悦ぶ破壊王
壁に横たわり、血を流すマティアス。彼に代わって現れたのは、青の破壊王エグムントだった。
魔王エグムント。
グルガンド王国西方に領地を持つ、巨大な魔王。その強さは人類の間でも広まっており、力王イルマと同等とも噂される。
俺は彼がイルマに及ばないことを知っている。しかしそれでも、彼女を除いて他の誰よりも強く、そして戦闘的な性格だ。
実力的には雲の上の存在。〈青の微風〉を封じられていないマティアスであったとしても、この魔王を倒すことは不可能だ。
エグムントは俺の近くで立ち止まった。両こぶしを合わせながら、ポキポキと関節を鳴らしている。
「俺は魔王エグムント。名前は聞いたことあんだろ?」
「その名前を知らない人間がいると思うか?」
「ま、そりゃそうだ。俺としては名を売って、つえー奴が腕試しにわんさかやってくる展開を期待してたんだがな。最近はだーれもこねーんだわ。たまに迷ってやってくる冒険者やはぐれ魔族を憂さ晴らしにぶっ殺す程度。あー、なんでこんなことになっちまったんだ?」
心底残念そうに髪を掻きむしるエグムント。そんな彼を見て、俺は心の中でこう思った。
青の破壊王エグムントは恐れられている。
イルマと同等、とうたわれる実力がその原因。それはもう、腕試しとか決闘とかそういった次元を超えた畏怖だ。人間はもとより魔族ですらその傾向が強い。
実際のところ、誇張でもなんでもなくエグムントは強い。戦えば間違いなく死ぬ。そんな相手に、どうして喧嘩を吹っ掛けられるだろうか?
つまり、こいつのもとに強者が来ないのは自業自得だ。
などという俺の分析を知りもしないエグムントは、つらつらと己の不満を吐き出していく。
「俺はよぉ、寂しかったんだぜ。お前がつえーって、イルマ経由で話を聞いてよ。領地放り出してここまでやってきた」
「お前の領地、グルガンド王国に南側が占領されてたぞ? 早く戻った方がいいんじゃないのか?」
「だよなー、俺もこの国に来て初めてそれ聞いたぜ。かっー、情けねぇ奴らだ。ちょっといい武器持っただけの人間に負けちまうたぁな。ま、これに懲りて自分を鍛えなおしてくれりゃーそれで良しだ。領地はいつでも奪い返せるからな」
駄目だ。
これはカルステンと同じ感じ。目的のためなら領地なんてどうでもいいんだ。配下を守るとかそういう意識に欠けている。
もっとも、カルステンは配下を疑ってばかりだったから、配下に期待してるこいつはちょっと好感が持てるけどな。何度か人間を殺しているらしいが、悪い性格はしていないようだ。
「うーし、もういいだろ? はじめっぞ」
瞬間。
魔王エグムントの姿が消える。高速で移動する彼の脚力は、俺の動体視力を遥かに凌駕していた。
「うるぁああああああああああああっ!」
乾坤一擲の一撃は、俺の心臓を射抜くように一直線。
俺はとっさに精霊剣でその攻撃を受け止める。息をする間もない展開の速さに、心臓の鼓動が鳴りやまない。
「はっ、余裕だなおい」
ぎりぎりぎり、と金属の軋む音が聞こえた。剣を持つ手が悲鳴を上げるようにプルプルと震えている。
ヤバイ、精霊剣が……折れる。耐えられ……ない。
「〈風竜の牙〉っ!」
風系スキルを使って、一旦距離を取る。
正面から力比べをするのは得策ではない。ならばからめ手を使って隙を作ることに専念するべき。
次に取るべき手段は……そう――
「――〈黒の大岩〉」
スキル、〈黒の大岩〉は大地系のスキルである。
周囲に大きな黒い岩を出現させ、それを相手にぶつけて攻撃するスキルだ。
このスキルは高レベルであるほど多く硬く大きく――すなわち強くなる。
そして精霊剣によって強化された俺のスキルレベルは、最高の1000だ。
背後に出現した大岩が、まるで磁石に引き寄せられるかのようにエグムントへと迫っていく。
「オラオラオラオラっ!」
エグムントは巨大な岩々を次々に砕いていった。固く巨大なそれが、まるで雪玉か何かのように粉微塵になっていく。
粉塵が周囲の視界を遮り、エグムントが夢中で岩を壊している。
その、隙を突き。
俺はエグムントに肉薄した。
「はっ!」
流れるように、隣を走り抜ける。その手に持った剣を滑らかに彼の体へと這わせた。
〈降魔の剣〉はエグムントの肩を傷つけた。浅い、しかし決して無視できないほどの……切り傷。
「せ……先輩が、魔王を……」
藤堂君が驚きの声を上げた。これまで散々『魔王を倒した』と吹聴していた俺だったけど、実際に力を示したのはこれが初めてだ。これで先輩面できるかな?
「ふっ、無様だなエグムント」
魔王イルマは見下すようにそう言った。一緒にここまでやってきた仲だ。いろいろと思うところがあったのかもしれない。
そして、当のエグムントは……。
「へ……へへへ、へ」
嗤う。
傷をつけられたにも関わらず、破壊王は非常に嬉しそうだった。手で傷口を撫でまわすと、こびり付いた血を……まるでシロップか何かのように舐めとる。
「いいぜ……最高だ、最高だぜお前」
エグムントは震えていた。
怒りではない、武者震いでもない。まるで麻薬か何かに侵された人間であるかのような、悦びの顔だった。
「いい体だぜ。無駄なく、鍛えられてとろけるような汗の香りがする。鎧越し見えた引き締まった尻は芸術。……最高にそそるぜ」
「…………」
な、なんだか無駄に卑猥な響きがするのは気のせいだろうか?
そ、そういえばこの人こういうキャラだったな。出会った時のことをすっかり忘れてたぞ。あまり近づきたくなくなってきた……。
「軽く遊んでイルマに渡すつもりだったが、気が変わったぜ。悪く思うなよ、人間。お前は俺を……楽しませ過ぎた」
瞬間、エグムントの殺気が増した。
そして放たれる、エグムントの次なる一手。
「――〈青糸刻印〉」
膨れ上がった大気は、爆音となって鼓膜を振動させた。
エグムントをエグムントたらしめる最強強化魔法――〈青糸刻印〉が発動した。大気は震え、彼の体は膨張した筋肉によって膨れ上がっている。
「――耐えろよ?」
来るっ!
ブクマ10000ぐらいの小説書いてる作家に肉体転移したい。
投稿するたびにブクマ増えまくって感想いっぱい来て褒められていい気持になりたい。
作者「やったぞ! これは僕の小説なんだ! 僕は褒められてる!」