渾身の一撃
魔王クレーメンスの魔法を退けた俺。
未だアレックス将軍たちが目覚める気配はない。おそらく、スキルによって目覚める前の俺と同じように、夢を見ていたのだろう。
「う……うう……」
「ぐ……う……」
突然、悪夢にでもうなされているかのようなうめき声が聞こえてきた。どうやら、アレックス将軍や貴族たちが苦しんでいるらしい。
……あぁ、なんか分かってきたわ。これはあれだ。きっと初めは良い夢を見せて、徐々に悪夢に変えていくパターンだ。そのうちに精気とか吸われて衰弱していくんだな、きっと。
俺の場合は、女の子と付き合うけどNTRされちゃうとかそういう感じ? もしくは死に別れしちゃうとか? 見なくてよかったな、バッドエンドだろそれ。
あまり時間はなさそうだ。対策を考えよう。
アレックス将軍の〈大地の覇王〉は奴に通用しなかった。生半可なスキルをそのまま当てた程度では、体に傷一つ負わせられない。
剣で直接切りつけてみるか? 弱点とかないのか?
とりあえず、あの紫の目が弱点っぽいよな、あそこを攻撃すれば……なんて短絡的過ぎか? でもそれ以外に方法なんて思いつくわけもなく、結局そうするしか道が残されていない。
駄目だ。
どちらにしても、このままの状態というわけにはいかない。俺以外の連中が本当に殺されてしまう。
一応、モーガンと戦う前に戦闘系スキルは発動させている。今の身体強化された俺ならば、国王陛下のところまで大股三歩程度でたどり着けるだろう。
短いようで、長い距離。
もっと勝利への確信を持ちたかった。準備をして力をつけて、魔王に挑みたかった。
でも、現実は唐突だ。入念な準備時間を、誰も用意してはくれなかった。俺がこの世界に来た時点で、すでに魔王クレーメンスは王手を繰り出していたんだ。
嘆いていても仕方ない。俺はそういう運命だったんだ。こいつの魔法が解除できただけでも、僥倖といったところだろう。
さあ、悩むのは終わりだ。
覚悟を決めろっ!
呼吸を整える。
クレーメンスから自分までの距離を計算。両脚の筋肉を緊張させ、跳躍の準備を始める。
俺は両目を開いた。
一歩前へ。
左手にはの亜ミスリルの剣。右手には解呪された〈降魔の剣〉。二刀流で両方を目を切り伏せるっ!
眼前のクレーメンスは紫の瞳をこちらに向けているが、それ以上動く気配はない。おそらく俺の動きが予想外だったのだろう。
二歩目。
立ったまま気を失っているアレックス将軍の横を通り過ぎる。顔は青い。やはりなんらかの力で衰弱させられているようだ。
「キサマっ!」
クレーメンスが驚愕の声を上げる。黒い靄が左右両方に広がり、俺を包み込むように迫ってきた。
だが遅い!
三歩目。
俺は魔王に肉薄した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
獣のような叫び声を上げ、ありったけの力を込めて切り込んだ。
まず、亜ミスリルの剣が左目に当たった。かきん、とまるで金属を叩き付けたかのような衝撃とともに、俺の手から剣が吹き飛んだ。
固い!
なんだこれ。弱点どころか、一番固いんじゃないか? 俺は選択を誤ったのか?
次に、〈降魔の剣〉。
「ぎやあああああああああああああああああああああああああっ!」
呪いの剣は、いともたやすくクレーメンスの右目を切り裂いた。
いったっ!
なんだこの剣? めちゃくちゃ切れ味がいいぞ。このまま、奥まで深く突き刺してしまうか?
と、欲を出そうとした瞬間、俺は自分の置かれている状況に気がついた。
左右に広がっていたクレーメンスの黒い靄が、まるで巨木のように収束し俺の体にぶつかった。
「ぐっ……」
吹き飛ばされ、近くの柱に激突する。口から血が漏れる。肺が少しやられてしまったかもしれない。
ちっ、やっぱり……魔王は強いわ。たぶんこの一撃も、アイツが焦ってとっさに手を振り払った程度の力なんだろうな。
もう、手に力が入らない。っていうか足の骨が折れているかもしれない。今の俺にできる反撃といえば、血の混じった唾を吐きつけることぐらいだろう。
「ま、まさか……〈降魔の剣〉にこれほどの……力が……あるとは……」
クレーメンスも知らなかった?
まあ、冷静に考えてみれば当然か。なんといっても『戦闘行為を行った使用者を殺す剣』だからな。あの剣使って魔物と戦えば、もうそれだけで本人死んでしまって、切れ味確かめられるわけがないし。
〈隷属の腕輪〉ほどではないにしても、高度な呪いの掛けられた宝剣。人知を超えた力を秘めたその剣は、聖剣並の切れ味を秘めていたのかもしれない。
「今、確信がいったわ。やはりお前かっ! お前がイルマに入れ知恵をしたのだな?」
「……は?」
「おかしいとは思っていたのだ。イルマ軍の解体、ムーア領の躍進、そしてこの魔王クレーメンスの正体に迫り、〈降魔の剣〉の力を見抜くとは……。余やイルマは、お前の手で踊っているだけに過ぎなかったのだな?」
「……へ、さあな?」
どうやらこの魔王クレーメンス。姦計を用いて人を陥れるタイプだから、自分のピンチも誰かが裏で糸を引いていることにしたいらしい。
「……よかろう。ならば余も全軍を持って貴様を叩き潰そう。その見え透いた瀕死の演技も、罠を待つ狩人にしか見えぬわ」
いや……マジで体が動かないんだけど?
黒い雲のような体をしたクレーメンスは、そのまま吸い込まれるように窓の外へと消えていった。遥か遠くに見えるその黒影は、曇り空の中に溶け込むように消えていった。
危なかった。
魔王クレーメンスが慎重で臆病な奴だったから助かった。これが自分の傷を見て『くくく……面白い』とか言いながら喜んで強敵と戦ってしまうタイプの敵だったら、俺はもう死んでいただろう。
ところで、あいつを退けたのはいいんだけど、俺動けないんだが。どうすればいいんだろう?
「……ヨウ殿」
アレックス将軍たちは魔法が解けたようで、俺の方を見て声を上げた。ただ、体が少し衰弱しているらしく、動きはかなり緩慢だ。
「将軍、少し体が動かないんです。体を貸してもらえませんか?」
「私もだ、ヨウ殿。誰かが来るのを待とう」
アレックス将軍もか。
これだけ騒いでるのに誰も入ってこないところを見ると、クレーメンスが何か仕掛けをしていたのか? どちらにしても、奴がいなくなったことでここにも人が入ってこれるようになっているはず。
待つしかない、よな。
長い長い魔王奴隷編も次で終わりです。
奴隷っぽい描写少なかったですね。