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灯台の淫魔三姉妹

 グルガンド王国、東の岬には淫魔がいる。

 かつて港町として栄えたこの地域は、隣国との海上交易の重要拠点であった。しかし王国の衰退に伴い、この地域は紫の魔王に制圧されてしまった。

 以後、人の手を離れたこの地域は魔王配下の魔族に支配されてしまうことになった。

 基本的に人が訪れることはない。しかし、時たまに迷い込んだ旅人が……その魔族の餌食になってしまうのだ。

 岬の主、淫魔サキュバスの手によって。


 サキュバスは一見すると人間の女性のような体。はち切れんばかりの乳房を、下着のような服で隠している。ただの人間であったのならば、絶世の美女として褒めたたえられていただろう。

 しかし背中に生えた巨大な黒い翼こそ、彼女たちが魔物であることを最もよく表している。


「あはぁ、姉様ったらがっつき過ぎ。もうそいつ骨と皮だけよ」


 淫魔の長女が抱きしめている『それ』に、ペロリと舌を這わせた。頬を紅色に染め、艶めかしい吐息を漏らす彼女の姿は、まるで恋人と触れ合っているかのようだった。


「うふふ……だってぇ、この人の喘ぎ声がね、ずっと耳から離れなくてぇ」


 まるで数十年の時を経て干からびてしまったかのようなミイラは、つい数日前に淫魔討伐依頼を受け冒険者ギルドから派遣された戦士。しかしこのサキュバスたちにとっては、男は絶好の餌でしかない。精気を吸われ、男は哀れな姿になってしまったのだった。

 気の強い男たちが堕ちていく様を見つめるのが、サキュバスであるこの三姉妹にとって何よりの喜びだった。


「誰か来たわね」


 長女がそう言った。耳を澄ませると、確かに音が聞こえる。

 古くなった木製階段が、ミシミシと音を立てている。この灯台に誰かが上がってきているのだ。


「この匂い、男よっ!」


 次女が笑う。どうやら侵入者は男らしい。

 新たな餌の来訪に、三姉妹は活気づいた。

 

「……気のせいかしら、なんだか……急に寒気が」

「お前たちが灯台の淫魔三姉妹か?」


 ドアを開き現れたのは、一人の男だった。

 全身を覆う銀色の鎧はミスリル製。腰にかけた剣を見る限り、おそらくは冒険者だろう。

 男は剣を抜き、その刃先をこちらに向けた。


「グルガンド王国冒険者ギルド所属、ヨウ・トウドウだ。お前たちの討伐依頼を受けてここに来た」

「いらっしゃぁい、冒険者さん。何もないところだけど、ゆっくりしていってねぇ。あたしたちと一緒に、いーっぱいお話しましょう」


 ただでさえ下着のような服の胸元をはだけさせ、蠱惑的な笑みを浮かべるサキュバス。


「ふっ」


 ヨウがその兜を脱ぎ捨てた。髪はロングというほどではない男にしては少し長め、加えて顔だちは可もなく不可もなくといったところだろう。あまり女慣れはしていなさそうだが、容姿は悪くない。餌としては十分だ。


「……うっ!」


 サキュバスは悪寒を隠せなかった。彼が兜を取り去った瞬間、悪い意味で空気が変わったように感じたのだ。

 何か嫌な予感がする。


「おかしいわ。こいつ、〈淫魔の魅了チャーム〉が効かない」


 姉がそう呟いた。

 サキュバスのスキルである〈淫魔の魅了チャーム〉は、男性に対してほぼ特効とも呼べる威力を発揮する。その目を合わせるだけで、相手は欲望と興奮のあまり戦意を喪失してしまうのだ。

 しかし、この男にはどうやらそれが通じていないらしい。

 ヨウが剣を構えた。


「スキル――〈風竜の牙〉レベル30」


 放たれる風の刃。サキュバスたちは左右に散り、その刃を回避する。

 風の刃は空気を裂き、部屋の壁を壊し外へと抜けていった。さほど強い威力ではないが、喰らってしまっては無傷ではすまなかっただろう。


「姉様っ、下がって」


 一歩下がる姉。そして自分が前に出る。


「偉大なる創世神オルフェウスよ。紫糸の力、我に授けたまえ」


 魔法詠唱。

 比較的上位の魔族であるこの三姉妹は、魔法を使うことができる。

 魔法。

 それは、この世界〈アルカンシェル〉の根幹を成す虹色の竪琴から力を得て行使する力のこと。紫の謀略王クレーメンスの傘下にあるこのサキュバスたちは、竪琴の『紫糸』に対応する魔法を扱うことができる。


 詠唱に従い、壁に、床に、複雑な模様の描かれた紫色の魔法陣が出現する。


「〈紫雲雷陣〉っ!」


 魔法、〈紫雲雷陣〉が発動した。

 さながら雷雲の中にいるかのように相手を包み、その雷でターゲットを葬る。そんな魔法なのだが……。

 おかしい。

 そもそもこの技、おびただしい量の雲を発生させて相手を包み込むことが第一段階。この狭い室内であれば、完全に視界がなくなってしまうほどの雲が発生するはずなのだ。

 だが今、雲の量は明らかに少ない。霧どころか湯気がたっているレベルの視界だ。

 威力が弱い。一撃で人間を焦がすはずの電撃が、ただの静電気レベルになってしまっている。ヨウはある程度攻撃を喰らっているのだが、びくっ、と体を動かす程度で焦げたり倒れたりといった威力ではない。

 紫の雲を抜け、ヨウが姿を現した。


「お得意の〈淫魔の魅了チャーム〉が効かず、魔法もうまく発動しない。それはな、俺のスキルが原因だ。体の調子が悪いだろ?」


 びくり、と震えるサキュバス。確かに、先ほどからスキルや魔法の効きが悪く、加えるなら悪寒に代表されるような体調不良も著しい。


「受けるがいい、俺のスキル〈モテない〉レベル956をっ!」


 ヨウは左手の手袋を外し、素手で姉に迫った。パンチでもビンタでもなく、本当にただ手を近づけただけ。

 しかし、姉は劇的な反応を示した。


「ひぃっ!」

「姉様っ!」


 姉が気絶した。それだけではない、彼から少し離れている次女や自分すらも……言いようのない悪寒と吐き気が襲ってきている。とてもではないが、戦える状態ではなかった。 

 敗北。

 自分たちは、この男に敗北してしまったらしい。


「あんた……何者よ」


 それでも、気力を振り絞って声を上げた。そしてそれが精いっぱいだった。


「冒険者だ」


 冒険者――ヨウが笑った。それを最後に、サキュバスは意識を失った。



 ランクB+、灯台の淫魔討伐クエスト達成。幾多の旅人、そして冒険者たちを苦しめたサキュバスは、今日、冒険者ヨウ・トウドウによって討伐されたのだった。





別視点。

この後のギルドのやり取りを一緒に投稿しようかと思いましたが、区切りがいいのでここで切っておきます。

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[気になる点] サッキュバス相手ならばヤレるのでは・・・?
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