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魔族モールの襲来

 俺の奴隷生活が終わることはなかった。

 表面上は俺が領主、イルマは公爵令嬢。ゆえに俺は彼女に敬意を払っている……という設定になっている。

 しかし、裏では無理難題を押し付けられ苦しんでいたのだ。


 山奥に生息する希少種の肉が食いたい、と言われてあの手この手を費やし用意した。

 お前の苦しむ顔が見たい、と言われ燃えさかる火を押し付けられた。

 お前の強さが知りたい、と言われボコボコに殴られた。


 なにせあれでも魔王だ。一応、俺のことを殺さないように加減しているようではあるが、巨大な力を持つ彼女にとってそれはとても繊細な作業らしく、時々俺が大怪我するような一撃を放ってくることがある。一歩間違えれば死んでもおかしくない。

 

 そして、俺自体の問題も深刻ではあるが、王国自体の問題も気になる。あのモーガン公爵は何か悪いことをしていないだろうか? イルマのせいで中央に足を運びにくくなってしまったからな。今後はアレックス将軍と密に連絡を取っておくがのいいかもしれない。


 今日はそんな我がままイルマの指令、『夜が明けたら起こせ』を全うするため彼女の部屋にやってきていた。

 大きめのベッドに一人、寝ている少女は魔王イルマ。すぅすぅ、と規則正しい寝息を立てている。

 ……ったく、寝てる姿はホントただの美少女って感じなのに……。このまま永眠してくれないかな?

 俺は彼女の涎を拭いた。別に積極的に世話を焼きたいと思っているわけではないんだが、こういうことをしておかないと後でいびられるからな。

 気分を晴らすため、カーテンを開くことにした。そろそろイルマを起こす時間だ。

 カーテンを開けると、そこには……魔族がいた。


「はぁ?」


 俺は思わず変な声を上げてしまった。

 まるで蝙蝠のような羽を持ち、牙を光らせる魔族。おそらくはヴァンパイアの一種だろう。一匹ではない。空を覆うように飛行するその魔族は、100体以上で群れをなしここまでやってきたようだ。

 一体が前に出た。他のやつよりも体格が良いところを見ると、こいつがリーダーなのだろう。


「キェッ、キェッ、キェッ、我は魔王クレーメンス様の幹部、モールっ!」


 と、律儀にも自己紹介してくれる。


「キサマが魔王イルマの愛玩奴隷と噂される、ヨウか?」


 ……えぇ、なにそれ? 俺魔族たちの間でそんな噂されてるの? 愛玩って……言うほどかわいがられてないんだが。


「愛玩? サンドバックか何かの勘違いじゃないか?」

「キサマを人質に取れば、魔王イルマは泣き叫び我に許しを請うだろう。魔王を屈服させる我が計略に穴はないっ!」


 穴ありまくりなんだが。

 くそっ、これもイルマがもたらした災厄か。自分ところの魔族だけじゃなくて、敵までもこちらに引き寄せてくるなんて……なんという疫病神。

 だがここは俺の領地。魔族が集団で押し寄せてきたとあっては、住民たちはパニックに陥ってしまう。

 俺は剣を取り、バルコニーに出た。もともと持っていた亜ミスリルの剣と、陛下から頂いた宝剣だ。


「スキル、〈戦女神の加護〉レベル10っ!」


 スキルにより戦闘補正が入り、体が軽くなった。まずは迫りくる一体を亜ミスリルの剣で切りつける。


「偉大なる創世神オルフェウスよ。紫糸の力、我に授けたまえ」


 近くの一匹が何かを言っている。この詠唱、魔法か?

 

「――紫花滅香」


 魔族のみが扱えるとされる、魔法。瞬間、紫色の花が周囲に出現した。甘く、濃い香りのするその花が、紫色の花粉を周囲にまき散らす。

 ……手が、少し痺れてきた。毒か。


「〈風竜の牙〉レベル30っ!」


 俺は風のスキルを使って毒を消し去った。この程度の風で無効化できるなんて……それほど強い魔法じゃなかったんだろうな。

 というかこいつら、それほど強くはない。俺でも十分相手にできるぐらいだ。だが、こうも人数が多いと攻勢に出ることは難しい。今は夜明けだからほとんど人はいないが、時間がたてば商人や農民が活動を始める。そうすれば、人的被害が出てしまうだろう。


「ひぃいいいいぃいっ!」


 ……っ!

 バルコニーの下に、住民の一人がいた。悲鳴を上げている。異変を捉えてここにやってきたのかもしれない。


「早く逃げろっ!」


 俺はそう指示を出す。敵もイルマが狙いらしく、その男を積極的に襲おうという気配はない。 

 ……おっと、忘れてた。陛下からもらった剣を使って、雄姿を見せておいた方がいいんだよな?

 俺は亜ミスリルの剣を収め、宝剣を手に構えた。


「あ……れ……? これ?」


 俺はその宝剣の異変に気がついた。もらった時は柄に収められていた宝玉は白色だったのだが、今は闇色に染まってしまっているではないか。

 なんてことだ……。呪いの首輪のせいで、陛下からもらった神聖な剣が汚されてしまったとでもいうのか? これじゃあ……陛下に見せることできないぞ。

 ……くそっ、イルマの奴はホント仕事を増やすな。


「キェッ、キェッ、キェッ、油断したなヨウっ!」


 俺が雑魚と戦っている間に、幹部モールはイルマの下へと近づいた。

 このままじゃイルマがやられてしまう。

 イルマあああああああっ!

 ……なんて叫ばない。っていうかあいつがこそこそと俺に隠れて動いていたのは全部知っている。イルマを狙ってることが分かったからあえて無視した。むしろ倒してくださいお願いします。


「うわー、いるまさまおにげくださいー」


 起こさないように小さな声でそう叫んだ。


「……うぅー、むにゃ、マティアス……紅茶」


 などと寝言を口走っているイルマは、敵が来たというのにまったく起きる気配がない。このままでは、魔族モールの餌食に……。

 うおおおおおおおおおおおっ! モールさん、あんたすげえよ! そのまま魔王さんをやっちゃってください! 俺が許す。あんたの戦果は俺がちゃんとマティアスに報告しておくから。


「ぎええええええええええええええっ!」


 しかし、俺のそんな浅はかな希望は……簡単に覆されてしまった。

 魔族モールはイルマに手をかけようとその手を伸ばした。彼女はそんな様子を露知らず、おそらくは寝返りを打ったそれだけ。

 モールの手がイルマの頬に触れた瞬間、彼はまるでトラックに激突したかのように吹き飛んだ。自慢の黒い翼は折れ曲がり、口からは真っ赤な血が吹きこぼれている。


「こ……こんな、これほどの……力……とは」

 

 そして、息絶える。

 まだ戦っているとすら認識がないであろう、魔王イルマの勝利だった。

 怖いわ。

 こいつどんだけ強いんだよ。

 改めて、力の差を見せつけられた出来事だった。


 その後、俺は忠誠を疑われてちょっと怒られてしまった。


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