姉妹の絆
それは怒りか、あるいは覚醒か。
けたたましい咆哮を上げた人造魔王は、これまでの動きよりもさらに過激な反抗を開始した。
まずそのターゲットとなったのはクラーラ。
「……っ!」
しかし彼女には先読みスキル、〈大精霊の加護〉がある。とっさに体を後方にずらし、危機一髪で攻撃を回避した。
次なる攻撃目標は、アレックス国王だった。
繰り出される拳。これは、避けられない。
「アレックス国王っ!」
アレックス国王はまるで小石か何かのように遠くに吹っ飛んでいった。
この世界のアンデッドはさして強くない。人間では致命傷の一撃は、死者にとっても同様の効果をもたらす。いくら鎧でその身を固めた国王といっても、衝撃を殺し切ることはできなかったはず。
「…………ぐ」
生きている。国王は片膝をつきながらも、ゆっくりと立ち上がった。
「こ、国王! 大丈夫ですか?」
「……これのおかげで、何とかといったところか」
そう言って、鎧の中に手を突っ込む。
引っ張り出してきたのは、キラキラと輝く宝石のような粉。
あれは、砕けた〈身代わりの宝石〉?
ダメージを肩代わりする魔具だ。俺と同じように、体に巻き付けていたということか。
「私も、君と一緒だ」
苦しそうに息を漏らしながら、アレックス国王がそう言った。
「あの男に肉体を奪われ、記憶を継承したこの身であればこそ、取れる戦術はある。死にはしないよヨウ殿。私も武人だ。祖国を救った英雄に対し、恩返しがしたいのだよ」
「せっかく生き返ったんです。どうかその命を大切に」
この人はいつもそうだな。
昔、その身を犠牲にして俺を助けてくれたことを思い出した。
「く、これは」
「先輩、こいつ!」
まずい。
人造魔王は風のような速さで戦場を駆け抜けた。遠距離から攻撃していたパウルさんや藤堂君にまで攻撃が飛んでくる始末だ。
俺はすぐに彼らを助けるために介入した。まともに戦い合っては、すぐに殺されてしまうだろうと判断したからだ。
仲間は確かに頼りになる存在だ。だが、彼らに頼ってばかりはいられないというのも事実。
俺がやるしかない。
近接戦闘を意識し、再び人造魔王へと突撃しようとした……ちょうどその時。
「〈炎王の剣〉っ!」
背後から、スキルによる援護射撃が入る。
「シャリーさんっ!」
アースバイン皇帝の関係者として、これまでずっと攻撃を躊躇していた様子のシャリーさん。意を決して、俺に援護射撃をしてくれた。
「ごめんなさい。少し戸惑ってました」
杖――すなわち精霊剣を揺らしながら、そう答える。
「あなたには恩があります。たとえ陛下の人造魔王といえど、好き勝手にさせていいものではありません」
「大丈夫なのか? 俺に味方をするってことは、皇帝の敵に味方するってことだぞ? 見てみぬふりを、してくれてもいいんだぞ?」
「私は心の整理をつけなければならない。そうしないと、きっと陛下のもとにたどり着けないんです」
メガネの奥の瞳には、意思の光が灯っていた。
「シャリーさん」
俺は知っている。
この人は本当にアースバイン皇帝のことが好きだった。だからこそ自分自身が皇帝に殺されたことを知り、魂が砕けるほどのショックを受けてしまったのだ。
その決意は、人一倍。
彼女の心を無駄にしないためにも、俺は戦おう。
「えーいっ!」
同様にスキルが放たれた。氷によって人造魔王が遠のいていく。
「クレア」
ポニーテールを揺らしながら戦場に現れたのは、シャリーの姉であるクレアだ。
「あたしたちで、一緒に、陛下のところまで行くわよ」
「お姉ちゃん」
クレアは剣を、シャリーは杖を。互いに片手を握りながら、人造魔王に対峙する。
多くの並行世界で、魂が壊れて死んでしまうシャリーさん。
そんな彼女を慈しみ、凶行を止めようとしていたクレア。
すれ違っていた二人。
俺という存在が、二人の絆を結び付けたんだ。
シャリーさん、クレアを加えた俺たちの戦いは、苛烈を極めた。
そして――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
俺は再び人造魔王に肉薄した。
叫び声をあげる人造魔王は強かった。一度死んだオリビアのように、あらゆる面で身体強化がされている。
だが、俺たちはそれすらも凌駕した。俺の剣は今、人造魔王の拳と鍔迫り合いをしている。
しかも徐々にではあるが、こちらが押している。
俺は負けない。
人造魔王を倒し、この〈グラファイト〉を制してみせる。
「――〈カオス・ネット〉」
魔王クレーメンスの力を利用した、シャリーさんの疑似魔法。突如空中に出現した黒い網のようなものが、人造魔王へと降り注いだ。
網にかかった魚のように、人造魔王はその身を拘束された。そしてすぐさま抜け出そうと暴れ始める。
俺は人造魔王を剣で切り付けた。網に捕らわれた敵を攻撃することは容易い。
弱ってるな。
まだまだ侮れない存在だが、最初の時と比べずいぶん力も速度も落ちてきたように見える。俺たちの攻撃が効いてるんだ。
苦戦はした。だが、なんとか戦えるようだ。
流れは完全に変わった。
俺は多くの戦いを経験してきたから分かる。この流れはいい。最高だ。
俺は勝てる。絶対に勝てる。そう思いながら、再び奴へ攻撃を加えようとした……ちょうどその時。
突然、人造魔王の左腕が吹き飛んだ。
「……っ!」
何が起こったのか分からなかった。それほどまでに唐突な現象。緊迫した戦闘中であるはずの俺が、一瞬呆然としてしまう。
イルマ型人造魔王は己の無くなった左腕を見て、悲鳴にも近い叫びをあげた。
「面白いおもちゃと遊んでいるな」
人造魔王の背後に立っていたのは――本物のイルマだった。
掌底。
手のひらを突き出し、ただそれだけの力で左腕をもぎ取った。俺が剣で何度切り付けてもここまでは至らなかったのに、弱っていたとはいえそれを一撃で成してしまうとは……。
「ま、魔王イルマっ!」
人造魔王から飛びのいたイルマは、そのまま俺の隣へと降り立った。
「私との戦いに英気を養えと伝えたはずだが? お前の頭には休憩の二文字が存在しないのか? それほど戦いが好きなのか?」
「あんたに言われたくないな」
戦闘狂に戦闘好きを窘められるなんてな。今までの経緯を考えると、奇妙な光景だ。
「まあいい、私も混ぜろ」
そう言って、魔王イルマは負傷した人造魔王へと向き直った。