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足止め(後編)


 クラーラたちはひたすらに走っていた。


 背後でパウルが死闘を繰り広げている。そして、彼をおいて人造魔王が40体ほどこちらに迫っている。

 このままでは追いつかれる。またしても、誰かが足止めしなければならない。


「行って、私が引き留める」


 クラーラは〈アルケウス〉を起動した。精霊の力を一点に凝縮し、レーザービームのように放つことができる技だ。

  

「クラーラ、死なないでくれよ」

「あなた、私のこと馬鹿にしすぎ。これでも魔王なんだよ? 早く行って」


 クラーラが気になって仕方ないのか、何度もこちらを振り返るヨウ。そんな彼に手を振り見送った。


 ヨウは不思議な人間だ。

 出会いは最悪だった。グルガンドの裏通りで、言い争いをしたことが懐かしい。

 でも、最悪だったはずのあのやり取りが、今や尊い思い出の一つになっている。

 彼の手助けをすることに、何のためらいもない。

 

 クラーラは腰に下げた大剣を構えた。今日、この日のためにヨウを経由して手に入れたものだ。


「――アクセル・コンバート・エクスプレッション」


 その名は、精霊剣。

 〈大精霊の加護〉を持つクラーラであれば、ヨウと同じようにハイレベルなスキルを無尽蔵に放つことができる。

 こういった有用な武器を今まで手に入れることができなかったのは、ひとえにクラーラの交渉力不足のせいである。


 思えば、クラーラは口だけだった。

 人も魔族も平等、自由とうたいながら、実際に交流を持とうとはしなかった。争いに介入することはあっても、政治的な会談を開くこともなかった。

 建前だけで、人は動かない。空虚な妄言は、相手に疑いの目を向けられるだけ。

 クラーラはずいぶんと遠回りをしていたのだ。その過ちに気づかせてくれたのは、ヨウだ。


「私は、私が大好きな人のために戦う」


 彼の助けになると思うと、胸が熱くなった。彼からもらったこの剣を握ると、勇気が沸いてきた。

 そう、これは恋。

 愛する人のためなら、自分の何倍もの力を持つ敵と戦える。


「お前たちに、あの人を傷つけさせない」


 精霊剣を持つクラーラと、人造魔王が激突した。



 アースバインの英霊、シャリーは人造魔王たちを足止めするため走るのを止めた。


「お姉ちゃん」

 

 隣にはクレア。精霊剣を構え、妹と一緒にここで人造魔王と戦うつもりらしい。


「できるかな、あたしたちに?」

「できます。やらなければならないんです」


 シャリーは杖を握りしめた。


「陛下は間違っている。そのことを証明するためにも、ヨウさんを送り届けなければならないのです」

「そうよね、陛下おかしいもんね。あの日から、ずっと……」

「…………」


 シャリーはその手を伸ばした。

 異空間に己の手を入れているのだ。 

 

 魔具、〈隠れ倉庫〉。

 魂の崩壊という危機を逃れ、リービッヒ王国で自由な時間を過ごすことのできた彼女は、ヨウのように有用な魔具を探し当てた。

 収納系の魔具だ。中から取り出すのは、戦いのためにと用意していた……決戦兵器。


「シャリー、それ……」

「行きなさい」


 空間から現れたのは、イルマ型人造魔王。


 魔王イルマがリービッヒ王国に侵入した時点で、シャリーは人造魔王を作る準備をしていた。ヨウが戻るまで暇そうにしていたイルマから体液を入手し、それによって人造魔王を作り出したのだ。

 だが、体液を手に入れてからここに来るまでの期間があまりに短すぎた。そのおかげで、完成したのはたったの5体。時間があれば、もっと多く量産できただろう。


 クレーメンス型の人造魔王も用意しているが、戦力としてはやや頼りない側面がある。こちらは4体だ。


 クレーメンス型は霧状の体を使い、そしてイルマ型は拳を振りかざし、迫りくる人造魔王を足止めした。


 引き受けた人造魔王は、15体。


 真向から激突すれば、おそらくすぐに倒されてしまうだろう。シャリーの目的は時間稼ぎだ。倍以上の数を倒すことは難しいから、これは当然の帰結。


「アクセル、コンバート、エクスプレッション!」


 クレアの精霊剣が光る。彼女は人造魔王の援護に回ろうとしていた。

 戦いが始まる。

 

「陛下……」


 シャリーは祈るように杖を掲げた。

 その思いが、遥か遠くにいるアースバインへと届くように。



 藤堂は背後を見た。

 シャリーとクレアは多くの人造魔王を引き付けてくれた。しかしそれでもなお、20体程度の人造魔王がこちらへ押し寄せてきている。


「じゃあ、次は俺の番ですよね。先輩」

「藤堂君っ!」


 立ち止まり、敵を足止めしようとしていた藤堂だったが、ヨウにその手を掴まれてしまった。


「君は無理しなくていいんだ! 俺はこのまま走って逃げ切って見せるから、あっちにいるシャリーさんやクレアと合流して、手伝ってやって欲しい」

「先輩、俺のこと馬鹿にしてますよね?」


 今まで、ずっと分かっていたこと。


「ずっと分かってたんです。魔王とかアースバインの英霊さんとかに比べて、俺ってだいぶ見劣りするじゃないですか? 自分では頑張ってるつもりだけど、全然追いついてない」

「そ、それは……。た、確かにきつい言い方をすればそうなるが……」

「俺だってあんたと同じヨウなんですよ! 少しぐらいかっこつけさせてもいいじゃないですか!」

「いいではないか、ヨウ殿」

 

 ヨウの肩を叩いたのはアレックス国王だった。


「私も、そして彼も君を助ける一人の戦士だ。自分の後輩を思いやるのは分かるが、ここは私たちに任せて目的に専念してもらいたい」

「…………」


 ヨウは顔を伏せた。

 

「すまない……君を思いやるだけの余裕は、もうないんだ。許して欲しい」

 

 ヨウは駆け出した。もはやそこに迷いはなかった。すべてを犠牲にしてもなお、果たすべき目的のために突き進む。


 残された藤堂たちのもとに、人造魔王が迫ってくる。

 

 藤堂は弱い。

 魔具は持っていない、スキルは〈ゆで卵〉と、素人に毛の生えたような攻撃防御系スキル数個。精霊剣は持っているが、ヨウやクレアレベルの適性には到底及ばない。

 しかし、それでも――


「弱くて、力がなくても」


 譲れないものがある。

 

「絶対にここを食い止めて見せる」


 手に力を入れた。


「――〈ゆで卵〉っ!」


 藤堂は人造魔王にスキルを使った。ヨウからこの手のスキルが効かない、という話は聞いていたが、試さずにはいられなかった。


「…………」

 

 やはり、まったく効いていない。すでに近くにいたはずのアレックス国王は人造魔王たちに肉薄し、激戦を繰り広げている。

 ああ……やっぱり役立たず。

 藤堂は己の力に悲観し、涙すらも浮かべていた……。

 その瞬間。


「……っ!」

 

 人造魔王の腹が爆発した。


「き……効いたっ!」


 〈ゆで卵〉が、なんと人造魔王に通用してしまったのだ。足止めしているアレックス国王と、ずっとスキルを使い続けていた藤堂。二人のコンビネーションがあって初めて生み出された奇跡であった。


 〈モテない〉スキルを迷惑がっていたヨウ。

 〈ゆで卵〉スキルを立派に活用していた藤堂。

 

 ヨウと違い、藤堂は己のスキルをひたすらに使用し、鍛え上げた。その努力が、本来は無効であるはずの人造魔王へと効果を発揮させてしまったのだ。


「先輩、俺もやればできるみたいです」


 すべての人造魔王へスキルが通用したわけではない。おそらく、素早く遠くに動きまわっている一部の敵は、スキルの射程圏外へと出てしまったのだろう。

 だが、それでもスキルが効いたことは良いニュースだ。


「ここで、伝説を残してやるんで、後で自慢話聞いてくださいね」

「いい心意気だ。次世代の王にふさわしいね」


 未だ腹部が焼け焦げたままの人造魔王へ、藤堂は突撃した。

 アレックス国王は魔具〈絶壁〉を幾重にも張り巡らせ、魔王たちの行く手を阻む。


 もはやヨウは一人だけ、ここより先はない。

 できるだけ多くの数をここに留め、それが無理であれば時間稼ぎを行う。

 

 勇者藤堂の伝説は、今、ここで始まるのだ!


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