった。
「オリビアを殺すには、覚醒状態で挑まなければならない。魔王を殺す力を持っていない今のこの女を殺すことは不可能だ」
「そ……そんな……」
不意打ちという希望を絶たれ、共闘派の三魔王は意気消沈してしまった。手負いとはいえあのクレーメンスを倒したオリビアに、単独で勝てるとは思えなかったようだ。
「それでカルステン、貴様は何のつもりだ? 魔王たちの集うこの地にオリビアを連れてくるなど、正気の沙汰とは思えないぞ」
「うんうんイルマ、そーなんだよね。僕もどうしてこんなことになったのか分からないよ」
殺伐としたこの状況に影響されることなく、カルステンは陽気な声色を崩さない。
「オリビアとは偶然町で知り合ったんだ。なんだか好かれちゃってさー、ここまでずっとついて来られたんだけど……。いやー、僕も魔王だからねぇ。さすがにこの子がいつもそばにいると緊張して緊張して……」
「結局、お前は何が言いたいんだ?」
ぴたり、とカルステンは笑うのを止めた。
「だから僕は……こう提案するんだ」
魔王カルステンは己の『提案』を口にした。
俺は執務室の机に座っていた。書類は積もっているが、何も手を付けていない。っていうかそんな気分じゃない。
魔王たちの会議、絶賛開催中。
はぁあああああああ、やっとここまで来た。これが終わったらあいつら帰っていなくなるんだよな? この地獄のような苦しい日々もついに終わりというわけだ。
早く終われ、そしていなくなれ全員。ついでにイルマもどっか行ってくれ。
「おおー、君がヨウ君かい?」
と、考え事をしていた俺にかけられる声。どうやら、知らず知らずのうちにこの部屋に客人が入ってきていたらしい。
見た目は青年男性。高級そうなコートや靴を見る限り、それなりに金を持っているのだろう。
「俺はバルトメウス様の副官、ダニエルだ。よろしく」
「は、はい」
握手する俺たち。
「えーっと、バルトメウス様の副官ということは……アンデットの方ですか?」
頷いたダニエルさんの姿が、急に半透明に変化した。
「この通り、本来はゴーストだ。今は〈人化〉を使って普通の人間みたいにごまかしてるけどな」
どうやら、霊体らしい。
また厄介な人が来たな。でも、他の魔王たちよりは若干接しやすい……かな?
「何か用ですか?」
「君、ちょっと会議室に来てもらえないかな? 魔王様たちが呼んでるんだ」
「へぁ?」
う……嘘、だろ?
やばい、やばいです。
珍しくキャラを大量出現させてます。
読者大混乱、なんてことになってたらどうしよう。
何人かは後にずらしたが……こうするしかなかったんです。
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かつてここに何の躊躇もなくいたいけな少女を嬲り殺す野蛮人がいました。
改心してちょっと悩まし気になったようです。