結婚式
〈鏡の人形〉のリーザが死んだ。
俺は悲しみをこらえるのが精いっぱいだった。
彼女は悪くなかった。ただ、カルステンの姦計に必要だというだけで用意された、被害者だった。
「あ……ああ……あぁ……」
地べたをのたうちまわっているのは、アレックス国王の姿をした魔王カルステン。
こいつ、まだ生きてるのか?
俺と同じように、身代わり系の魔具でダメージを軽減してるんだ。しぶとい奴。
「くそぉ……なんで僕ばっかり。いつも……いつも、不幸が押し寄せて……」
「いい加減にしろ……」
我慢ならなかった。
偽物のリーザは死んだ。
アレックス国王は肉体を奪われた。
多くの人々が苦しんだ。それなのにこいつは、未だ自分が被害者のつもりらしい。
「村を焼かれたお前は確かに不幸だったかもしれない。その点だけは同情する。でもお前は、自分に被害者面できるだけの正義があったと思っているのか? 胸を張って正々堂々と言えるのかっ!」
「皆……僕を裏切った。あのコボルトだって、お姉さんだって……最後には用意した人形にまで……。皆僕を馬鹿にして……屑ばっかり……」
「お前は相手を疑っていた。配下は〈王の目〉、〈王の耳〉で監視し、必要最低限の魔具しか与えなかった。そして、お姉さん以外の誰一人信じようとしなかった! いや、そのお姉さんすらも裏切って、恋人に成り済ましていたっ!」
「だって……皆、僕を裏切って……」
「お前は誰も信じなかった! 相手を信じない者は誰からも信用されないっ! お前の不幸な裏切り劇は、お前自身が招いた罪だ!」
「僕は……僕は……こんな……ところで」
カルステンは俺から逃げ出すかのように、地面を這っている。その手は血に塗れ、まるでゾンビか何かのようだった。
「助けてよ、パパ、ママ……お姉……さん」
涙を浮かべたカルステンは、震えるその手をひたすら前に伸ばす。
「死に……たく……ない」
その伸ばした手の先に――
一人の少女がいた。
白い衣を身に着けた、水色の髪をもつ美少女。しかしその外見年齢に似合わず、子供っぽい仕草でこちらを眺めている。
この世界の――オリビア。
「お、オリビアああああああああああああああああああっ!」
カルステンの叫びが周囲に木霊した。
こ、こんな近くにオリビアがいたのか?
さっきの炎系スキルで、ひょっとしたら彼女を巻き込んでいたかもしれない。申し訳ないことをしてしまった。
いや、今はそんなことどうでもいい。まずいぞ、このままじゃあ……。
「た、助けてくれオリビア。こっちに来てくれるだけでいい。ぼ、僕はもう死にそうなんだ。君だけが頼りなんだっ!」
まずいぞ。
今、カルステンは瀕死の状態で、このまま時間がたてば死んでしまう。
何をしても死ぬ状態。そう、例えばオリビアが彼にそっと触れたり、軽く手を握ったりしたらどうなる? 肉体転移魔法、〈橙糸転移〉の発動条件を満たしてしまうんじゃないのか?
カルステンがオリビアに、肉体転移する?
俺は駆け出した。
カルステンが笑った。
そして――
「……おじさん、誰?」
そう、オリビアが不思議そうに首を傾げた。
「え……?」
「カルステン、どこ? どこにいるの?」
オリビアはカルステンから遠ざかるように、周囲をうろうろとしている。奴が目に入っていないわけではない。『自分の知っている』カルステンを探しているのだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
自業自得だな。
アレックス国王に肉体転移してから、彼女と話をしていなかったんだ。だから呼びかけても答えてくれない。心の奥底で、オリビアのことなんてどうでもいいと思っていた……その報いだ!
俺はオリビアの手を握った。
「あいつは魔族だ。危ないから近づかない方がいい」
「お兄ちゃん、誰?」
「カルステンはもう、君のもとには現れない。俺は彼の代わりに、君の事を探していたんだ」
「お兄ちゃんの手、あったかい」
俺はカルステンからオリビアを守るように抱きしめ、彼女は抵抗することなくそれを受け入れていた。
そして、万策尽きたカルステンは……ついに動くことを止めてしまった。
叡智王カルステンは、事切れたのだ。
「え?」
僕……は? 確か、ヨウ君と戦って、肉体転移に失敗して死んだ……。
「おお、起きたか息子よ! 昨日は俺より木の実をいっぱい取ってきたからな。まぁ、これに懲りたら無理はすんなや」
パパ?
「あらあら、パパは優しいわね、カルステン」
ママ?
え……?
なんで、皆生きて? ここは僕の村? ヨハネスに焼かれる前に、僕が住んでいた村?
体がおかしい。目線が低い。人間じゃない、イービルアイだったころの体に戻ってる。
なんで、どうして?
今までの事は、全部夢だったの?
「息子が魔王なんて、俺は鼻が高いぞ!」
「部下もいっぱい、魔具もいっぱい。カルステンは世界で一番の魔王よ。自慢の息子なんだから」
「は……はは……は」
なんだこれ。
僕は、頭がおかしくなっちゃったのかな? 僕は死んだんじゃなかったのかな?
「目玉君」
え?
狭い狭い藁の家の中に、僕たちとは違う一人の人間がいた。
お姉さんだ。
「嘘……お姉さん、なんで、ここに?」
「やだ、なに言ってるの? 今日は私たちの結婚式なんでしょ?」
「え……」
お姉さんはいつもの冒険者風の装備じゃなかった。白を基調としたウェディングドレスに、ピンク色のブーケを持っている。
呆けている僕の手をとって、お姉さんは外に出た。
家を出ると、村の仲間たちが集まっていた。
「がっはっはっ、見ろ、見ろお前ら。俺の義娘だぞ! 羨ましいだろ? ああん? 誰にもやらねーよ! この尻も胸も俺のもん……」
唾を吐き散らしながら大声を上げていたパパは、お友達に頭を殴られた。
「このバーカ、偉いのはお前じゃなくて息子さんだろ! 何自分のものみたいに言ってんだよ」
「オリビアさんすんません。こんなセクハラオヤジですが、わりぃ奴じゃないんで大目に見てやってください」
「俺らがしつけときやすからっっ!」
パパはお友達と口論している。どれだけ馬鹿なことを言っても、どれだけ言い争っていても、その姿は本当に楽しそうで……生き生きとしていた。
「ご、ごめんねお姉さん。パパが変なこと言って」
「面白い人よね、私嫌いじゃないわよ」
そう言って、お姉さんは僕の頭を撫でた。
「あ……う……」
「目玉君、行きましょう。二人で……どこまでも……」
そうだ僕は、今日、結婚するんだ。
僕の名前はカルステン。
お姉さんと結婚します。
オリビアのこと書き忘れそうになってた。
危ない危ない。