イルマとの取り決め
玉座の間は恐怖に包まれていた。
未だ周囲を漂う紫の雲。魔法、〈紫雲雷陣〉は発動を続けており、クレーメンスの指先一つで俺たち全員を感電させることができる。そうしないのは、こいつの魔王としての余裕からなのだろうか。
生き残れるかどうかは分からない。でも、少しでも情報を引き出しておきたい。
「分からない。お前は何がしたいんだ? 王国を衰退させる、なんて回りくどい方法は無駄だろ? 配下の魔族を引き連れて、内部から反乱を起こせばそれで済んだんじゃないのか? なぜわざわざこの国に入り込んだ?」
グルガンド国王、クレーメンスは薄ら笑いを浮かべながら俺たちを見下ろした。
「あれはそう、30年前。余は当時のグルガンド王国大臣を人質に取り、領地と引き換えに交換するよう要求した」
ああ、要するに今こいつがやってることをモーガン抜きで直接やったってことね。それにしても人質、なんて魔族らしくないやり方だな。
「その時、えらくイルマの奴が怒ってのう。『軟弱だ』、『卑怯者』と罵られ、正々堂々戦で領土を制圧するよう言われたのだ」
確かにあいつは言いそうだな。そういうこと。
「イルマは最古の魔王にして最強の存在。表だって敵対すれば……我が身が危うい。しかし余は魔王としての野心もある。領地は増やしたい」
「配下を使って戦争すればよかったんじゃないのか?」
「領主ヨウよ。そなたも理解しておるであろう。我が紫の魔王軍の……情けない弱さを」
た……確かに、それは対峙するたびに思っていた。
統制は取れている。それなりに訓練してるんだと思う。けど、紫の謀略王軍には決定的に実力が足りない。要するに弱いのだ。
『情けない』というは言い過ぎだけど、イルマ軍に比べたら遥かに見劣りする奴らだった。モーガンだって俺でも倒せそうだったからな。グルガンド王国がしっかり軍備を整えられる環境であったのなら、今のような状況には陥っていなかっただろう。
「余は考えた。弱小な我が軍を用い、どのようにグルガンド王国を制圧すればよいか。どうすればイルマを出し抜くことができるか?」
……まさか、それが。
「敵国が強すぎるならば、その国自体を弱めてしまえばいい」
グルガンド国王、クレーメンスは声高らかにそう宣言した。国王としてあるまじきその行動ではあるが、もはやこの中に驚く者など誰もいない。
正直なところ、今、この王国が生き残っているのは軍隊のおかげではない。7人いる魔王たちが互いにけん制し合っているその結果に過ぎない。と俺は考えている。
「モーガンはダミーだったのか?」
「奸臣モーガンの横暴。そういう体裁にしておけば、イルマにも言い訳がたつ。そう考えたのだ」
おそらく、イルマに何か言われたらモーガンを切り捨てるつもりだったんだろう。秘書がやった、と政治家が言い訳してるようなものだ。
イルマの奴はモーガンが魔族であることを知っていた。だからこそ、俺がここに立っているわけだ。
もっとも、クレーメンスが国王であることは気がついていなかったみたいだがな。つまり、クレーメンスの目的通りモーガンはダミーとしての役割を全うしていたのだ。
「正体を暴かれてしまった以上、お前たちを生かして返すわけにはいかん」
瞬間、空気が凍った。
俺は己の死を覚悟した。魔王たる目の前の男からは、尋常でないほどのプレッシャーを感じている。
「…………」
固まる俺たちをよそに、無言のまま立ち上がるアレックス将軍。
「くぅれえええええええええメンスううううううううううううううううううううううっ!」
アレックス将軍が咆哮した。目は血走り歯を食いしばっている。長年の信頼を裏切られたその怒りは、俺が想像できないほどに強いものなのだろう。
目にもとまらぬ速さで抜刀する。
「奥義、〈大地の覇王〉レベル1000っ!」
これは、確かイルマのところでコロシアムを破壊した将軍の必殺技。
床が、玉座が、壁が爆ぜ、隆起した土に埋もれていく。
俺があのボロ剣にに付加していた〈大地の王〉とはスキルの格が違う。同じレベル1000でも、文字通りこちらの方がはるかに上。
〈大地の王〉は地面を隆起させ攻撃するが、この〈大地の覇王〉は地面は爆破するような勢いだ。どちらが上か、火を見るより明らかだろう。
アレックス将軍が放った技は、クレーメンスに命中した。
いや……これは
「くく……くくくくくっ」
おそらく、モーガンと同じように化けるのを止めたのだろう。いつの間にか人型の魔王は消え、新たな形となって俺たちの前に姿を現した。
霧状の黒い靄。その中央に、まるで宝石のように光り輝く二つの目が存在する。実体がない、まさしく雲を掴むかのような……存在。
これが、紫の謀略王クレーメンス。俺もまったく知らなかった、ダークマターという種族か。
黒い霧が揺れ、紫の目が笑う。
「お前たちを、どうやって始末しようかと……ずっと思案しておった。感電か、焼くか、凍らせるか、病か、血を抜き取るか……」
「……何をするつもりだ?」
「しかししかし、余は慈悲深い。なんといってもあのアレックスに手を指し伸ばしたほどだからのう。お前たちにも、格別の情けをかけることを約束しよう」
クレーメンスの黒い靄が周囲に広がると同時に、これまでずっとこの場に留まっていた魔法〈紫雲雷陣〉が解除された。
何かが……来る。
俺は剣を構えた。
「偉大なる創世神オルフェウスよ。紫糸の力、我に授けたまえ」
この詠唱、別の魔法かっ!
「――〈紫夢霊眠〉」
なんだ、この魔法は?
何も起こっていない。それっぽい魔法陣は出現したが、ただそれだけだ。火も、氷も、雷も、何も……。
「……っ!」
違う。
しっかりと、発動している。
突然、俺は体がだるくなっていくのを感じた。これは……まさか、体に直接作用する系の……魔法なのか?
アレックス将軍も、他の貴族たちも……倒れ……て。
く……そ、意識が……。まずい……こんな……ところ……で、
……く、うぅ……。
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すごい。