玉座の王
叡智王カルステンは死んだ。
結局、奴からリーザの居場所を聞くことはできなかった。
まあ、仮に聞けたとしてもそれが本当かどうか分からないからな。あいつの性格なら、嘘を教えてくる可能性もある。
どのみち、自分の力で探すしかなかったということか。
俺一人の力では難しい。ここは精霊たちの力を借りることとしよう。
俺は頭上を飛び交っている精霊たちに語り掛けた。
「少し頼みたいことがあるんだ」
〝なーに?〟
「少し前に俺と一緒にいた、リーザ女王って覚えてるか? あの子が今、どこかに捕らわれてるんだ。仲間の精霊たちに頼んで、探して――」
と、そこまで言って言葉を切った。
わずかな、違和感。
ふと、視界に映ったのはカルステンの死体。何かが違う。あの死体、死んだ時と比べて、何か別の……。
「……っ!」
俺は気が付いた。
カルステンの死体、伸ばした左手が持っている、それ。
本!
表紙にドクロの絵が記された、禍々しい本。
あれは魔具、〈死者の書〉! 死体をアンデッド化する効果があったはずだ。
カルステンは死んだ。
だが、死んだその先――すなわち死後に再び活動する方法。それがアンデッド化だ。
むくり、とカルステンが起き上がった。
「……あ……ぁ……あ……ぁ……」
確かに、死んでいたはずのカルステンの体が……。
「……油断したぞカルステン。まさか、こんな手を使ってくるなんてな」
俺は剣を構えた。
再び肉体転移をされてしまう危険があるから、殺してしまうことはできない。だが野放しにするわけもいかないから、こうして武器を構えて威嚇することしかできなかった。
「ち……」
アンデッド化したカルステンが、ゆっくりとその口を開く。
「違……う」
「……違う? 何が違うんだ?」
「私は、叡智王では、ない」
「見え透いた嘘だな。それじゃあ何か? お前は自分が〈鏡の人形〉だとでも言うのか?」
「私は……アレックス」
……っ!
アレックス……国王だと?
まだ魂が消えていなかったのか? いや、待て、これも叡智王の策略か?
俺は魔具、〈賢者の魔眼〉を取り出した。こいつは対象の名前や種族を確認することができる。
名前、アレックス。
種族、人間。
戦闘レベル、1505。
間違いない。
この人は、アレックス国王。カルステンならカルステンという名前が表示されるはずだからだ。
「本当に、アレックス国王なのか?」
もともと、アレックス将軍とカルステンの相性はそれほど良くなかったはずだ。
相性が悪く、そしておそらくは強い意志を持つ魂。予想外に長い抵抗を示して、今日まで取り込まれることなく生きてきたということか。
ゾンビ化したアレックス国王は、苦しそうに腕を突き出した。迷宮を指さしている。
「本物の……リーザ女王は、ボスティア迷宮の一階、隠し部屋の中に捕らわれて……いる。早く……」
それだけ言って、アレックス国王は地面に倒れこんだ。
肉体転移を伴うイレギュラーなアンデッド化だ。まだゾンビとして本調子ではないのかもしれない。死んではいないだろうが、目を覚ますまでしばらくかかりそうだ。
アレックス国王。
リーザのことを伝えるためだけに、アンデッドになったのか?
カルステンに一矢報いる、そのために。
その意思、確かに受け取った。
ボスティア迷宮一階で、俺はリーザ女王を見つけた。
呪いの魔具は何一つ身に着けてなかったが、多少衰弱している様子だった。おそらく飲まず食わずでここに捕らわれていたのだろう。
俺はアレックスとリーザ女王を抱えて帰路についた。
ダレース領はリービッヒ王国の隣だ。一旦俺の城に戻って、今後を考えることにしよう。
リービッヒ王国、大通りにて。
「大丈夫かリーザ? しばらくは俺が抱えててもいんだぞ?」
「リィはもう大丈夫よ」
そう言ってリーザが立ち上がった。まだ助け出してから10時間程度しかたっていないのだが、気力で頑張っているのかもしれない。ゴールは近いから、もうきっと大丈夫だろう。
「ヨウ殿、この度は本当にすまなかった」
そう言って俺に頭を下げたのはアレックス国王。彼は8時間ほど前に目覚めている。
体の怪我は鎧によって隠されているから、周囲の誰も彼がゾンビだとは気が付いていない。
「俺の方こそ申し訳ない。もっと早く陛下を助けられていたなら、ゾンビになってしまうなんてことは防げたでしょう。グルガンドには何と言えばいいか……」
「私はいいのだよ。もともとは武人、しかも代理の国王だ。アンデッド……すなわち魔族になってしまった身では、もはや国王には相応しくない」
「魔族だからってそう悲観することもないと思いますが……」
「いっその事、ヨウ殿がグルガンドの国王になってくれないか? あなたのような若い英雄こそふさわしいと思うのだが……」
懐かしいネタを……。この世界でもアレックス国王はアレックス国王だったということか。
返答を悩んでいた俺だったが、急に激しく肩を揺さぶられて思考を中断された。隣にいたオリビアが抱き着いてきたのだ。
「お兄ちゃん、私疲れた。絵本が読みたい、ベッドで寝たい、うーもうダメダメダメ。やだやだやだやだやだ歩きたくない」
「あーはいはい、もう少しだけ待ってくれ」
とりあえずはオリビアを王城の空いた部屋に押し込んで……、西方大国にも連絡をしないとな。グルガンドの将軍はまだアストレア諸国にいるだろうか?
などと今後の事を考えながら、城門の前までやって来た。
「なっ……」
俺は思わず立ち止まってしまった。
目の前に現れたのは、ひしゃげて原型をとどめない金属の城門だった。
ここを出発した時は、こんなことになっていなかった。そもそもこんな異常事態であったなら、宴会の時にでも連絡があっていいものだが……。
なんだ?
ここで何があった? 魔族が攻めてきたのか? それとも……。
「……そうか」
すぐに、答えに行きついた。
ここに来ていたんだな。カルステンは……あの後俺をここに連れて行くつもりだったのか。
「ヨウ殿、これは……」
「皆、俺の後ろに下がってくれ」
リーザ女王は緊張に顔を引き締めた。
アレックス国王は腰の剣に手をかけた。
オリビアはきょとんとしている。
警戒しながら城の中へと進んでいく。
誰もいない。
砕かれた柱や、血のこびり付いた床が生々しい。
俺は玉座の間へと入った。
「ひ、ひぃ……陛下っ! おおおおおおお、お助けくださいっ!」
腰を抜かしたらしい大臣の一人が、床を這うようにして俺に近づいてきた。
そして――
「待ちわびだぞ、鎧の男」
俺がいつも座っている玉座にいたのは、魔王イルマだった。隣には青の破壊王エグムントとマティアスがいる。
カルステンは言っていた。魔王イルマは近くに来ていると。
まさかよりにもよって、俺の城を占領してるとはな。
まあ、よくよく考えれば俺に会いたいならそれが一番か。ここで待っていれば、いつかは絶対戻ってくる。
「どこの魔族だが知らないが、戦うなら人気の少ないところにしてくれないか? 周りの兵士たちが怯えてしまってるだろ?」
「ふっ、弱者のたわごとなど知らん」
魔王イルマは鼻で笑った。
「さあ、宴の始まりだ。血を躍らせ、肉を使い歯を折り私を楽しませてみろ」
魔王イルマが、楽しげに手を振り下ろした。
その瞬間。
老執事風の魔族、イルマの腹心マティアスが手刀を構えて俺に迫ってきた。
ここで新・叡智王編は終了になります。
残り20回程度の投稿でこの小説も終了予定。
こんなことを言うのもあれですが、作者はこの新・叡智王編を書き終えてもはや完結の心地です。