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慰めてあげたら?



 ――世界はループしていない。


 カルステンの宣言は、俺の予想と見事に合致していた。

 そう、これはループではない。俺は過去に戻ってなどいなかったんだ。


 疑似ループ。


 かつて奇岩王マリクという魔王がいた。

 奴は自ら〈邂逅の時計〉を使用したがために、ループ下での出来事を自覚していなかった。だからループを脱出したカルステンに対しても、ループが続いているかのように振る舞った。必勝の魔具を使い油断したと言ってもいい。


 油断。

 ループという安心感は、人を油断させる。

 この回は死んでもいいとか、この回はこいつに従ってやろうとか、そんな投げやりなことを考えてしまう。

 次を考えるがゆえの油断が生まれる。

 それは、俺と魔王イルマを戦わせるうえで有利に働く。激闘の末俺が死にイルマが弱る、という結果がカルステンにとって最も好ましいからだ。

 俺は魔王イルマに殺されながらこう思うんだ。『ああ……やっぱりこいつと戦っちゃ駄目だな。次は気を付けないと』って。次なんかないのに。


 つまりは、そういうこと。

 この疑似ループは俺が魔王イルマを戦いやすく、それでいて敗北しやすくするために仕組まれたものだ。


 ループなんて存在しない。ただ、それっぽい出来事が起きていただけなんだ。


 魔王ゾンビが同じ動作を繰り返す。

 影で〈半快の宝玉〉を使えば、体の疲労が取れる。

 地上にたどり着きそうになれば、リーザ女王を攫って下層へと転移させる。


 だがこれだけでは、弱い。

 たとえば、前の世界でクラーラと一緒にループしていた時がそうだ。

 俺は最初にループした時、目の前のオリビアが幻なのかと思った。一緒にいたパウルは、これまでが夢だったのかと言っていた。認識を間違っていたのだ。

 一人で自分に起こった出来事を解釈するならそうなる。ループってのは判断するのが難しいんだ。三人で話をして、カルステンから説明を受けて、それで初めてループを自覚した。


 俺は前回ループを経験している。カルステンがグルガンド王として魔具を集めていたってことも予想していた。だから若干ループを誤認させるためのハードルは下がってると思う。

 だがそれだけだ。まだ弱い。

 あと一つ、疑似ループを達成させるための小道具が必要だった。


 そう、小道具。

 彼女・・のことだ。


「興味本位で聞きたいんだけど、君はどうやって疑似ループに気が付いたんだい?」

「呪いの魔具は多少外れていたからな、いい角度から見れば鑑定スキルで気が付ける。そこからは芋づる式に、疑似ループを理解したわけだ」

「ああ、なるほどね、気が付いたんだ。その偽物に」


 叡智王が指さしたのは、俺の後ろにいる偽物・・だった。


「え、リィ?」


 彼女はリーザでもなければ人間でもない。あの水晶に障る寸前、鑑定スキルを持つ俺の目が捉えてしまったのだ。 


 ――〈鏡の人形〉。


 俺が今まで一緒に過ごしていた彼女は、リーザの偽物で〈鏡の人形〉と呼ばれる魔具だったのだ。


 彼女に……否、その前に呪いの魔具を巻き付けたローザリンデに出会ったその時から……すべてが始まっていた。


 これは少女を苦しめるための呪いではない。彼女自身が魔具であることを隠すための、例えるなら『木を隠すなら森』といった作戦。体中に鑑定スキルの『解説文』が表示されている状態では、彼女自身を視認することが不可能になるからだ。


 この点について、叡智王は流石としか言いようがない。そもそも鑑定スキル〈叡智の魔眼〉を持つ俺が人間と魔具人形を誤認するはずがないんだ。そんなことあるわけがない。

 おそらくやつはずっと考えていたのだろう。どうすれば自分と同じ鑑定スキルを持つ者を誤魔化せるか。そしてその答えこそ、体中に装着された魔具なのだ。


 〈鏡の人形〉は本人の精巧なコピーだ。設定の上手いカルステンであれば、それこそ本物と間違える程の作品を生み出すことができる。

 偽物は俺の隣で上手く立ち回り、ループを演出したわけだ。


 ループの起点となる魔王ゾンビの部屋は、おそらく迷宮中に複数存在していた。なにせ似たような部屋と通路ばっかりの迷宮だ。それぐらい用意できて当然だろう。部屋に入れば偽リーザがループっぽい反応をする。

 彼女の同行、そして吐血は、俺の迷宮進行を大いに遅らせた。そうやって疑似ループまでの時間を調整していたんだ。

 コボルトに連れ去られたというのは彼女の証言だ。上層に到達しそうになった俺を誘導するための狂言である可能性が高い。

 ここに来るために必要だったカルステンの転移水晶へ俺を誘導したのも彼女だ。ここまでくればもはや疑うまでもない。


 危ないところだった。

 クラーラがいなければ、俺はこの偽リーザに回す分の解呪魔具を確保できなかった。そうしたら彼女の正体に気が付かず、魔王イルマと戦うことになっていたかもしれない。

 

「何言ってるの、ヨウ。意味わかんない! 何かの作戦かしら? も、もう、勘違いしちゃったじゃない」

「もう、十分だろ?」


 俺は偽物を無視して、カルステンに話しかける。


「俺とお前の勝負に、この偽物はもう必要ない。こんなわざとらしい同情を誘うような演技は必要ないんだ。さっさともとに戻してくれ」

「え……嘘、止めてよ、止めてよヨウ。だって、リィは本当にリィで。偽物なんかじゃ、絶対に……嘘、嘘ぉ……」


 こういう、リーザが哀れに見えるような光景を見たくなかった。本物に泣かれているみたいで嫌だった。

 だから、疑似ループに気が付かないふりをするつもりだった。カルステンに魔具を外してもらい、〈叡智の魔眼〉で俺がそれに気づくそぶりを見せる。あとは奴に必要ないからと人形の設定を解除してもらい、本物のリーザがどこにいるかを問いただす。

 カルステンは俺がループを誤認したままだと思っているから、本物のリーザを解放する。あとは俺が魔王イルマに事情を話し、彼女の敵意をカルステンへと向ける。

 そういう作戦だった。そこまで上手くいかなかったにしても、偽リーザの設定解除まではこぎつけれるはずだった……。

 

 気分が悪かった。

 泣きまねをしている偽リーザも、こんな偽物を作ったカルステンも、不快で仕方なかった。


「さあ、早く設定を解除しろっ!」 

「君は勘違いしているよ」


 俺の言葉に従う様子のないカルステンは、不思議そうな顔をしながらそんなことを言った。


「彼女は無自覚に僕を助けていただけだよ。自分のことをリーザだと思い込んでいるし、君の事を愛してすらいる。これは偽りない感情だ。設定した僕が言うんだから間違いない」

「え……」

「変なところで怪しい行動されたら困るからね。記憶だって疑似ループのたびにリセットされてるよ。彼女は本当に君の言葉で傷ついているんだ。慰めてあげたら?」


 や……止めろ。

 こいつ、何言ってるんだ?

 止めてくれ。頭がおかしくなってしまいそうだ。


「まあちょっと君の信頼を得るために素直さや愛情を高めたかもしれないけどね」

「…………」

「リーザ、ローザリンデ、クレア、シャリーちゃん、クラーラ。君って女の子に囲まれてハーレム作ってる国王だよね? 僕君みたいな男嫌いだなぁ。どうせこの偽リーザとも交尾したんでしょ? 嫌がらなかったのは僕が素直さの設定を上げたからだよ? 感謝して欲しいな」


 じゃあ、ここで悲しんでいる彼女は……本物なのか? 俺の同情を誘うためじゃなくて、本当にそう思っているのか?

 彼女は偽物だ。偽リーザだ。でも偽物だからって何も考えてないわけじゃない。俺と約束した彼女も、水晶を触りたがっていた彼女も、血を吐いて苦しそうにしていた彼女も、カルステンなんか関係ない本物だった。

 それなのに俺は、彼女の事を無視して、設定を解除してくれとか、演技だとか言って……。


「ヨウ……違うの。リィは本当にリィなの。う……うぅ……ぐすっ、えぐっ……だからぁ……見捨てないでよぉ……」


 目の前で偽リーザが泣いていた。普段気丈に振る舞っている彼女が涙で目を腫らし、俺の足に縋りついている。

 俺はなんてことを……。なんでこんなことに……。

 

 なんで?

 そんなことは分かり切っている。あいつだ。あの糞目玉が全部悪い!


「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 俺は怒りを爆発させた。


「お前はクズだ! 最低だ! そうだ、お前は昔からそうだった! 俺のことを騙して、苦しめて、俺から大切なものを奪う! イルマやクレーメンスなんかよりも、俺にとってはお前が悪だ! 絶対悪だ!」

「あっはははは、じゃあどうするんだい? 本物のリーザはほっといたら死ぬよ? 君は魔王イルマと戦うしかないんだよ」

「黙れえええええええええええええええええっ! お前を半殺しにする! まずはそれからだっ!」


 俺は偽リーザを振り払い、剣を構え突撃した。

 カルステンは〈隠れ倉庫〉を起動した。

 

 あの世界では完敗を喫した叡智王カルステン。

 今度は、俺自身の力で倒してみせる!


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