戻ってきた精霊
ボスティア迷宮入口の森林で対峙する俺たち。
カルステンは即座に魔具武装を完成させた。おそらく、俺が攻撃してきてもいいようにあらかじめ準備していたのだろう。
〈断絶の鎧〉。
〈剛腕の手袋〉。
〈破滅の槍〉。
〈反射鏡〉。
〈跳躍の靴〉。
魔具による重騎士のような完全武装は、かつて廃砦で戦った時のそれと酷似している。世界は違っても同じカルステン。全力の姿は変わらないということか。
対する俺は躊躇することなくそのまま剣を奴に向ける。こちらも魔具、〈跳躍の靴〉によってかなりの速度をたたき出している。
カルステンは俺の剣を受けた。
衝撃を殺すように、押し返すというよりも受け流す。魔具〈破滅の槍〉と〈降魔の剣〉の優劣を考えるなら、もっともベストな対応と言える。
俺は近くの木を、2、3本切断したのち、摩擦の力で突撃を止めた。
少し、強い感じを覚えた。
前回の世界で、カルステンは俺に肉体転移することを念頭に置いて戦っていた。わざと負けていたと言ってもいいぐらいだ。
だが今回は奴に負ける理由なんてない。真剣に戦っているということだろう。
おまけに今、奴はアレックス国王の体を支配している。あの人の戦闘経験を受け継いでいるなら、強くなっていて当然だ。
再びの激戦。カルステンと俺はすぐにその距離を縮め、互いの武器を突き出した。
俺の精霊剣とカルステンの〈破滅の槍〉が鍔迫り合いをする。
「本物のリーザはどこにいる? オリビアはどうした?」
「オリビア? 君、あの子の事まで気になってるの?」
この世界でオリビアと出会ったことは一度もない。
他の魔王が襲われたということもない。彼女は一体どこにいるんだ?
「イルマとの戦いが近いからね、封印を解いて放置してるよ。どこかをうろうろしてるんじゃないかな?」
「封印? 放置? どうして面倒を見てやらない」
「僕は忙しいんだよ。お姉さんの代わりよりも、本物のお姉さんが手に入るんだ。どっちを優先するかはわかりきってるでしょ?」
「……お前は最低な魔王だ」
〈降魔の剣〉を突き出すが、カルステンに避けられる。
膠着状態だ。
本来であれば、精霊を使い奴の動きを予測できたはずだった。
だが周囲に精霊のいない状態で〈大精霊の加護〉は意味をなさない。今の状況で負ける気はしないが、少し時間がかかるかもしれない。
……あまり油断はしてられない。時間がたてばまた何か感じの悪い作戦をぶつけてくるかもしれない。攻めて攻めて攻めたてるべきだ。
「〈火炎の覇王〉!」
精霊剣の力によって放たれる、レベル1000のスキル。〈大地の覇王〉 がそうであるように、〈火炎の覇王〉は広大な領域を炎で覆った。
森が、燃える。
灼熱の炎は木や草を焼き、肺が焦げるような熱気が周囲を支配する。
このスキルを使った俺の狙いはカルステンではない。奴が設置した、精霊除けの魔具だ。
広範囲に精霊を封じる魔具。そんなものが長距離で適応できるとは思えない。迷宮まで効果が達していたところを見ると、この近くに設置されていると考えるのが適切だ。
炎で周囲を焼き尽くせば、必ず見つかるはず。……と考えていたが、どうやら探しだす必要もなかったようだ。
このあたりにあったのは確かなのだろう。俺の周囲に、今まで全く寄って来なった精霊たちが次々と集まってきた。
どこにあったのかは知らないが、精霊除けの魔具は俺の炎スキルで壊れてしまったようだ。
〝ヨウ、大丈夫だった?〟
〝ふふっ、私たちの仲を引き裂こうなんて……許せないわね〟
〝再会ー、再会ー〟
精霊たちが戻ってきた。
瞬間、背後に殺気を感じた。
カルステンだ。
俺はカルステンの攻撃を避け、奴が持っていた武器を弾き飛ばす。
――〈苦毒の鎌〉。
かつて魔王ヨハネスやヘンドリックを死に追いやった恐るべき魔具。指先一つでも触れれば、死に至る毒が俺の体に回ってしまう。
だが、精霊たちの協力を得た俺にもはや奴の攻撃は当たらない。
「君は本当に強いね。これから、イルマにもかなり打撃を与えてくれると思うんだけどなぁ」
「余裕なのは今のうちだ叡智王! こっからが本番だっ!」
俺たちは、戦う。
そこから先は、一方的だった。
もともと、カルステンはそれほど強くない。接近してしまえば魔具は封じれるし、そもそも身体能力は人間であるアレックス国王そのままだ。
戦いは終始俺が圧倒し、気が付けばカルステンを半殺しと呼べるほどに叩きのめしていた。
ボコボコになったアレックス国王の顔を見ると、申し訳ない気持ちになってくる。でもあの人だって誰かが止めてくれるのを望んでいたと思う。たとえカルステンに魂を吸収されてしまったとしても、その意思は叶えたいと思う。
「もうそろそろ、いいんじゃないかな?」
あちこちを出血したカルステンが、そんなのんきなセリフを吐いた。
俺はカルステンを半殺しにできる。
だが殺してしまってはまずい。奴には肉体転移があるからだ。
今回の俺は奴にあまり好かれていないらしいが、それでも身に危険が迫れば肉体転移を行うだろう。もし、その時俺の肉体を奪われてしまったら、今度はもう敗北確実だ。
俺はカルステンを殺せない。
カルステンも俺を殺せない。
こんなことは初めからわかり切っていた。カルステンもそのことを知っている。
つまりこの激闘は茶番なのだ。俺がストレスを解消するだけで、何の意味もなさない。
改めてその現実を突きつけられると、なんとももどかしい気持ちになってしまう。
俺はカルステンに剣を突きつけた。
「言えっ! リーザはどこにいる!」
「嫌だね! 君は魔王イルマと戦うんだ! 死ねとは言わないさ、ただ〈グラファイト〉で僕に勝利させてくれさえすればいい。リーザの場所を教えるのはそれからだよ」
「お前の思い通りにはならないっ!」
「じゃあどうするんだい? のんきに待ってたら、リーザ女王は死ぬよ」
「…………」
俺はカルステンを突き飛ばした。
くそっ!
なんて嫌な敵だ。昔肉体を奪われていた時のもどかしい気持ちを思い出す。
「ふ、ふふふ、本物のリーザ女王を助けたいんでしょ? だったら僕に従うしかないよね?」
「……この、糞目玉が。地獄に落ちろ……」
「なんとでも言えばいいさ! 僕はお姉さんを取り戻すんだ! そのためなら、どんな悪口だって受け入れ――」
言葉は、最後まで続かなかった。
「え……」
カルステンの腹から、巨大な刃が生えていた。そう、それは先ほどまで奴が装備していて、俺が弾き飛ばした〈苦毒の鎌〉の刃先だった。
「な……ん……で……」
腹部の刺し傷は、ただでさえ致命傷。おまけに〈苦毒の鎌〉は死に至る毒を体内に流し込む魔具だ。もはやカルステンの死は決定事項と言ってもいい。
カルステンはゆっくりと後ろを振り返った。つられて、俺も彼の背後に目線を移す。
そこには、〈苦毒の鎌〉を構えた偽リーザがいた。