叡智王の答え合わせ
リーザとともに転移水晶でカルステンのもとへと旅立とうとしていた俺。
そんな時に見つけたのが、それだった。
理解できなかった。
意味が分からなかった。
「嘘……だろ?」
頭が真っ白になっていくのを感じた。
落ち着け。
時間はある。
考えを……まとめるんだ。
そもそも、どうしてこんな事態に陥った?
カルステンの計画は?
この仕掛けの、意味は?
様々な情報が、頭の中に浮かんでは消えていく。これまで起こった出来事の一つ一つを、丹念にまとめていった。
そして、一つの結論へと至る。
そうか。
そういう、ことか。
叡智王……お前って奴は……。
「ヨウ、どうしたの? すごい汗よ?」
「……この先にいる魔王のことを考えて、緊張してただけだ。気にしないでくれ、リーザ」
これだけ焦って変な息を出している俺だ。彼女が不審がっても仕方ない。
叡智王の作戦は俺の予想をはるかに超えていた。しかしそれでも、今、やらなければならないことに変わりはない。
「水晶触っちゃうわよ?」
「頼む」
どのみち、やることは変わりない。ここは転移水晶で移動しよう。
水晶に触れると、すぐに眼前の景色が変化した。
どうやら、水晶は迷宮の入口へと繋がっていたらしい。これでは普通に迷宮踏破で外に出ても出なくても関係なかったか。
俺は周囲を見渡した。
「やあ」
入口近くの岩に腰かける、一人の人物がいた。髭を生やした中年男性。鎧を身に着けたその姿は、王国遠征軍を指揮する将軍。
アレックス国王の肉体を支配下に置く、魔王カルステンだ。
カルステンの足元には、花のような容姿をした魔族の死体があった。
ロルムス型人造魔王。
どうやら、カルステンとアースバイン皇帝の使徒が戦っていたらしい。奴は俺がエヴァンス型人造魔王を倒したように、見事ロルムス型人造魔王を倒したわけだ。
精霊たちが戻って来ない。どうやら、ここでもまだ精霊除けの魔具が効いているらしい。当然か。
……さて、と。
「お前はこの世界をループさせ、俺とイルマを戦わせようとしている。そうだな?」
「察しがいいね。まったくその通りだよ」
「イルマは近くに来てるのか?」
「ここではないけど、そう離れてないところにいるよ。僕が今から案内してあげるよ」
怒りが沸いてきた。
何度もこいつに煮え湯をのまされてきた。前の世界でも、今この世界でも。俺だけじゃない、アレックス将軍だってクラーラだって、王国の民だってみんなこいつの犠牲者なんだ。
こいつだけは倒さなければならない。俺だけのためじゃない。それは世界のためでもあるんだ。
「素直に従うと思うか?」
「まあ、ループだからね。今回は従わないかもしれないと思ってるよ? でも、結局は気が付くさ。僕に案内されて、魔王イルマのところに向かうのが一番正しいってね」
予想通りの反応。俺の考えは正しかったみたいだ。
だからこそ、付け入る隙がある。
カルステンは笑う。
「君はイルマと戦わなければいけない。でも、だからと言って僕が『イルマとの戦闘』を脱出条件にしているとは限らない。分かるよね? 抜け道はいくらでもあるよ」
「お前に従えばループが終わりイルマに殺される。今余計なことをしなければループで元に戻る。この二択なら、わざわざ選ぶまでもないと思うんだが……」
「君の命は保証できない。それは魔王イルマや君の力加減にかかってるからね。ただ、僕自身は積極的に君を殺すつもりなんてない。そして、そこにいるリーザ女王の命は僕が保証しよう」
彼女の命と己の死に至る危険性。両方を天秤にかけて、どうするか選べということか。
やはりこういう条件を出してくるよな。俺だってそうするさ。
これでカルステンが用意した表向きのカードはすべて出そろった。
まずは……。
俺は両手を上げた。
「完敗だ」
「へぇ」
「お前の計画に穴はなかった。俺たちは逃げられない。ならもう、イルマと戦うしか道は残されていない。俺はお前の希望通り、イルマと戦ってやる。ぎりぎり、死なない程度にだがな。だけど」
俺は後ろを指さした。
「先に、リーザに付けられた呪いの魔具を外してもらえるか?」
不安げにこちらを眺める彼女。その体には、いくつもの呪いの魔具が装着されたままだ。
「あとで外すつもりだったんだけど、それじゃあ駄目かな?」
「お前は信用できないからな。今外せ。この要求がのまれない場合、俺はお前に従わない。お前を半殺しにして、一人でイルマを探しにいく」
「後じゃないと駄目って言ったら? 契約系の魔具を使って宣言してもいいよ?」
「交渉しているのは俺だ! ループ下で俺と会うなんて失策だったな叡智王! この3回目の世界では俺に従ってもらうっ! それが俺の結論だ!」
俺の主張はカルステンにぶつけた。
頼む、通ってくれ! でなければ、俺は……。
「ふふ……ふふふふ」
不気味な笑い声だ。
アレックス将軍はこんな風に笑ったりしない。
「違うなぁ、違うよね」
本当に気持ち悪い奴だ。武人としてのアレックス将軍とは全く違う、暗い闇を秘めた笑い声。
「ここに初めて到達したループではさぁ、そうするべきじゃないよね?」
「……っ! な、何のことだ?」
「魔王イルマの位置を確認する。次にリーザ女王の安全を確保する。だよね? それが僕を半殺し? イルマを探しに行く? そんな危ない賭けしちゃっていいの? まだループ条件を確信してないんでしょ? どうして彼女を危険に晒したのかな?」
瞬間、体から汗が湧き出てくるのを感じた。
止めろ!
気が付くな!
俺が察していることに、気が付くなっ!
「やれやれ、やっぱり上手くいかなかったんだね。でも分かるよね? 君は僕に従った方がいいんだよ?」
「お前が……何の話をしているのか分からない! お前はいつも意味不明な事ばっかりだ。前の世界でもそうだった!」
「そうさ、その通り。君の気が付いた通りだ。答え合わせと行こうじゃないか!」
「止めろっ!」
カルステンは岩から立ち上がった。
大柄なアレックス将軍の体だ。その姿は巨木か何かのように迫力がある。
「世界は――ループしていない」