武闘派と共闘派
ムーア領領主の館、会議室。
中央に円卓が設置されたその部屋に、魔王とその主たる従者たちが集まっていた。
そうそうたる顔ぶれに、従者たちは緊張を隠せない。しかし王たる魔王たちは、ごく一部を除いて平然さを保っていた。
「それでは、始めるか」
まず口火を切ったのはイルマだった。この会議の主催者として、あるいは最古の魔王として、一目置かれる存在である。
「あ、話始める前にこいつを見てくれ」
自らの脚を円卓の上に置き、態度の悪い状態で話始めたのはエグムント。背後に控える仮面の従者から、布に包まれたボールのようなものを受け取り、それを円卓の中央へと投げつけた。
その中身が露わとなった瞬間、場の緊張が増した。
魔族の首だ。
「これあれだろ? ほらあれ? 俺ぁ、当時生まれてなかったから知らねーが、イルマが言ってたよな?」
「……アースバインの人造魔王だ」
赤の力王イルマは張り詰めた空気に影響されたのだろうか、抑揚のない声でそう口にした。
「魔王の体組織を材料として、錬金術によって生み出された魔王のコピー。その力は本物に勝るとも劣らず……という話を聞いたことがある」
「こいつは誰のコピ―なんだ?」
「青の氷塊王エヴァンス。エグムント、お前の前に魔王だった奴だ」
勇者イルデブランドの時代以降、人間に魔王が倒されたためしはない。しかしそれ以外の要因で魔王に欠員が出てしまうことは何度かあった。
世界の根源たる七色の糸を持つ魔王は、この世になくてはならない存在。魔王の死を持って代替わりが発生し、別の新たな魔王が選出される。もっとも、オリビアによる死はこの範疇ではないが……。
エグムントやクレーメンス、そして水の不死王バルトメウスは比較的若い魔王である。彼らはアースバイン帝国が存在した100年前にまだ魔王でなかった。知識の差は当然ながら存在する。
「へぇ、そいつぁ知らなかったぜ。こいつ、強かったのか?」
「強さはクレーメンスのやや下といったところか。なかなかのものだった」
クレーメンスは魔王の中でも中の上程度の力。部下は弱いが本人はそれなりに強い、それが魔王たちの共通認識であった。
この中でも、戦闘レベルでクレーメンスに及ぶものは少ない。イルマ、エグムント、マティアスが上を行き、森林王クラーラがやや下をいっているという程度。他の魔王や従者たちは話にならない。
「まあ、お前なら倒せるだろうな。なにせ、私の次に強いのだから」
「おいおい、一番はこの俺様だぜ? イルマ、お前は俺の次に強いんだろぉ?」
「…………」
「…………」
無言になり、空中で火花を散らす二人。一触即発の気配に、場の張り詰めた空気は最高潮に達したが、その緊張はすぐに霧散した。
青の破壊王、エグムントが一歩引いたのだ。
「まあ誰が最強かっつー話の前に、一言言っておく。その人造魔王? だかを倒したのは俺じゃねーよ」
「何? お前じゃない? 私も知らないぞ。では、この中の誰か知っているか?」
イルマの問いかけに、魔王たちは一斉に首を振った。
「おいおい、誰も知らねぇのかよ。んじゃあれか、この中の誰でもない奴が、そのそこそこ強ぇ偽魔王を倒したってのか?」
「そうなるか。あるいは、この中の誰かが実力を隠して……」
ありえない話ではない。表面上の強さである『戦闘レベル』はいくらでもごまかしが効くのだ。強い魔具、有用なスキルを用いれば十分に強者と渡り合うことができる。
「そんな実力隠してるやつがいるなんて、そいつぁ笑えねーな。戦ってみたくなってきたぜおい。こん中にいるならよぉ、そいつを炙り出せば……」
「落ち着けエグムント、その件は本題ではないはずだ……」
今まさに飛びかからんとしていたエグムントを制するイルマ。話し合いの場を台無しにされては困るという配慮だろう。
「今回集まってもらったのは、クレーメンスを倒したオリビアについての報告だ。まだ若い魔王も多いから、私から説明しておこう」
その赤い髪をなびかせながら、イルマは立ち上がった。
「オリビアは魔王の天敵だ。数十年に一度の周期で現れ、その時代の魔王を殺す。殺される順番は、虹の色に従って紫、青、水、緑、黄、橙、赤の順番だ。全員分かってるとは思うが、紫の謀略王クレーメンスはすでにオリビアに殺された」
「つーことは、次は俺なわけだな? へへっ……」
ポキポキと、指の関節を鳴らすエグムント。まるでサンタクロースを待つ子供のように、無邪気にしかし静かに笑っている。
楽しみなのだろう。
魔王を殺す、と言われるその少女と戦うことそれ自体が。
「ふふふ、合点がいったよ」
水の不死王、バルトメウスがしたり顔で頷いた。興奮のためか、にわかに〈人化〉の魔法が解けアンデットとしてのガイコツが浮かび上がっている。
「つまり、我々魔王が団結して、オリビアに当たろうとそういう意図か」
「わ、私も力を貸しますぞっ!」
同意したのは閃光王パウル。取り立てて特徴のないハゲだ。
「悪くない案だよね」
そう答えたのは、森林王クラーラ。マスクを外し、その素顔を現している
彼女がマスクをしていたのは、ヨウの〈モテない〉スキルにあてられないためだ。このガスマスクのような防具は、スキルを遮断する魔具である。
素顔のクラーラは、相当の美少女である。緑色の髪はまるでエメラルドのように光沢を放ち、その整えられた鼻や目は絵画や人形のように美術品じみた美しさを持っている。
「森の妖精たちはいつでも協力するよ。イルマ、詳しい段取りはあなたが……」
「ふっ、何を馬鹿なことを言っているんだお前たちは? 不意打ちされて死んだら面白くない、そう思ったから話をしてやっただけだ。私はお前たちの誰が死んでも構わないぞ別に」
その言葉に、協力の話を出した三人は固まってしまった。予想外の拒絶に混乱しているのだろう。
だがいつまでも黙ったままではいられない。
まず戦端を切ったのはバルトメウス。焦りからか、その手には決して少なくない汗がにじんでいた。
「し、しかしイルマ殿。私たち魔王はオリビアに殺されてしまうかもしれないのではないのかね? ならば、過去のしがらみや遺恨を捨て生きるために助け合うべきなのでは?」
「助け合う? 協力する? そうだな、お前たちが私の配下になって領地とその仲間たちを差し出すというなら、考えなくもないぞ? 私は配下や奴隷には寛容だからな……」
「そ……それは」
バルトメウスは躊躇した。当然だ。魔王として配下たちの頂点に立ち、領地を運営する彼がイルマのもとに下るなど到底考えられなかった。それではなんのために今まで領地運営を行ってきたのか分からなくなってしまう。
「ふっ、ここで泣き言を言いながら領地を差し出すと言ったなら、それこそこの場で首をはねてやろうかと思っていた。それでいい、それでいいんだバルトメウス。矜持を持ち己を磨き、魔王たる力を示せ。そして……その武で私を楽しませてみろ」
「…………」
バルトメウスはうつむいた。魔族として決して強くない彼にとって、イルマの話は酷であった。
「ま、その順番で言うと次にオリビアと当たるのは俺だからな」
エグムントは笑いながら言葉を続ける。
「イルマを楽しませるために、俺、頑張っちゃうぜ?」
「くっくっくっ、エグムント。お前だけは特別に私の手を貸してやってもいいぞ?」
「おいおい、極上の獲物を横取りする気か? イルマぁ、そりゃねえぜ」
笑い合う武闘派二人。そしてその様子を苦々しく見つめる共闘派三人。
さらにもう一人、橙の叡智王カルステンが口を開く。
「その件、ちょーっといいかな?」
これまで、まるで蚊帳の外のように何一つ喋らなかった男。突然の発言に、他の5人は一斉に彼の方を見た。
「皆に紹介したい人がいるんだ」
カルステンが手を叩く、背後の従者が部屋の外に出て行った。再び現れた時、彼の隣には一人の少女が付き従っていた。
「うぅ、かるすてん、ここ怖い。くうきがね、ぴりぴりってした。こわい!」
青い髪の美少女、オリビアである。この魔王たちの会議に怯えているようだ。
「……ん、なんだねその少女は?」
「おいおい、女連れてくんなよカルステン。連れてくんならイルマんとこのヨウちゃんにして……」
「……その女は」
イルマは彼女にしては珍しく驚愕にその眼を見開いた。
「……オリビア」
武闘派:イルマ・エグムント
共闘派:バルトメウス・クラーラ・パウル
???:カルステン
弱い奴ほどよく群れる。