モーガンを倒せ!
モーガンが魔族。それをこの目で確認した俺は、さっそく行動に移った。
まずは、アレックス将軍を連れて冒険者ギルドの建物へとやってきた。
「ヨウさーん、お久しぶりですぅ」
久々にギルドの受付嬢と再会する。もちろん近寄ったら俺のスキルが発動して迷惑がかかってしまうため、鎧を身に着けて距離を取っている。
「たまにはこっちにも顔を出してくださいよ」
「俺、もう領主なんですよ。いろいろと忙しくて……」
「アイテムを収めるクエストなんてどうですか? 領主の力でいーっぱい集めてください」
「そうですね、俺の騎士団に少し話をしてみます。それと、奥の部屋借りていいですか?」
「ヨウさんが打ち合わせに使ってた部屋ですね。大丈夫です、今は空いてます」
冒険者ギルドのクエストには、複数人で行わなければならないようなものがある。そういった打ち合わせが必要な場合は、よく空き部屋を借りて話をしていたのだ。
金の絡んだクエストの打ち合わせ、ということもありこの部屋は防音や警備に優れている。秘密の会話をするにはうってつけだ。
俺とアレックス将軍は、中央にある椅子へと腰掛けた。
「ここがヨウ殿の古巣か。将軍の身分ではまったく訪れない場所だから、なかなか新鮮だな」
片足の将軍、ということでかなり目立ってしまっていたが、さすがに建物の中まで詮索されることはないだろう。
「それで、ヨウ殿。わざわざこんなところまで呼び出して、一体どういった用件なのだ?」
「将軍、ここからの会話は内密にしてもらいたい。そのためにここに呼びました」
「秘密の会話、か。はははっ、何やら子供時代の秘密基地を思い出してしまうな……」
「モーガンが魔族、という話をあなたは信じますか?」
瞬間、それまで陽気に笑っていたアレックス将軍が……気を引き締めた。
正直、モーガンを倒すことだけなら俺でもできるかもしれない。しかし、これは時と場合を考えなければ大失敗になってしまう。
なんせ、モーガンはあれでも公爵だ。俺が勇んで殺したとしたら、公爵殺しの汚名を着せられて処刑されてしまうかもしれない。奴の見た目はそのまま人間だからな。
また、モーガンは一人ではない。奴には戦争強硬派と呼ばれる派閥がついている。モーガン殺しをこいつらに糾弾されたら具合が悪い。
つまり、仮にモーガンを倒すとしたら、それにふさわしい舞台を用意しなければならないのだ。
成り上がり者の俺が公爵を糾弾する。そのためには、まずアレックス将軍のバックアップが必須だ。
「ヨウ殿がそう言いたい気持ちは私にもわかる」
「……理解してもらえるのは、『気持ち』だけなんですか?」
「ヨウ殿。魔族は人間を見下している。もともとそういう傾向のある奴らが、人間のふりをしてこの地にやってきているなどということは考えにくい」
どうやら、アレックス将軍にも彼なりの考えがあるらしい。まあ常識的に考えるなら、王国に魔族が居座ってるなんて信じられないよな。
「例えば、将軍の脚を攻撃したマティアスという魔族。あいつは人間の姿をしていた」
「『人間の姿をする』と『人間を偽る』は似て非なるものだよヨウ殿。モーガンは人間としてふるまっている。私のスキルに怯え、魔法を使わず人を殺さない。仮に奴が魔物だとしたら、あまりに不自然すぎる」
むぅ……。
思ったより脈がないな。もっと飛びついてきてくれるかと思ったが、当てが外れてしまった。
「……しかし、だ」
ん?
「奴が奸臣として陛下を、ひいてはこの国を困らせているのは間違いのない事実。あるいは、魔族など足元にも及ばないほどに……悪事を働いていると言ってもいい。邪悪そのもの」
言葉に怒気を孕ませるアレックス将軍。そのあまりの気迫に、俺は少しだけ背筋が凍る思いをした。
アレックス将軍は立ち上がり、腰の剣を抜いた。
「たとえモーガンが人間であろうと、この剣で切り伏せてくれる」
どうやら、内心では相当この話に食らいついていたらしい。いやむしろ、この様子では飛び出していきかねない。
だが、それはまずい。
「将軍、落ち着いてください。俺も同じ気持ちです。でも、このまま突っ込んでいったら……俺も将軍もただの犯罪者です」
「確かに、戦争強硬派はモーガン一人ではない。その筆頭である奴を殺してしまえば、他の連中が黙っていないだろう」
「……そいつらはモーガンの仲間なんですか?」
「仲間、というには少々語弊があるかもしれないな。モーガンが金で買収したらしい、国の魔族対応に不満を持っている貴族たちだ。あまり現場を理解していないゆえに、強硬な手段を訴えたくなるのだろう……」
「…………」
元々存在した強硬派の貴族たち。モーガンはそいつらに金をばらまいて、盟主になったということか……。
たしか、紫の謀略王クレーメンスは、人間との戦いにおいて捕えた捕虜を身代金で解放していたはずだ。モーガンの潤沢な資金は……ひょっとするとその身代金から来ているのかもしれない。
「考えましょう。どうすればいいのかを」
アレックス将軍はいったん剣を抜き、再び椅子に座った。
「まずは陛下にこの件を伝えないと……」
「しかし陛下はモーガン公爵によって面会謝絶状態。難しいぞ、ヨウ殿」
「タイミングが悪いですね。奴が戦争に負ける前なら、いくらでも話す機会があったのに……」
だが、嘆いたところで仕方ない。陛下とまともに話ができない、という事態はもう起こってしまったのだから……。
「将軍でも陛下に会えないんですか?」
「玉座の間で定期的に開かれる報告会でなら顔を合わせることができる。ただ、あくまで顔を確認する程度の距離だ。とてもモーガンの目を挟んで耳打ちすることなどできない」
それは厳しいな。
モーガンの前で陛下に魔族の件を伝えるのは自殺行為だ。
……つまり、このままモーガンのもとへ突っ込んでいくしか方法はないのか?
……いや、待てよ。いっそのこと……。
「ヨウ殿、何か思いついたか?」
「……俺に考えがあります。少し荒っぽいですが……」
こうして、俺たちは運命の日に向けて念入りに打ち合わせを行った。