人造魔王の恐ろしさ
バルコニーを飛び出した人造魔王は、すぐさま城の外へと移動を開始した。
俺はそれについていった。正直、城の中で戦われてもこっちが困る。俺の部下たちに被害が及ぶからだ。
連れてこられたのは、城の近くにあった草原だ。
ここならば、あの場所では気になって使えなかった広範囲スキルを使用することができる。
まずは、準備。
――〈隠れ倉庫〉。
この収納系スキルは、異空間に必要なものを収納しておくことができる。かつてカルステンがそうであったように、俺もまたこいつを常駐させ、必要あれば武装する準備ができている。
〈断絶の鎧〉。
〈剛腕の手袋〉。
〈反射鏡〉。
〈跳躍の靴〉。
そして、〈降魔の剣〉と精霊剣は初めから持っている。
就寝中で軽装だった俺だったが、この魔具によってすぐ装備を整えることができた。
単純な勝敗を考えるなら、素直に助けを呼んだ方がよかったかもしれない。魔具を身に着けたアレックス将軍や、強化魔法を使ったパウルさんがいればかなり戦闘を有利に進められたと思う。
だが、俺はあえて彼らを呼ばなかった。それは勝率とかそういった冷静な判断を無視した、俺自身のわがままと言えるかもしれない。
「久しぶりだな」
「…………」
人造魔王は喋らない。
「俺とお前が会うのは初めてだ。でも俺は、お前の事を知っている。ずっと前、俺はお前に殺されたんだ」
「…………」
「逆恨み、みたいな感じなのかもしれない。お前に恨みをぶつけるのは。でも、アースバインは俺の敵で、その使徒であるお前は敵なんだ」
「…………」
「イルマ型人造魔王、か。どこまで、あいつと同じ強さなんだろうな。思えば、イルマと全力で戦いあったことなんてなかったからな。想像もつかないってのが正直な気持ちか……」
「…………」
イルマ型人造魔王が動き始めた。何のひねりもないパンチ。
単純な攻撃だ。
マティアスのようにスキルを纏わせているわけでもなければ、魔王エグムントのように身体強化をしているわけでもない。ただ拳を振るうだけ。
しかしその攻撃が、魔王イルマ……ひいてはそのコピーであるイルマ型人造魔王にとって最強なのだ。
〈大精霊の加護〉によってその攻撃を読み切っていた俺は、難なく回避する。
次は反撃。
まずは……。
俺は〈モテない〉を強化した。
イルマ型人造魔王はイルマのコピーだ。彼女に〈モテない〉が通用したなら、こいつにも通じる可能性がある。
が、これはで戦闘が終結させるほどのものではない。
かつて魔王イルマは、俺の〈モテない〉スキルに屈した。その事実は確かに存在する。
今にして思えば、あれは運が良かった。苦しむ魔王イルマと、それを心配する副官マティアス。二人の微妙なバランスと妥協で成立した、逃走劇だった。
もし、魔王イルマ一人だったのなら、苦しみを堪え迷わず俺を縊り殺していた。
マティアスの忠誠心が低ければ、イルマなど無視してそのまま俺を殺しに来た。
〈モテない〉は絶対のスキルではない。魔王を苦しめ、その戦闘力を著しく減少させることができるだろうが、あくまでそれだけだ。オリビアの時と同じように、最後に頑張るのは俺自身ということだ。
「…………」
人造魔王は苦も無く俺に近づき、再び戦闘行為を開始した。
動きも全く変化がないように見える。
どうやら、俺の〈モテない〉スキルは人造魔王に効かないらしい。奴は自然の生き物ではないからな。そういうものなのかもしれない。
まあ、これは予想通りだ。
「――〈大地の覇王〉」
スキル、〈大地の覇王〉は大地を隆起、崩壊させる広範囲スキルである。
人造魔王は大地の隆起に対応しきれず、地割れの奥深くに落ちて行った。
俺はすぐさま奴を追って走り始めた。高いところから落ちたぐらいで人造魔王が死ぬはずない。だが、体勢を崩した奴に攻撃を加えることは容易い。そういった判断があったからだ。
地面の割れ目から、足を蹴って飛び降りる。未だ落下中の人造魔王へと、剣を向けた。
「…………」
だが大地深くに落ちたことは、最強のイルマ型人造魔王にとって何とでもなる現象だったらしい。その脚力は空気を圧縮し、さながら地面に立っている時と同じような勢いを生み出した。
空中でジャンプしているようなものだ。
俺は、奴の動きに対応できなかった。腹部へともろに一撃をくらってしまう。
「ぐ、が……」
なんだ、これ。
いくつ身代わり魔具が砕けた? 最強鎧、〈断絶の鎧〉は紙か粘土が材質なのか?
そんなことを思えるぐらいに、激しい衝撃を感じていた。
俺は久しぶりに恐怖を覚えた。
ああ、そうだ。
こいつは、怖いんだ。
ずっと忘れてた。魔王イルマの恐ろしさ。
変に慣れ合って、自分が強くなって、それで忘れていた。雲の上の、俺の手に届かない存在。
吹っ飛ばされた俺は再び地面へと着地した。人造魔王もそれを追って地上へと戻る。
俺は……こいつに勝てるのか?
じりじりと、士気を削られているような気がする。俺は……このまま……。
暗い思考に頭を委ねようとしていたその時、第三者の気配を感じ取った。
「見つけたっ!」
どれだけ遠くに離れても、戦いが始まれば音が鳴り、空が光り、大地が揺れ、空気が震える。強者であればあるほどそれに気が付いてしまう。
後ろを振り返ると、そこにはクラーラたちが立っていた。
「こ、これは……陛下の人造魔王? まさか、100年前の?」
敵の正体を知ったシャリーさんが狼狽している。彼女は気づけたのだ。かつて自分たちが作った人造魔王が今もなお皇帝の使徒として動いていることに。
「何をしているのっ!」
狼狽するシャリーさんを置いて前に出たのは、クラーラだった。心なしか怒っているように見える。
「あなた、どうしてこんなところで戦ってるの? どうして誰も呼ばなかったの?」
「相手はイルマ型人造魔王だ。並みの人間じゃあ殺されるだけだ。被害を最小限に食い止めるためには、俺が一人で戦うのが一番――」
「なら、私やパウルさんを呼べば良かったじゃない!」
……確かに、そうだ。
遠く離れた場所で戦うというのは、弱い兵士たちを巻き込まない理由になる。だが戦力となり得るシャリーさんやクラーラを呼ばなかったのは、俺自身のわがままからくることだ。
彼女たちなら精霊を介して呼ぶことができた。それでも一人で戦おうとしたのは――
「これは俺の戦いだっ! 頼むからそこで見ててくれっ! 俺は、こいつを倒さなきゃいけないんだ!」
「どうして……」
クラーラが泣いていた。その綺麗なエメラルドの瞳から、雫が零れ落ちていく。
「イルマは、すごく強いんだよ? あなた、死んじゃうかもしれないんだよ?」
「そうだな。こいつ強いからな……。死ぬかもしれない。でも俺は、死を覚悟してでもやり遂げたい事があって――」
「お願いっ! あなたを手伝いたいのっ! あなたに死んで欲しくないの!」
クラーラの悲痛な叫びが、周囲に木霊した。
俺は、そうしてやっと気が付いた。
あの日、前回の世界では一人だった。
クラーラは死んだ。
シャリーさんも死んだ。
パウルも、バルトメウス会長も死んだ。
クレアやアレックス将軍は、俺が無視していた。
俺に仲間はいなかった。大切なものを失い、その悲しみから悲劇の主人公を気取って、一人で戦ってきた。
心を開けば、パウルさんは協力してくれたんじゃないのか?
クレアだってアレックス将軍だって、話をすればきっと俺に付いてきてくれていた。
協力者がいれば、人造魔王の接近に気が付けたかもしれない。そうすれば、あの世界の顛末も違った結果になっていたと思う。
俺は間違いを犯した。
クラーラは涙を拭って、恥ずかしそうに顔を赤めた。
「あ、その、今の勘違いしないで。命を救ってもらった借りがあるからって意味で、あ、あなたのこと好きとか愛してるとかそういう意味じゃないの。ホント」
「ヨウ殿、私もクラーラ殿と同じ気持ちですぞ!」
隣にいたパウルさんが叫んだ。
「皆、ありがとう」
私怨を捨てろ。
勝負に拘れ。
これは〈グラファイト〉の条件ではない。俺自身が倒さなければならないのは、イルマだけだ。人造魔王はその範疇ではない。
変な意地を張る必要はなかったんだ。
これが仲間って奴か。
「皆、手伝ってくれ」
あの日の俺は、死んだ。
孤独な戦いは、もう終わりだ。
俺には仲間がいる。みんなで一緒にこいつを倒して、イルマとの最終決戦に挑もう。