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残機

 俺たちは再び迷宮を進んだ。


「どうするつもりなの? ヨウ」

「この迷宮を脱出する」


 迷宮踏破。

 前回、時間制限があるとも思っていなかったし、リーザの体調にも気を使っていたせいで、動きが緩慢になりがちだった。

 そのせいで迷宮を抜け出せないままループの期限を迎え、こうして元に戻ってしまったわけだ。

 だが、このままでは何の解決にもならない。


 カルステンは転移水晶を用意していた。つまり奴は、あれを使って俺たちが戻ってくることを期待しているんだ。出現するのをずっと待っているかもしれない。

 その思考の裏を、突くことができないだろうか?


 カルステンに不意打ちはかなり有効だ。奴の魂を〈脱魂の指輪〉で掴み取ることができれば、肉体転移を封じてそのまま倒すことができる。

 奴にとってイルマを殺すことがループの最終目標なら、俺にとってのそれはカルステンを倒すこと。そのために動きたい。


「方針は決まったのかしら?」

「敵の裏を突きたい。そのためにこの迷宮を急いで抜ける。ついて来れるか?」

「頑張るわ」


 頑張れないことは俺が知っている。

 また、血を吐いて苦しむことになるんだと思う。その時は背負ってでも前に進む。

 このループは駄目かもしれない。だが今日の経験を礎にして、必ずカルステンに勝利してみせる!



 俺たちは迷宮を進んだ。

 ひたすら上の階へ、早く早く。


 それは、しばらく進んだ後だろうか。とある通路で、違和感を抱いた俺は後ろを振り返った。


「リーザ?」


 リーザがいなくなっていた。


「え?」


 一瞬、頭が真っ白になった。

 つい先ほどまで後ろにいた。話だってしていた。

 倒れたのか? と思ったがさすがにそれはないと判断する。いくら何でも後ろで倒れたらその音で気が付くだろう。

 可能性としては、罠に引っかかったか、もしくは魔族に連れさられたか……。


「お……おい」


 前回はこんなことなかったぞ?

 ……と、一瞬思ったが改めて冷静になってみると、当然のことかもしれない。

 俺は同じ速度で歩いてるわけじゃない。同じ道をたどっているわけでもない。つまり、いつ何時新たな出来事が起こってもおかしくなかったのだ。

 油断したな。 


「リーザ、リーザ!」


 呼びかけてみるが、声が返ってくることはなかった。

 まずい、まずいぞ。


 俺は焦りながら周囲を捜索した。

 額が汗で濡れる。

 まさか、こんなことになるなんて思ってもみなかった。上の階に進むことばかり集中してしまった……結果か。

 精霊さえ封じられていなければ、すぐに見つけることができたはずなのに。もどかしい。


「ヨウっ!」


 リーザの声が聞こえた。近くはないが、思ったほど離れてもいない。

 俺は声のした方角へと走った。迷路のようになってはいるが、大体の位置は把握している。回り込んででもたどり着いてみせる!


 そして、そこにたどり着いた。


 これは……。

 通路の突き当りに置かれていたのは、見覚えのある水晶だった。


 〈転移の水晶〉

 効果:対応する別の〈転移の水晶〉が設置してある場所へ転移する。

 

 最初の階に置かれていたものと同じだ。 

 この先に、リーザがいるのか?


 荒かった息を整え、深く考える。

 リーザの声がしたが、本人はここにいなかった。おそらく彼女は、何者かにこの水晶の先へ連れ去られてしまった……とみるべきだろう。

 このタイミング、この水晶。罠か、それとも元からここに設定されていたものを偶然しようしただけか?


 今回のループではリーザを見捨てるか?

 いや、あまり悠長に考えていてループが突然終わってしまったらどうする? 条件は誰からも提示されないんだぞ? もし、リーザが死んだままループが終わってしまったら、それは彼女の死を意味してるんだぞ?

 それに、いくらループ下といっても、俺もそこまで薄情にはならない。


 俺は〈転移の水晶〉に触れた。


 瞬時に景色が変わった。迷宮内のどこかの部屋へ転移したようだ。


「ヨウ」


 呪いの魔具に身を包み、途方に暮れていたらしいリーザが話しかけてきた。


「リーザ!」


 俺は嬉しさのあまり彼女の手を握った。


「大丈夫だったか?」

「う、うん、平気。コボルト、みたいな魔族に攫われたんだけど、そいつすぐに逃げちゃって……」


 魔族は多少なりともいるってことか。

 今まで誰とも出会わなかったから、ついつい失念していた。


「ここは……どこだ? リーザ、分かるか?」

「分かんないわね。どこもかしこも似たような通路で、いちいち覚えてられないわよ」


 まったくだ。だからこそ俺も聞いたんだが……。

 上の階か下の階かは分からないが、下の階だったらまた同じ道を上っていかないといけないわけだ。しかもリーザが連れ去られないか警戒しながら。

 つまり、今回のループでは迷宮脱出にもう間に合わない。


 迷宮帰還計画は水泡に帰す、か。


 地上まで到達するのは無理だな。

 これと同じようなことを何度か繰り返されたら、確実に時間のロスになってしまう。次からは気を付けないとな。


「ゴホッ、ゴホッ」


 リーザが血を吐いた。一連の出来事がショックだったのかもしれない。

 知っていたこととはいえ、知り合いが目の前で吐血するのは気分が悪い。


「大丈夫、大丈夫だから」

「悪いな……」


 もっとしっかり彼女を見守っていればこんなことにはならなかった。

 

「ま、今回は失敗した。でも安心してくれ、次のループでは必ずうまくやってみせるからっ!」


 励ますつもりでそんなことを言ったのだが、リーザの表情は冴えない。


「ループの話?」

「あ、ああ、今回はリーザが対象に入ってないみたいだからな。自覚はないかもしれないけど、これが二回目なんだ」

「ヨウはループして繰り返すのよね?」

「そうだ」

「ループするのはヨウだけよね? ここいるリィはどうなるの?」


「え……」


 それは、禁句。


 クラーラのループでは、仲間全員でループを自覚していた。一緒に抵抗し、一緒に逃げようとして、そしてループを終えた。

 対して、今回のリーザにはリープ影響下の記憶は存在しない。いつも一人、同じ行動をして、呪いに焦り苦しむ結果になる。


 彼女にとって、ループなんて自覚がないことなんだ。

 

 並行世界が存在することを俺は知っている。というよりも俺自身がこの世界における並行世界の証明ですらある。

 もし、幾多の並行世界と同じように、ループ後の世界と俺が向かう世界が分岐するとしたら?


 この世界のリーザは、死ぬ?


 俺が知らないだけで、一回目のリーザだって、あの後死んでるかもしれない。 


 俺が暗く自責の念に駆られていると思ったらしいリーザは、大慌てで手を振って話しかけていた。


「こ、困らせるつもりじゃなかったわ。ただ、気になって……それで。はい、この話終わりよ! リィは超元気、超ハッピーだから!」

「リーザ……」


 俺は自分の愚かさを呪った。

 これではまるで残機が残ってるゲーム扱いじゃないか。彼女は生きているんだ。今、ここで苦しんで戦っているんだ。

 被害者なのに。彼女に気を遣わせて、空元気で励まされて……俺は……。


「許して欲しい」


 俺は彼女を抱きしめた。


「きゃ! な、何?」

「……君の事を、ないがしろにしてた。カルステンと戦うから、ループだからって、次はどうすればいいかとか、そんなことばかり考えてた。今、目の前でリーザが死んでも、『ああ、ループでよかった』とかそんなこと思ってたかもしれない。そうだよな、リーザは知らないんだもんな。それって、怖いことだよな。俺は、君の事をまったく考えないで、自分の都合ばっかりで……」

「ヨ、ヨウがリィのことを抱きしめて。し、信じらんないわ。これが、かわいいペット扱いかしら?」

「そうだよな。ご主人様ならペットを守るよな。俺はお前の駄目な飼い主であった。これからは心を改めて、君の事を救うために戦うから、どうか許して欲しい」

「か、飼い主、ヨウが飼い主……」


 放心したようなリーザが、そんなことを呟いていたような気がした。


 しばらく、心が落ち着くまでそうしていた。

 正直なところ、時間がなかった。でも俺は、彼女の暖かさに甘えていたかったのかもしれない。


 リーザが俺の額を人差し指で押した。


「いい、今回は駄目だったかもしれないわ。でも、次、次がダメならその次。絶対必ずリィを助けなさい」

「リーザ……」


 自分は駄目かもしれない。でも、いつか必ず目の前のリーザを助けて欲しい。そんな彼女の儚い願いを、どうして断ることができるだろうか?


「……分かった。俺は絶対お前を助ける」

「そうよ」

「『次がある』とか『試す』とか、そういうのはなしだ。人生一度きりだもんな。行こう、俺たちは前に進むしかないんだ」


 もう、だいぶ時間がたってしまった。

 でも、俺は抗う。

 最後まで、戦うんだ。


 そう思って、扉を開いた。


 目の前には魔王ゾンビがいた。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 魔王ゾンビの声が響いた。


「グロっ! キモっ! 超キモい! さっさと死ね!」


 後ろからリーザが魔王ゾンビに石を投げた。


 ああ、また始まった。 

 三度目の、ループだ。



 俺はすぐさま魔王ゾンビたちを倒し、リーザに事情を話した。

 今は最初に無視していた転移水晶の前にいる。


「この水晶がねー、本当に行くの?」

「余計なことはしない。この先にカルステンがいるなら、あいつを叩き潰すだけだ。脅せばループの脱出条件だって教えてくれるはずだ」


 試しはなし。常に全力。

 それがリーザとの約束。

 なんてことは口にしない。この子とはまだ約束をしていないから。

 それでも、あの言葉は俺の心に深く刻まれた。


「ふーん」


 こちらをチラチラ見ながら、リーザは指でジェスチャーをしている。どうやらよっぽどこの水晶を触りたいらしい。


「しばらく触ってれば起動するはずだ。リーザが触ってくれ」

「やたー、触るわよ? 触るわよ? 超触っちゃうわよ」



 はしゃぎながら前かがみになり、水晶に指を近づける彼女の金髪を眺めながら――


 俺は、それ(・・)を見つけてしまった。


「は?」


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