国王陛下の強さ
(……どうやら、うまく行ったみたいだな)
俺は胸を撫で下ろした。
俺が注意を引いている隙にアレックス将軍がモーガンを攻撃する。この攻撃は人間であれば致命傷であり、魔物であれば生き残ることができる程度のレベル。こうすることによって、モーガンが魔族であることを証明しようとしたのだ。
むろん、モーガンが人の姿をしたまま死んでしまう可能性はあった。その時はただのクーデターということにして、陛下を説得する腹積もりだった。
分の悪い賭けだったが、成功して良かった。
「も……モーガン」
国王は己の体を震わせ、玉座に座り込んだ。驚いているのは周囲の諸侯や兵士たちも同様であり、遠巻きに戦いを眺めているだけだった。
すでに俺を拘束しようとしていた兵士たちもその力を緩めている。俺は剣を取り、モーガンに立ち向かおうとした。しかし奴は、アレックス将軍の猛攻を一身に受けている状態。割り込む余地はない。
「方法は違えど、魔族を倒すという志だけは一緒。そう信じて……今の今までこの手にかけることを躊躇してきた。これがその……結末かっ!」
将軍の剣がモーガンの爪と激突する。
やっぱり、アレックス将軍は俺の話を信じてなかったみたいだ。クーデターの口実程度にしか考えてなかったのだろう。
「ヒ、ヒヒ、だっ騙される方が悪いのですよ。あ、あああなた方人間は、同族でも同じように騙し合い、憎しみ合う。魔族だけが特別というわけではありません」
「お前は私が倒す。それが魔族の存在に気がつけなかった……私の贖罪!」
この動き。おそらくアレックス将軍は、事前に相当数のスキルを発動させ身体強化を行っているのだろう。
「モーガン公爵が……魔族?」
「そ、そんな……まさか」
「我々は……騙されていたのか?」
正気に戻った人々が、我先にと逃げ出している。残っているのは数人の衛兵と、茫然と立ち尽くす貴族たちだけ。皆、固唾をのんで将軍の戦いを見守っている。
並の実力では、逆に足手まといになってしまうだろう。そんなレベルの戦いだ。
両者の激突はアレックス将軍に分があるようだ。
だが片足のアレックス将軍では、どうしても移動に難が出てしまう。スキルを使ってかなりカバーしているものの、追い切れていない時がある。
将軍の弱みを見つけたモーガンは、大きく後ろに飛び去った。耳、尻尾、そして体の至るところに切り傷ができ、満身創痍といったところだろう。
「さ、さささすがはアレックス将軍。私の配下を幾人も倒した強者。こ、ここは撤退させて――」
「俺のことを忘れてないか?」
「ヒィ、ヒィイイ」
俺は後ろからモーガンに切りかかった。奴は将軍との戦いに熱中し、完全に俺のことを忘れていたようだ。
「どうした? 俺を処罰するんじゃないのか? その自慢の爪で、死刑にしてみろよ?」
「……あなたはっ!」
「〈水蛇の牙〉レベル150っ!」
アレックス将軍のスキルが、モーガンの体を切り裂いた。腕を切り落としたその攻撃は、ほぼ致命傷に近い一撃。悲鳴を上げることすら忘れたモーガンは、最後の力を振り絞り後ろへ飛びのいた。
「ひっ、ひぃ、あぁ……」
一命はとりとめたものの、モーガンの動きは精彩を欠いている。
「……ヨ、ヨウ・トウドウは死んでなければおかしいんです! わ、わ私は悪くない。悪くないんです。た……助けてください、クレーメンス様」
恐怖のためか、血眼になり息が荒い。
「い、嫌です。し、し、死にたくない……。死にたくないっ!」
モーガンが跳躍した。
まずいっ!
立ち位置が悪かった。モーガンの移動した先には……陛下が。
「陛下っ!」
まさか、これほどまで力を残していたなんて。もう虫の息で死ぬ寸前だと思ってたのに。陛下が傷つけられてしまっては、俺たちがモーガンを倒す意義すらも揺らいでしまう。
「〈風竜の――」
「ヨウ殿っ! 陛下に当たってしまうっ!」
「で、ですが……」
俺をスキルを止めるアレックス将軍。確かに、陛下を傷つけてしまうかもしれないが……このままだと、その陛下自身の身が。
「お逃げください、陛下っ!」
アレックス将軍が必死に叫ぶが、逃げる場所などどこにもない。玉座に座りこんだ陛下が立ち上がって逃げるよりも、モーガンが迫りくる速度の方が……速い。
陛下は臆することなく、その手をかざした。
「偉大なる創世神オルフェウスよ。紫糸の力、我に授けたまえ」
瞬間、空気が凍った。
床には紫色の魔法陣が出現し、そこから毒々しい紫色の煙が出現した。
「――〈紫雲雷陣〉」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
紫の雲はけたたましい轟音を奏で、天を貫くような巨大な雷撃を生み出した。モーガンは断末魔の叫び声をあげ、黒炭になってしまった。
つ、強えええええええええええええっ! 陛下って実は強かったんだな。昔は戦争で活躍とかしてたんだろうな、きっと。
「へい……か」
俺の興奮をよそに、アレックス将軍は肩を震わせていた。
なんだ、どうしたんだ? アレックス将軍だけじゃない。他の将軍や文官、果てには衛兵までも恐怖と驚きで固まってしまっている。陛下が強かったことに、それほど驚いて……。
……っ!
俺は……気がついてしまった。
緊張のためか、忘れていた。この世界だけの特別ルール。『魔法使い』なんて職業の人間は、ここには存在しない。魔法を使うための前提条件は……。
モーガンは誰に助けを求めた?
俺は戦慄を覚えた。王者としての威厳ある風格を持つ国王陛下に、恐怖を禁じえなかった。
つまり、陛下は……否、この男はっ!
「よくぞここまでたどり着いた、領主ヨウよ。察しの通り、余が魔王クレーメンスである」
この国を牛耳る国王陛下、もといクレーメンスは温和に笑った。
モーガン「助けて……助けてクレメンス」