ボスティア迷宮
100以上の呪いの魔具に身を包んだローザリンデは、俺たちのそばまで近寄るとそのまま地面に倒れこんだ。
どうやら、ここに来るだけで限界だったみたいだ。
「……お、おお、ローザリンデ殿。探しましたぞ」
パウルがローザリンデに駆け寄ろうとした。バルトメウス会長や藤堂君もそれに続く。
「さ、触るなっ!」
俺は近寄ろうとしていた彼らを制止した。
「身に着けてるものが全部呪いの魔具だっ! 他人に害を与えるものかもしれないし、操られているかもしれない」
「なんですとっ!」
パウルは驚いたように一歩後ずさった。
「し、しかし一体どうすれば良いのですかな?」
「少し待ってくれ、考えをまとめるから……」
鑑定スキル、〈叡智の魔眼〉は魔具を鑑定するスキルだ。
しかしその表示方法は、魔具の近くに立札のような説明書きを表示させるという方法。今、俺の目には立札に囲まれたローザリンデが見えている状態だ。
魔具の概要をすべて読むのは時間がかかりすぎる。おまけに、魔具の奥に隠された魔具は説明書きが見えないのだ。この立札は自分の力で移動させたりできないからだ。
もし、危険な呪いを持つ魔具があったとすれば? 周囲に効果を及ぼすものがあれば?
危険すぎる。
安易に手を出せば、それは死に繋がってしまう。
「私の番だね」
そう言って、クラーラが前に出た。
「解呪スキルを使えば、大丈夫だと思う」
そういえば、クラーラは解呪スキルを持ってたな。まさかこんな形役立ってもらえるとは思ってなかったけど、背に腹は代えられない。
そして俺。
この世界に来て、決して少なくない数の解呪魔具を確保している。こんな大量の呪いは想定してはいなかったが。
俺たち二人は解呪を試みた。
クラーラはスキルを使っていくつもの魔具を外した。これは一気に複数の呪いへ適応できるものではないため、一つずつということになる。
クラーラの解呪スキルはレベル789だ。このぐらいになるとほぼすべての呪い魔具を外せるのだが、ごくまれに対応できないぐらいレベルの高いものが存在する。
そう言った魔具は俺が対応した。ハイレベルな解呪魔具を使って解呪をするのだ。もっとも、このような魔具のストックはそれほど多くはないのだが……。
クラーラは低レベルな魔具を、俺は低・高レベルな魔具を解呪した。
そして――
「終わった、ね」
「ああ……とりあえずはな」
俺とクラーラは額に張り付いた汗を拭い取った。
ローザリンデに付けられていたすべての呪い魔具を取り外した。
どうやらカルステンはローザリンデを殺すつもりはなかったらしい。直接的に命を奪いそうな魔具は存在しなかった。
ほっと一息、というわけにはいかない。
まだ、リーザが戻ってきていないのだ。むしろ、ローザリンデはそのための見せしめにすら思えてくる。
「こ、これを……」
数多くの呪いによって衰弱気味だったローザリンデが、蒼白な顔のまま俺に一枚の紙を手渡した。
カルステンからの手紙だ。
リーザ女王を預かった。返して欲しければボスティア迷宮に一人で来い。
こんな内容だ。
「ボスティア迷宮?」
まったく聞いたことのない名称だった。
「西方大国、ダレース領に存在する地下迷宮だったはずだ」
この名を知っていたらしいバルトメウス会長が、そう教えてくれる。
「迷宮なんて初めて聞いたな。マップはないのか? トラップとか魔物とかは?」
「もともとは水の侵食によって形成された洞窟で、魔王に属さない魔物たちの住処となっていた。知恵を持つ魔物によって複雑に改造され、今では迷宮と呼ばれるようになってしまったのだよ。むろん、罠のようなものも存在すると聞いている」
「危険な場所ってことか?」
「いや、魔王や強魔族が気にするほど強力な魔族やトラップなど存在しないはずだよ。本当に強い魔族やトラップを用意できる者は迷宮に引きこもったりしない。その点においては楽観的に見てもよいのではないかね?」
バルトメウス会長の指摘はもっともだ。
だが、今はカルステンによって恐ろしい仕掛けがなされているかもしれない。その点は注意が必要だろう。
リーザは洞窟の奥に捕らわれてる、ってことか?
そこが俺とカルステンの決戦の地になるのか。いや、もしかすると奴自身はそこにいなくて、ただ罠を張るためだけの場所かもしれない。
行くべきではないと、冷静な俺の心が呟いている。
だけど、俺はクラーラ一人を助けにいった。リーザだってローザリンデだって止めたのに、一人で……敵地に飛び込んでいった。
今、彼女が同じ目にあっているっていうのに、それを見捨てるのか?
そんなこと、できるわけがない。
彼女は悪い人間じゃない。それは決して短くない間彼女と触れ合ってきた俺が最もよく知っている。
何より、俺に好意を寄せてくれた女の子なんだ!
リーザを無視なんてできない!
「……行ってくる」
さすがに今度は誰も俺の事を止めようとはしなかった。
俺は一人、迷宮へと向かった。
時々出会う旅人に道を尋ねながら、俺は迷宮へと向かった。
馬を走らせ一日で目的地にたどり着いた。
入口へと進む。まるで、巨大な獣が俺を飲み込もうとしているかのような錯覚を覚える。
「…………」
カルステンが親切に道案内をしてくれるわけもなく、俺は迷宮のような洞窟をただひたすらに歩き回った。
丁寧に階段が備え付けられていたり、壁がブロックのように加工されていたりするところは、おそらくこの地に住んでいた魔族が行ったものだろう。
だが、俺はその魔族たちと出会わなかった。カルステンが追い出してしまったのか?
それは地下、3階あたりでのこと。
「……精霊が?」
気が付けば、周囲にいた精霊がいなくなっていた。
どうやら、カルステンが精霊除けの魔具を仕掛けているらしい。
やっかいなことになった。
サラマンダーは灯を、ウンディーネは飲み水を、シルフは風による索敵を、ノームは岩や地面の破壊に役立っていた。もちろんスキルでもそういうことは代用できるのだが、話し相手がいなくなるというのは寂しいものだ。
魔族はいない。
トラップは鑑定魔具で回避。
道には迷うが、ひたすら下の階へと向かう。
単調なダンジョン攻略だ。ボスもいなければ宝箱もない、何の面白みもない冒険。リーザの事を考えると憂鬱ですらある。
俺は淡々と迷宮の奥へと進んでいった。罠であると分かっているが、この先にリーザがいるかもしれないと思うと無視できなかった。
地下150階、否、200階あたりだろうか?
もはや数えるもの馬鹿らしくなってきて、俺は自分が今どの辺にいるのか把握していなかった。ただ階段を見つけては下に、下に進むだけの作業。
だが、それもとうとう終わりらしい。
そこは、何かの祭壇のような場所だった。
暗く過ごしにくい場所だ。ここに住んでいた魔族たちは、気休めのため何か神のようなものを崇め奉っていたのかもしれない。
その、何か牛と人が融合したような巨大な神っぽい石像の前、まるで生贄を捧げる祭壇のような台に、彼女はいた。
ローザリンデと同じように呪いの魔具に包まれたリーザ。
周囲にカルステンはいない。
「リーザっ!」
俺は駆け出した。
ここからが新・叡智王編になります。