魔王たちの介入
俺たちに代わり人造魔王と戦うこととなった魔王イルマ。
しかし、相手となる人造魔王は、五体満足ではない。俺たちの攻撃を受けて、大分弱っている印象だ。
「グ……ググ……」
怒るような叫び声も、今や瀕死のうめき声のような感じになってしまっている。しかしそれでもまたまだ十分戦えるレベルなので、すぐさま眼前の敵に向けて構え直している。
そして、戦いが始まる。
魔王イルマは一瞬にして人造魔王へと接近し、その顎を蹴り上げた。
強烈な一撃。
空中へと舞い上がった人造魔王の体は、同じく飛び上がった魔王イルマによってボコボコにされる。休む間などない。右に、左に、まるで左右の壁に当たって跳ね返っているかのように殴られていた。
「どうしたどうした、その程度か? 私の真似をして作られたんじゃなかったのか? あまり失望させるなよ!」
もとより、俺たちとの戦いによって弱り切っていた人造魔王だ。おまけにイルマの初撃で左腕を失っている。今更最強のイルマを倒せるほどの力が残っているとは思えない。
戦い、と呼べるのは最初だけだったと思う。いつしか人造魔王は動くことすら止め、なすがままされるがままにイルマの攻撃を受け入れていた。
魔王イルマの打撃をもろに受けた人造魔王は、最後の力を振り絞って彼女から遠ざかった。ボロボロの体は、草の生い茂った地面に投げ出されそして――
「これはこれは、なかなか悪趣味な作り物ですね」
傷ついた人造魔王を受け止めたのはマティアスだった。眉を歪め、唇を引きつらせている姿は怒っているようにも見える。
「このようなまがい物に止めを刺したとしても、私の溜飲は下がりませんが……。まあ、我が至高の主を貶めるこのような物が許されるはずがありません。私からの怒り、ということで……どうかご覚悟を」
マティアスは人造魔王の体を持ち上げ、宙に投げ飛ばした。
風スキルを纏わせたマティアスの手刀が、イルマ型人造魔王の首を切り裂いた。
そして――
「はっ」
マティアスが吹き飛ばした先には、エグムントが控えていた。
「おいおい、俺の分も残せよな。気が利かねぇな、お前らは」
首だけになった人造魔王を掴みながら、エグムントはこんなことを言った。
「こいつぁ誰が作ったんだ? 俺にも暇つぶしに用意して欲しいんだが。イルマの奴なら喉から手が出るほど欲ぃぜ」
「なんだエグムント、私のことが好きなのか? 気持ち悪い奴だな」
「最近は暇だからな。俺の攻撃に耐えられるサンドバックが欲しかったんだがよぉ。まあ、そううまくはいかねーわな」
残った人造魔王の首は、魔王エグムントによって粉々に砕かれた。小石一個程度の大きさすら残さない精密な一撃。灰のように細かい粒子レベルまで分解されたそれは、風に揺られて遠くへと飛んで行ってしまった。
強い。
これが、魔族の中でも最強クラスと称される者たちの力か。
人造魔王を、倒してしまった。
アースバインの使徒たる人造魔王は三体。
氷結王エヴァンス型人造魔王。
花弁王ロルムス型人造魔王。
そして、力王イルマ型人造魔王。
エヴァンス型はタターク山脈で俺が倒した。
ロルムス型は俺がボスティア迷宮に潜ったあたりでカルステンによって倒された。
そして、今、イルマ型はここにいる全員の力で倒された。
〈グラファイト〉の勝利条件は、七体の魔王を自身のパートナーが殺すこと。この時点でアースバインは、勝利条件を喪失したことになる。
そして同じ対抗馬であるカルステンはもはやいない。残っているオリビアにも、封印術が用意されている。
つまり、俺に敵はいないのだ。
俺は魔王イルマに何度負けてもいい。何度戦ってもいい。死ななければ、ゲームオーバーではない。再戦の理由をつければ、無限にチャンスがあると言っても過言ではない。
これまでの並行世界で、イルマ型人造魔王が倒されたことはなかった。これほどまでに都合よく、全員一丸となってアースバインの使徒と戦った試しはない。カルステンが、パウルが、シャリーさんが、どこかで俺を妨害し、時には死に至らしめることすらあった。あのバルトメウス会長やクラーラにしても、まれにではあるが俺と激しく敵対する。
ここは奇跡の世界だ。歴代最強、前回のヨウである仮面の男すら成し得なかった好条件を天俺は整えてしまったらしい。
いよいよ、俺の勝利は目前だ。
「邪魔が入って悪かったな、魔王イルマ。勝負は数日後、ってことでいいか?」
「問題ない。お前が逃げないよう、マティアスを監視役としてつけておくから、余計なことを考えるなよ?」
「俺は逃げたりしない」
再戦の約束。
俺は必ずイルマに勝利して見せる。そして、あの世界で失ってしまったクラーラを……。
近くに迫った決戦の日を思い描いていた……その瞬間。
「なっ!」
――世界が、闇に染まった。
エグムントのそば、つまりさっきまでイルマ型人造魔王いた場所を中心に、まるでブラックホールのような黒い球体が発生した。
球体はすさまじい速度で膨張し、周囲を暗い闇の中に包み込んでいく。
「な、なんだこれは!」
「体が……動きませんぞ」
黒い闇は俺たちを包み込み、その自由を奪い取っていく。突然の状況だ。あのイルマやマティアスですら逃れるタイミングを失ってしまっている。
闇が体を侵食するその中で。
俺は、意識を失った。