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何かの弾ける音がした

「シャアアアアアアアア」


 知略王ヨハネスのゾンビが俺に迫る。


 知性があるようには見えず、緩慢な動きは俺のイメージするゾンビそのものだ。

 確かバルトメウス会長の話では、こういうゾンビは悪いゾンビだったはずだ。

 さすがに時間がたちすぎて、うまく蘇生させられなかったのか?


「グロっ! キモっ! 超キモい! さっさと死ね!」


 

 距離を取ったリーザが近くにあった石のようなものをヨハネスに投げつけた。あまり挑発しないで欲しい。相手をするのは俺なんだから。


「シャアアアアアアアアアアアっ!」

 

 ヨハネスがその腐りかけの手で俺を引っ掻いてきた。

 もっと、作戦練って攻撃してくるタイプの魔族だったよな、こいつ。


「クエェエエエエエエエエエエエエエっ!」

 

 続いては怪鳥ヘンドリック。その鋭いくちばしを俺に向ける。

 後ろからは奇岩王マリクが手から木の枝のような突起を発生させ、俺を串刺しにしようとする。

 俺は三方からの攻撃を軽くあしらった。


「…………」


 弱い。  

 確かに、多少はやっかいな相手だ。油断をすると怪我してしまうかもしれない。 

 でもその程度だ。『殺される』とかじゃなくて、『怪我する』程度。


 ヨハネスの角を折った。

 ヘンドリックの首を切った。

 マリクの腕をたたき割った。

 クラディウスを剣で突き刺した。


 たいして本気を出したわけじゃない。質の悪いゾンビであるこいつらは、はっきり言って俺の相手にならないレベルだ。それでもゾンビ特有のしつこさがあるから、少し時間を取られてしまったが……。


「リーザ、終――」

 

 リーザに声をかけようとして、すぐに言葉を切った。

 

 俺の背後で、先ほど倒したはずのゾンビたちが再び起き上がってきた。

 ゾンビだから死ななかった? 否。そんなことはない。この世界のゾンビは総じて強くない設定のはず。体が傷つけばそれはすなわち死を意味する。そのことは、かつてゾンビとして蘇ったことのある俺が最もよく知っている。


「……?」 


 どういうことだ?

 俺が折ったはずのヨハネスの角まで再生している。こいつら、ゾンビのくせに再生機能付きなのか?

 

 と、疑問に思っていた俺だったが、すぐに状況を理解した。ヨハネスが左手に持っていた球体を見たからだ。


 〈半快の宝玉〉

 効果:体力、傷等を半分程度回復する魔具。


 使用後らしく、宝玉はすぐに消えてしまった。しかしこれで、再生のからくりが分かった。


「そんな反則魔具があるなんて……聞いてないぞ」


 これが、領地を持ったカルステンってことか。

 俺という存在に追い詰められ、広大なグルガンド領で魔具を捜索した。その結果見つけた強力な魔具の一つだな。


「ちっ!」


 俺は再びヨハネスたちと交戦状態に入った。

 相変わらず弱い、がしつこい相手。臭いにおいやグロい見た目も俺を不快にさせる要因の一つだ。

 しかし、例の魔具は一回限りの使い捨て。

 次にヨハネスを倒したときには、もう再生することはなかった。


 魔王たちはそれほど強くはなかった。

 そもそもゾンビというやつは、それほどやっかいではないのだ。皮膚はただれ、肉は腐り、動きは緩慢。加えて思考も鈍くなってしまっている。

 500年というときの歳月がもたらした影響か、それとも魂の弱さか、アンデッドたちは意識レベルが低い。


「よっわ、雑魚ね雑魚! あーあ、リィ緊張して損しちゃった」


 唾を吐いてぐりぐりとヨハネスの腐った肉付き頭蓋骨を足蹴りするリーザ。

 なんて態度の悪い……。この子注意した方がいいのか?


 彼らもまた戦士! その死を汚すな!


 ……とか?

 いやそんなキャラじゃないから俺。こいつもそれほど褒められた魔王じゃなかったからな。


「遊んでないで行くぞ」

「あ、待って、置いてかないで」


 俺たちは部屋を出て、再び通路を進んでいった。



 迷宮の通路はどこもかしこもデジャヴを感じるような造りをしている。俺はマップを作ってるわけでも道を記憶しているわけでもなく、ただ階段を目指して進んでいるだけに過ぎない。

 無言のまま、リーザと二人通路を進む俺たち。


 そろそろ考えてみよう。

 叡智王カルステンの目的を。


 まず、俺を殺すことではないと思う。

 俺を殺すなら、もっとシンプルな方法をとるはずだ。こんな迷宮におびき寄せる必要もないし、人質を取る必要なんてない。無駄が多すぎるからな。


 奴の目的は〈グラファイト〉を制すること。すなわち、魔王イルマを殺すことだ。

 リーザを使い、俺を迷宮に閉じ込めてどうするつもりだ? そもそもイルマはイルマ領にいるはずで……。

 いや、待てよ。

 たとえば、『鎧の男がアストレア諸国にいる』とイルマに伝えたとしたらどうだ? あいつのことだ、喜んでこのあたりまでやってくるんじゃないのか?


 そういえば、グルガンド第一軍がイルマ軍と引き分けていたって話もずっと気になっていた。いくら人間が精霊剣を手に入れたといっても、魔族との差は歴然だったはず。魔王イルマ――すなわち指揮官不在の隙を突かれたとしたら、王国軍善戦も納得のいく話だ。


 奴の目的は俺と魔王イルマを戦わせることか? 二人が程よく疲弊したその時に、横からオリビアにイルマを狩らせる。これが奴の作戦なんじゃないのか?


 俺の仮説が正しいとすれば、リーザはその時のための人質。ここで死ぬことはない。

 そういう意味では安心……か?

 いや、これはあくまで仮説だ。油断はできない。


「ねえ」


 隣を歩いていたリーザが、話しかけてきた。


「どうしてダレース領の領主になってくれなかったのかしら?」

「国王だったから、といえばそれまでだけどな。それ以前に、今の俺は領主とか……もっと言うと国王であることに強い執着がないんだ」

「ヨウは何が欲しいの? 地位、名誉、お金とかそういうのじゃないわよね? リィが用意してあげてもいいわよ。まあ、リィをペットにしてくれるならって話だけどね」

 

 〈グラファイト〉について説明するのは難しい。言っても信じてもらえないかもしれないし、信じてもらうには長い説明が必要。今の俺にそこまで余裕はない。

 ただ、嘘をつくつもりもなかった。


「俺は昔、大切な人を失ってしまったんだ。その子を取り戻すために、こうして戦ってるってわけだ」

「女の子なの?」


 おっと、あの子って言ってしまった。


「女の子だ」

「ふーん」


 リーザは目を細めた。


「リィは忠犬なの。主人の家に無断で入り込む雌犬は吠えて噛みついて追い払うわ」

「噛みついてって……。リーザよりもよっぽど強いからなその人。もし会っても、そんな態度をとってはいけない。まあ、そんな機会はないと思うけど……」

「その子はリィに似てるの?」


 クラーラの話を出せばめんどくさいことになりそうだ。ここは彼女の名前を伏せておこう。


「……似てない。っていうかお前に似てる女の子なんてたぶんいない」

「どっちが可愛い?」

 

 あーはい、そう来ましたか。 

 クラーラは緑髪の正統派美少女。

 リーザは金髪の異端派美少女だ。何が異端なのかは察して欲しい。


「もう長い間会ってないからな、どっちが可愛いかとか忘れちゃって――」

「リィが可愛いと言え」


 リーザ女王が俺を首を絞めてきた。鎧越しだからそれほど圧力は加わっていないものの、金属がミシミシと音を立てている。


「言え。世界一美少女ですと言え」


 この話題振ってくる方が悪い。


 不意に、リーザの力が緩んだ。


「ぐっ、ゴホッ、ゴホッ、ガホッ!」


 血だ。

 リーザが迷宮の床に鮮血をまき散らした。

 血の気が引く、というのは今の俺みたいな状態を言うのだろうか。軽快な会話に気を取られ、一瞬ではあるが彼女の状況について忘れてすらいた。


「馬鹿、無茶するからだ! 呪いの魔具だって全部とれたわけじゃないんだぞ! 大人しくしててくれ」

「や、平気平気。全然平気よ。体は大丈夫」

 

 血を吐けば体重が減る。胃か、肺が傷ついている状態は体にとって相当よくない。

 幾多の死にゆくものを見てきた俺は知っている。

 ……死神の鎌が彼女の首を這う、そのことを。


「でも少し、休憩させてもらえるかしら?」


 限界、ってことか?

 無理もない。

 呪いの魔具がすべて外れていないこの状況で、リーザはずっと歩いてきたんだ。アンデッドの足止めもあったから、もうかなりの時間が経過している。 

 戦い慣れている俺でさえ疲労困憊の状況。素人のリーザであればなおさらだ。


「いや、早く外に出る方がいい。悪いけど、俺の背中に掴まってもらえるか? 歩きながら休んでくれ」

「……仕方ないわね」


 そう言って、リーザは俺の背中にしがみついた。柔らかな、それでいて花のような香りが鼻孔くすぐった。


「なんかペットぽいわね。ワンワンワン」

「リーザの気のせいだ。子供とか妹とか、そんな感じだと思う」

「くぅ~ん」

「こら、変なとこ舐めるなっ!」


 緊張感がないのは、あえてそういう風に振る舞っているから。

 分かってる。 

 全部理解している。


 着実に、追い詰められているということに。



 俺たちは迷宮を進んだ。

 幾多のゾンビたちと戦った。どうやらアンデッドはカルステンが用意したものらしく、部屋のところどころに配置されていた。

 いくつも階段を上った。 

 

「もう大丈夫よ、歩かせてもらえるかしら?」


 リーザがそう言って、俺の背中を降りた。


 全然大丈夫そうには見えない。

 だが、彼女を背負ったまま歩くと、どうしても進行が遅くなってしまう。無理をさせているのは承知だが、ここは我慢してもらうことにしよう。


 扉の前に立った。通路の先に扉がある、という展開はもう100回以上経験しているから、今更感があるのだが。


「う……」


 この部屋の外にまで漂ってくる不穏な気配。おそらくは、これまでそうであったように、ここにも何かのゾンビが控えているのだろう。

 苦戦はしない。ただ、時間を浪費するのは少し気分が悪い。俺は急がなければいけないのに、またしてもこんなところで足止めなのか?

 だが前に進まなければここから出ることはできない。呪いの魔具を外すためには、クラーラの助力が必要なんだ。


 俺が目の前の扉を開けようとした……瞬間。


 何かの弾ける音がした。


「……っ!」


 この、音は。

 体の疲労が幾分か軽減される。


「これは……まさか……」


 目の前には、ゾンビたちがいた。ただし、有象無象の魔族ゾンビではなく、見覚えのある容姿を持つものたちだ。


「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 ヨハネス?

 後ろにはマリク、ヘンドリック、クラディウスがいる。


「グロっ! キモっ! 超キモい! さっさと死ね!」


 リーザ?

 後ろからリーザが魔王ゾンビに石を投げた。


 ヨハネスの叫び声。リーザの対応。それらはすべて、俺の記憶にあるものだった。

 特徴のある弾ける音。

 同じことを繰り返す周囲。

 体力の回復。

 死んだはずの魔王ゾンビとの再会。

 

 すべてが、ある魔具を示している。

 

 〈邂逅の時計〉。


 かつて俺たちをループ下に押し込み、クラーラを死にいたらせたあの魔具。叡智王は世界大戦を経て、あの最低最悪の切り札を再び手中に収めたらしい。

 世界が……ループを始めた?


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