弱いことは、罪
俺は走っていた。
後ろからは戦いの音が聞こえる。バルトメウス会長、パウル、クラーラ、シャリーさん、クレア、藤堂君、アレックス国王。俺の仲間たちは、立派にその役目を果たしてくれた。
だが、それでもなお……足りなかった。
「……っ!」
背後に迫りくる殺気を無視できず、俺は走るのを止めた。
人造魔王は未だ俺を追いかけてきている。仲間たちだけで50体を受け持つのは、どだい無理な話だったのだ。
その数、約15体。
ここに至ってはもはや逃げるなどという選択肢はない。背後から致命傷を受ければ、そこで一巻の終わりだからだ。
俺は剣を構えた。
長引けば、それだけ不利になる。
イルマ型人造魔王はイルマに近い実力を持つ強者だ。そんな奴を数人相手にして、無事で住むはずがない。
誰もが、死の危険をはらんでいる。皆を助けるためには、一刻も早くアースバインのもとへとたどり着かなければならない。
だからこそ、皆を犠牲にしてでも俺が前に進むのがベストだった。追いつかれさえしなければ、今でもきっと走っていただろう。
「…………」
俺。
人造魔王たち。
一触即発の空気が流れた……その瞬間。
突如、突風が間をすり抜けた。
スキル、〈風流の牙〉だ。
「……? なんだ?」
仲間たちは遥か後ろにいるはず。なら一体誰が、このスキルを放ったんだ?
「弱いことは、罪だ」
ふと、声が聞こえた。
「だから俺は許せなかった。不甲斐ない結末を迎えた、俺自身の無様な姿が」
振り返ると、そこには俺がいた。
俺と全く同じ顔を持った男が立っている。一瞬、鏡か何かが出現したのではないかと疑ってしまう。
だが、冷静に考えてみてすぐに分かった。この口調、俺と同じ容姿。そうだ……こいつは……。
「仮面の……男」
前回のヨウ、すなわち仮面の男だ。もっとも、今は仮面を付けてはいないが。
俺がオリビアと激戦を繰り広げていたあの日、別の場所で人造魔王と戦いそして殺された……創世神の使徒。
「お前は、死んだんじゃなかったのか? 創世神の力で元の世界に戻ったって聞いたんだが」
「創世神は最後の力を振り絞り、俺をここに再召喚した。奴にしても今ここが正念場だ。少しでも勝率を上げるためといったところか」
創世神が、召喚?
呼び出せるのは前回のヨウだけという話だったはずで、彼は前々回のヨウだ。よほど無理をしているに違いない。
それでも創世神がこいつを呼び出す理由は分かる。俺を応援し、〈グラファイト〉での勝敗を覆すため。
気になるのは……。
「お前が、俺を助けてくれるのか?」
「ふっ……」
何を言ってるんだ、とでも言いたげに仮面の男は笑った。
「俺は先輩だぞ? 少しぐらい、かっこつけさせてくれ」
一度死んだということもあってか、前の世界で出会った時よりも話しやすい印象だ。
「俺は自分勝手で、イルマを倒すことしか考えてなかった。お前の事を無視して悪かったな。今度は、一緒に戦おうじゃないか」
こいつ……。
初めから、そうやって優しく声をかけてくれれば良かったんだ。変にかっこつけて、俺が倒すとか最強を証明するとか、馬鹿なことにこだわってさ。俺がどれだけ苦労したと思ってんだよ。反省しろ。
なんて、軽口叩ければ良かったんだけど……そんな心の余裕なんてなかった。
「行ってこい主人公! 雑魚は俺みたいなモブキャラに任せておけっ!」
「死ぬなよ、モブキャラ!」
仮面の男は剣を振るいスキルを放った。
俺は駆け出した。
ヨウが走り去ってから、すでに数分が経過した。
前回のヨウ――すなわち仮面の男は片膝をついた。
「……ちっ」
戦いは熾烈を極めた。
しかし、自分の力は目の前の人造魔王たちに追いつけなかったらしい。そしてそれは、事前に予想できていたことでもある。
かっこつけただけだ。
仮面の男は〈青糸刻印〉を受け継いでいる。そして精霊剣も扱うことができる。この世界基準でいうなら、紛れもなく強い方だ。
そして気合も十分だった。だがそのようなことだけでなんとかなるのであれば、そもそも前回の世界で人造魔王に殺されることもなかっただろう。
思いだけではどうにもならないことがある。
しかしだからと言って、諦めるわけにはいかないのだ。
「……たとえ、この身が砕けようとも」
剣を杖にして、ゆっくりと立ち上がる。
「あの日の雪辱を晴らすためなら……俺はっ!」
鈍い動きを待ってくれるような情のある敵ではない。すでに5体の人造魔王が立ち止まったままの自分に飛びかかり、その牙を突き立てようとしている。
どうすれば、こいつらを振り払えるか。
瞬時に思考をまとめ、打開策を執行しようとした。
だが、その動きは空振りに終わってしまった。
眼前の人造魔王が、吹き飛ばされたからだ。
「なっ……」
予想外の光景に動きを止める仮面の男。
そこには、一人の少女が立っていた。
水色の髪を持つ美少女。彼女の名前は――
「オリビア……」
この世界のオリビアではない。
前回の世界、すなわちヨウと一緒の世界で過ごし、最後は彼によって殺されてしまったあのオリビアだ。
「……創世神か。無茶なことを……」
何事か、と一瞬思いながらもすぐに正解へとたどり着いた。要するに自分と同じだ。ヨウを助けるためにと、ここの召喚されたのだ。
この強さ。おそらくオリビアとしての覚醒時と同等の能力を得ている。
「何をしにここに来た?」
棘のある言い方であるのは理解している。だが、彼女はカルステンの使徒として幾多の魔王を殺した存在だ。間接的な敵、と言っても差し支えない関係だったのだから、こうして一緒に戦うことはあまりいい気分でなかった。
「お兄ちゃんに、いっぱいいっぱい迷惑かけたの」
なるほど、と仮面の男は納得した。
どうやら現世にいた頃よりも頭が回るらしい。死んで自分の犯した罪を思い出したのだろうか? あるいは、創世神に真実を教えてもらったか?
「お兄ちゃんは私が守るんだって」
「ふっ、今更善人面か? お前のおかげでどれだけヨウが苦しんだのか知ってるか?」
「…………分かってる。でも」
オリビアは泣きそうに顔を歪めた。
「償いが、したいの!」
そう、強く気高く主張する彼女のまなざしを見て、仮面の男は一瞬だけ我を忘れてしまった。
彼女は自分と同じだ。
前回の世界で失敗を後悔し、創世神に機会を与えられた存在。
絶対にヨウを裏切らない強者。
ならば、文句を言うわけにもいかない。
敗北は罪。仮面の男には、他者を罵るだけの正当性など存在しない。
「口だけなら何とでも言える。アイツの役に立ちたいなら、その手と足を使って敵を食い止めろ! 俺も手を貸す!」
「うんっ!」
心強い味方を得た。
これならば、たとえ15体の人造魔王相手でも十分に足止めが可能だ。
(俺は大丈夫だ。だからお前も……早くあの皇帝を倒して戻ってこいっ!)
遥か遠くを走る『もう一人の自分』へ祈りながら、仮面の男は人造魔王へと飛びかかった
作者の妄想読者「うおおおおおおお、ここであの仮面の男登場! 作者さんすげぇ! 名采配! 感動で涙が止まらん!」
現実の読者(少数)「仮面の男? 誰だっけそいつ? えーっと、人物紹介は……と」
現実の読者(大勢)「…………」(←もうそろそろ終わりそうだしとりあえず読む。キャラわかんなくても読む!)
こんな感じなのかなぁ、とぼんやり妄想。
人物紹介はその二をご覧ください。