最後の審判
多くの仲間に助けてもらった。
仲間でない者たちからも力を借りた。
犠牲は払った。そして今少しでも時間を浪費すれば、新たな犠牲者が生まれてしまうかもしれない。その気持ちが、俺の足を前に進めた。
そして俺は、とうとうここにたどり着いてしまった。
白い床を走り抜けたその先には、一つの部屋があった。
人工的に造られたレンガ質の壁と柱。吹き抜けの先には、街路樹のように綺麗に並んだ木々が見える。
柔らかな風の流れるその場所は、かつてアースバイン帝国で玉座の間と呼ばれていた場所に類似している。
だが、まったく同じというわけではない。
部屋の上部、柱の上。すなわち本来であれば天井となっているその場所には、数えきれないほどの棚があった。そこに置かれているのは本でもなければ美術品でもない、水晶だ。
一個、二個ではない。おびただしい数の水晶。
俺はこれを知っている。鑑定スキル、〈叡智の魔眼〉がその正体を教えてくれるからだ、
これは、魔具〈追憶の水晶〉。映像を記録するための水晶だ。
俺の顔。
イルマ型人造魔王の顔。
カルステンの顔。
刻一刻と映像を変えていく水晶。かつて〈グラファイト〉を制するために戦い、そして散っていった並行世界の住人たち。
創世神が過去の映像を記録していたように、奴もまた攻略に余念がなかったということか。
小さな棚に所せましと飾られた水晶は、まるで昆虫か何かの卵を見ているかのようで気持ち悪かった。
そしてその部屋の中央に立つ、一人の人物。
「ようこそ、創世神の使徒、藤堂陽君」
灰色の鎧、灰色の兜、全身を鋼鉄で覆った人間。
身に着けているのは〈断絶の鎧〉。あらゆるスキルを無効化する、最強の鎧だ。
手には見慣れない大剣を持っている。一体どのような力を持つ武器なのだろうか?
かつてカルステンの記憶で見たことのあるその姿。俺は知っている。この人物と戦うために、今日、ここまでやってきたのだから。
彼の名は、皇帝アースバイン。
〈グラファイト〉に勝利し、神になる権利を得た皇帝。
俺の長い長い物語における、最後の敵。
その姿を肉眼で捉えることができて、俺は何とも言えない気持ちがこみ上げてくるのを感じた。
感動? 怒り? 焦燥?
分からない。いろいろな感情がごっちゃになってるんだと思う。
いつまでも無言でいるわけにもいかない。
「やっと、ここまでたどり着いた」
今までの苦労を思い出す。
「あの日、人造魔王にこの身を貫かれて以来、俺の時間はずっと止まったままだ」
「…………」
「俺は失われたあの日を取り戻し、正しいエンディングを迎えたい。そして死んでしまったクラーラを、生き返らせたい! そのためにお前を倒すっ!」
剣を抜き、皇帝へと向ける。彼はそんな俺の仕草に全く動じることなく、ゆっくりとその口を開いた。
「僕はね、神になりたいんだ」
そう、言った。兜で覆われたその顔から、表情を推し量ることは不可能だ。
「生前? って言ったらいいのかな、まだ〈グラファイト〉が始まる前の僕の話ね。いろいろやったけど、何もかも順調だった。国を大きくして、技術を発展させて、領地を広げて…………。正直、やり切った感はあったね」
「魔王イルマとは戦ってなかったんだろ? それでゲームをクリアした気分になってた、ってのはおかしな話だな」
「それも時間の問題。先が見えちゃったんだよね。君も見たでしょ? あの人造魔王を。あれだけ用意出来たら、間違いなく世界征服できちゃう」
まあ、そうだな。
人造魔王、特にイルマ型は脅威過ぎる。シャリーさんがすでに3体用意していたけど、あれでも世界征服には十分だ。
〈グラファイト〉にはいろいろな制約があった。おそらくカルステンもアースバインも、人造魔王作成に関する枷が存在したんだと思う。
ただ単に世界征服をしても神にはなれない。アースバインにはアースバインなりの戦いがあったということか。
「ずいぶんと傲慢だな。いろいろな人を犠牲にして、それでも叶えたい願いなのか? お前の力は、もっと別のことに役立てるべきなんじゃないのか? お前を想ってくれている人のことを、考えたことはあるか?」
「シャリーは僕がいれば幸せだ。でも僕には傍にいてくれて幸せになるような人はいない。だったら、僕は僕自身の幸せを追求しなくちゃね」
なるほどな。
言いたいことは分かった。
要するにこいつは我がままなんだ。根っこのところはカルステンとそう対して変わらない。
ただ、こいつの場合は『神』とかそういう壮大な単語が入ってるから、なんとなく偉人とか哲学者っぽい雰囲気が出てるだけ。
「俺は、お前の寂しさをいやすためにここにいるわけじゃない」
俺は話をするためにここに来たわけじゃない。
こうしている間にも、俺の仲間たちが人造魔王と戦っている。いつ、命を落としてしまうか分からない危険な争いだ。
時間は迫っている。
「今すぐ神の座を捨て、創世神に降伏しろアースバイン」
こんなことを言ってなんとかなる人物じゃないことは十分知っている。これはただ、テンポを整えるための決まり文句だ。
少しだけ沈黙を続けたアースバインは、すぐにその両手を広げ、高らかにこう宣言した、
「勇敢なる創世神の使徒よ! よくぞここまでやってきた。今、神の名のもとに、このアースバインが審判を下そうっ!」
大仰な動作は、自分自身を酔わせるためなのかもしれない。ただ、今、このクライマックスとも呼べる戦いの前座としては、確かに相応しい姿ではあると思う。
「君を倒し、僕の人としての人生は終わりを迎える! これは裁判だ! 世界が僕を認めるか、創世神を認めるか!」
俺は駆け出した。
アースバインは剣を構えた。
こうして、俺の〈グラファイト〉は最終決戦へと突入した。