ぴこーん、と閃く
次に目を覚ました時、俺は見知らぬ場所に立っていた。
おそらくは街道だろう。人は誰もいないが、草原の中央に簡素に踏み固められた土の道が続いている。
俺、異世界に到着!
と、言っても、今のところはただの街道にいるだけだ。文明レベルが中世でも、現代の田舎の小道とそう変わらないだろう。建物も見えないから判断しようがない。ただ、森や草の植生は元の世界とそれほど変わらないように見える。
ここがどういう異世界なのかというのは多少気になる。でも今一番確認しなければならないのは、本当に、あの罰ゲームのような迷惑スキルが俺に付与されてしまったのだろうか?
確かめなければ、と周囲を見渡して……ターゲットを見つけた。
どうやら旅人のようだ。長い髪に少しだけ膨らんだ胸。明らかに女性。マントを身に着け、腰には護身用と思われる短剣を巻き付けている。
チャンス。
「あ、あの、すいません!」
「はい?」
ファーストコンタクト成功。どうやら、日本語が通じる世界らしい。
「道をお尋ねしたいのですが」
ゆっくりと近づいていく俺。すると、見る見るうちに旅人風の女性に変化が生じた。
「……おえっぷ」
旅人さんは口を押え、えずきながら遥か遠くへと逃げていった。嫌われる、を通り越して吐き気すらも引き起こしてしまう。俺の『モテないレベル956』はそういうスキルらしい。
も、戻ってこない……。どうやら相当に嫌われてしまったらしい。
ま、まあ……宣告されてたから多少はショックも軽減かな。
はぁ、モテないのかぁー。女の子と仲良くできないのかぁ。
これじゃあハーレムは無理だな。俺は聖人君子として欲望を捨て生きていくというもの……悪くない? いやーでもちょっと期待してたんだよなそういうの。
女の子には逃げられるし。このネコちゃんで癒されるとするか。
草原を歩いているネコたちがいた。そのうちの一匹と戯れることにする。
「おいで~、おいで~、ネコにゃーん」
「にゃああああああああああああああああああああああ」
ネコがものすごい勢いで逃げていった。
ちょっと勢いよく近づきすぎてしまったか。俺も癒しを求めてがっつき過ぎてしまったようだから、今度は少し慎重に。
「ネコちゃーん、怖くないよぉ。モフモフさせてくれないかな?」
「にゃあああああああああああああああああああああああ」
と、ネコちゃんが猫のくせに脱兎の如く逃げ出した。
あれ?
何かおかしくない? これ? そりゃ野生のネコだから、多少人間不信なところもあるだろうけどさ。あんな悲愴な悲鳴を上げる必要なんてなくね?
……これは。
俺は三匹目に近づいた。
「にゃああああああああああああああああああっ!」
予想通り、逃げ出すネコ。
あれは雌ネコ。去り際に股間のあたりを確認したから間違いない。
ここにきて、俺は気がついてしまった。
お、俺……動物の雌にまで嫌われてるじゃないか。なんだこのスキル? 俺、異世界で成り上がりでチートでハーレムなんじゃないのか? 新手の俺いじめ?
落ち着けー、落ち着け―。
…………。
みなさんっ!
美少女エルフとか美少女奴隷とか獣っ娘とイチャイチャしたいなんて、心が歪んでいませんか! あなた方のスケベで邪な欲望には本当に呆れてしまいますっ! そんなに女の子が大切ですか? 俺はとても悲しいですっ!
ふっ、それに比べて花はいい。
モテるとかモテないとか、そんな俗物的な気持ちから解放される。何も美しいのは女の子だけじゃない。俺の穢れた心を癒す清涼剤。
と、花に近づいた俺は気がついた。何か違和感がある。美しい花弁の中央部、やや膨らんだ部分が茶色く変色していたのだ。
めしべだ。めしべが枯れてる。
あの花も、この花も、俺の近くに咲いてる花、みんなめしべが枯れてるっ!
嘘……だろ? 俺の力は動物どころか植物まで影響を及ぼしてしまものすごいスキルらしい。
こ、こんなチートいらない。
「うわああああん」
俺は泣いた。
泣きながら街道を走った。
っていうか、どうするのこれ?
女の子が逃げ出しちゃうって、どうやって生活しろっていうの? 世の中、二分の一は異性なんだぞ?
俺……この世界で生きていけるの?
すさまじく女の子に嫌われているわけだが、人と接触しないことにはこの世界で生きることなんてできない。
街道を歩いた俺は、どこかの街へとやってきた。
レンガや木によって建てられた民家。コンクリートやら鉄筋のような現代風の建造物は見当たらない。
かなり遠いが城も見える。どこかの国の首都か、そうでなければ有力貴族の所領といったところだろう。
文明レベル中世、剣と魔法のファンタジー風の世界。それが異世界〈アルカンシェル〉の第一印象。
人の多い街道で、露天商たちの客引き声が響いている。歩いていると近くにいる女性たちが露骨に顔を青くする。ほんと、勘弁してほしい残念スキルだよこれ。
どうやら、俺のスキルは空気中に霧散して相手に影響を及ぼすらしい。フェロモンみたいな感じなのかな。
効果範囲は約5メートルといったところか。近くに遮蔽物があればこの範囲は格段に短くなる。
フェロモンってことは、ローブや鎧みたいなものを身に着ければ少しは防げるのかな?
何をするにしても、仕事を探さないとな。日本語通じるから、何とかなりそうではあるんだが。
と、冒険者ギルドでもないのかとキョロキョロしていた時に、路地の一角が騒がしいことに気がついた。
集まる観衆たちの中央には、女がいた。
「大の男が寄ってたかって、あたいみたいなか弱い女に勝てないのかい。ほんとにキンタ〇ついてんのかねぇ」
「誰が弱い女だよ。大男十人の腕をへし折っておいてそりゃねえぜ姉さん」
ゲラゲラと笑う観衆。親指を立てる女戦士。近くには立札が掲げてあり、『腕相撲、勝てたら金貨二枚』と書かれている。
どうやら、力比べをやっているらしい。周囲には腕をさすりながら涙を流している大男たちがいる。
いやいや、あんなムキムキマッチョの女、絶対誰も勝てるわけないよ。俺が三人いて奇襲を仕掛けても絶対に勝てないよ。
あ、いや……待てよ、これ……。
ぴこーん。
俺、閃く。ちなみにさっきの『ぴこーん』は閃きの音。
「その勝負、俺も参加していいだろうかっ!」
遠くから叫ぶ大声で叫ぶ。女戦士は俺の姿を見て笑った。
「威勢がいい兄ちゃんだね。気に入った、かかってきなっ!」
二つに割れる観衆。一歩ずつ、前に足を進めていく俺。
「さあ、始めるか」
腕相撲のために、右手に巻いていた布を取り払う。
もうこの時点で、女戦士は死にそうな顔をしていた。その強靭な精神力で気分の悪さを抑え込んでいるのだろう。しかし俺の迷惑スキルは確実に彼女の体を蝕んでいた。
腕相撲の結果は、俺圧勝。力を入れるまでもない。戦闘不能状態である女戦士の腕には、申し訳ない程度にしか力が込められていなかった。
「体調が悪そうだったが、大丈夫か?」
「い、いや、体調悪かったなんて言い訳はしないさ。あんたはあたいに勝ったんだ。ほら、受け取りな」
げっそりとした表情のまま、硬貨を指ではねる女戦士。
金貨二枚ゲット。
俺はこの世界の通貨価値を良く知らない。しかしこれだけ大男が群がって腕相撲を求めるということは、この金貨二枚というのはそれ相応の価値があるのだろう。とりあえず今日明日は食べるものに困らないっぽいな。
気分がいい。
この時、俺は思ったのだった。
『あれ? このスキルって……少しは使えるんじゃないか?』って。
そう、俺はこの時……気づき始めてしまったのだ。
この最強チートスキルの、正しい使い方を。
こう、頭の上に光る豆電球がビコーンっと出てくるようなシーンが伝わってますでしょうか?